表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/75

どこかで聞いたような話。

 舞手は自身の小さな手をしばし見つめ、それから、朝食の用意をしている()()の後ろ姿に目をやった。記憶の中の母親は、確かいつも病床に伏せっていたはずだが。


「……なぁ」


 自身の声が高く聞こえ、そこで舞手は確信を得た。


「こら。お母さんを呼ぶのに“なぁ”はないでしょ」


 振り返り、腰に手をやりながら怒る姿は、どこか姉にも似ている。いや、姉が母親に似たのだろうな。


「……」


 おかしい。おかしいと理解はしているのだが、舞手は優しく微笑む母親の姿を否定したくはなかった。何も言わない舞手を不思議に思ったのか、母親は手を拭いてから、屈んでやり、視線を合わせた。


「どうしたの? 怖い夢でも見たのかしら?」

「あ、あの、お袋……」

「まぁ、お袋だなんて。昨日まで母ちゃんって呼んでたじゃない。また何かお友達に言われたの?」


 そう抱き寄せてくれる母親は、確かに鼓動を打ち、とても暖かい。まぁ、当たり前と言えば当たり前だ。現実なのだから。どうするのがいいのか迷っていると、


「二人とも、帰ったぞ」

「お母様、まいちゃん、ただいま」


と低い男の声と、嫌というほどに聞いてきた姉の声が玄関から聞こえてきた。舞手は母親の腕をするりと抜け出すと、息を切らすほどに走り、声の主を迎えにいった。

 これまた自分と同じように幼くなった姉と、そして記憶に残ってすらいない、男の姿が見えたのだ。


「まいちゃん、どうしたの? そんなに慌てて……」

「あ、あね、姉貴! そいつ、そいつ、まさか」


 舞手は信じられないものを見るような目で男を見つめる。男は「なんだと、この生意気な」と笑い、舞手を軽々と抱き上げた。


「は、離せ! やめろ!」

「父親に向かってその口の利き方はなんだ? 全く、誰に似たのやら」

「あら? あなただと思ってましたよ?」


 奥から遅れてやって来た母親が朗らかに笑う。男、いや父親は「オレかよ」と歯を見せ笑うと、舞手を床へ降ろし、その大きな手で頭を撫でた。


「お、おや、じ?」


 ぽつりと零れた言葉に、父親は顔をしかめ、


「なんだなんだ、本当にどうしちまったんだ? 怖い夢でも見たのかぁ?」


と舞手と目線を合わせる。そのみどりの目は明らかに一族のものであり、また、自分と同じ髪色は疑いようもなく。舞手は知らずのうちに涙を流し、


「親父、お袋!」


と父親に抱きついた。

 力強く暖かいそれは、紛れもない現実ではあるが、事実、二人はもうどこにもいない。それを知ってしまうことは、受け入れてしまうことは、今の奴にはなんと酷なことか。


「姉貴! 早く飯にしようぜ!」

「そう……。まいちゃんがそう言うなら、お姉ちゃんもそれでいいわ」

「姉貴?」


 少し離れた場所から見ていた姉が、悲しげに目を伏せ、それから「ううん」と首を横に振る。


「お姉ちゃんはいいのよ、お姉ちゃんは。でも、きっとお友達はまいちゃんを待ってると思うの」

「は? 友達? 友達なんていねぇ! 村の奴らはオレを馬鹿にしてきやがるだろ!? 族長の息子のくせにだとか、才能がないだとか」


 父親の腕の中から吼える舞手は気づいていない。自分が抱きついているのが、血も涙も流さないただの人形だということに。


「違うわ、まいちゃん。あの子は、まいちゃんの舞いを楽しみだと、綺麗だと言ってくれたじゃない。今さらお友達やめちゃうの? 用無しになったらポイするなんて……、そんな子に育てた覚えはないですよ」

「そんなの、あいつが勝手に友達だとか言ってるだけで……。あいつ、が、勝手に」


 そこまで言いかけ、舞手は自身を優しく抱きしめる父親を正面から見据える。その目に光る優しさは本物で、この場所にいれば、ずっと愛を与えられながら生きていけるだろう。だが。


「ふっ……、ちげぇよな。与えられる側から、与える側にいくって決めたんだよ」


 父親の体を押すようにして舞手は離れ、それから姉の隣へと歩き出す。


「わりぃ、親父、お袋。オレ、友達ダチが出来たんだわ。能天気で、馬鹿で、ヘタレで、とことんお人好しで……」


 姉の隣に並ぶ。そこには自分より背の低い姉が、いや、見慣れた聖女の姿があった。自分を見上げる瞳に映るその姿も、見慣れたごく最近のものだ。


「自分がこうだと思ったら馬鹿みてぇに突っ走るわ、オレらの迷惑をなんも考えてねぇわ、自分の傷より、他人の傷ばっか気にしやがる。だけど」


 舞手が振り返った先。父親と母親は、わかっているとばかりに深く頷いた。


「あいつが言ってくれたんだ。オレの舞いが見たいって。だから、オレは一緒に行ってやるんだよ」

「まいちゃん、素直にならなきゃ駄目よ?」

「……ちっ」


 小首を傾げる聖女に舌打ちだけ返し、舞手は両親に軽く手を上げてみせる。それに父親もまた同じ仕草で返すと、


「流石オレの息子だ。やってみせろよ。お前が思う、思った通りの、その形で」


艶麗えんれいに笑ってみせた。それに舞手は背を向けると、玄関の扉へ手をかける。


「ま、しばらくお袋とシケこんでてくれよ。いつかそっちに行けたら、今度は酒の飲み方でも教えてくれ」

「それぐれぇ自分で覚えな」

「言うじゃねぇか。じゃ、またな」


 舞手はそれを最後に、外への扉を開いた。満ち溢れるほどの光が入り込み、次に目を開けた時、二人は機械だらけの部屋にいた。


「ここは?」

「うーん、わからないわ」

「だろうな……」


 とりあえず戻ってこれたことに変わりはない。舞手は深くため息をついてから「なぁ」と腕組みをした。


「姉貴は気づいてたんだろ? なんで先に出なかったんだよ」

「それはね」


 舞手は少し期待した。“弟が心配だから”だとか“置いていけない”だとか、そういった類の答えを言ってくれるだろうと。


「お姉ちゃん、ちっちゃいまいちゃんが見たくて! もしかしたら見れるかなって、ずっと気づかないフリしてたのよ!」

「……」


 あぁ、そうだ。この姉はそういう女性ひとだった。だから散々苦労してきたし、けれどもそれ以上に助けられてきたのだ。舞手は呆れたように口の端を持ち上げてみせると、


「なぁ、姉貴」

「なぁに?」

「オレを恨んでないか? 舞いの道じゃなく、そっちの道を歩ませたオレを」


と今まで聞けなかった思いを吐き出した。聖女は何回か瞬きを繰り返した後、可笑しそうに笑みを浮かべた。


「双子のお兄ちゃんも言ってたでしょ? 可愛い可愛い弟のことを愛しはしても、恨むことはないわ。だからわかるのよ。あの二人の気持ちが、なんとなくだけど、ね」

「ま、わかりたくねぇけどな。頼れるのがお互いだけってのは、よくわかる」


 聖女はひとつ頷き、両手を祈るように組んだ。


「私たちがそうであったように、あの子たちだって変われるわ。だから行きましょう」

「ったりめぇだろ」

「まずはここから出ないと! えいえいおーよ!」

「……」


 はしゃぐ聖女とは反対に、舞手はどうしたものかと深くため息をつくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ