表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/75

なるほど、つまりこれは……な話。

 上を見れば巨大なシャンデリア。

 下を見れば一面赤い絨毯。

 丸テーブルがこれでもかというほどに並べられており、そこには湯気の上がる美味そうな料理たち。魔法剣士は、その見たことすらないほど豪華な料理に、思わず生唾を飲み込んだ。


「ね、ねぇ皆、なんか美味しそうな料理が……って、あれ?」


 そこで魔法剣士は気づく。仲間がどこにもいないことに。


「だーりん!」


 懐がもぞりと動き、そこからロディアの丸々とした目が覗いた。それに魔法剣士は肩を撫で下ろし、


「よかった、ロディアだけでも一緒で」


と懐から出してやり、慣れた手つきで肩へと乗せてやる。ロディアも辺りを見回し「ここって……」と不安の混じる声で呟いた。


「船の中、だとは思うんだけど……。廊下に繋がってなかったっけ?」


 魔法剣士は半ば唖然としたままで、テーブルへと歩いていく。チキンの丸焼きに、色とりどりのサラダやデザート、見ただけで柔らかいことがわかるパン。

 とりあえずマフィンをひとつ手に取り食べてみる。


「だーりん、おぎょーぎわるいでち……」

「大丈夫大丈夫。ロディアが黙ってれば怒られないよ」


 口の中に広がる控えめな甘さに、ほろりと崩れていく生地。なんとも言えぬ美味しさに、魔法剣士はマフィンを少し千切り、ロディアへと食べさせてやる。


「もぐもぐ。まったく、だーりんは、もぐ、おぎょーぎがわるいでち」

「これでロディアも共犯だね」

「はっ! でち」


 指をぺろりと舐め、それから今度はナイフを手にした。チキンに刃を入れてやれば、実家で食べてきた肉とは比べ物にならないくらいそれは柔らかく、すんなりと簡単に切れてしまった。


「うわお。こんなお肉見たことないよ」

「んー。でもだーりん、だいじょうぶでち? ひろいぐいは、おなかこわすでち」

「ふっ。甘いよロディア。こう見えて僕、学校では三秒ルール王と呼ばれていたんだ」

「よくわかんないうえに、ださいよびなでち」


 切れた肉をフォークに突き刺し口へと運ぶ。やはり美味い。


「現実だけど、事実じゃない。たぶんそれが鍵だと思うんだけど……」


 考えながらも肉を切り分けては皿へ盛っていく。肩から冷たい視線が投げられているが、それに気づかないフリをし、粗方料理を取り終えたところで、隅にある椅子へ座り料理を食べ始めた。


「だーりん」

「ん?」

「やってることと、いってることがあってないでち」

「いやぁ、こんなに美味しいもの食べたことなくてさ。でも」


 皿の半分ほどを食べ終えた頃、魔法剣士はいきなり残りの料理を床へ落としたのだ。ロディアが「だ、だーりん!?」と慌てるが、魔法剣士は至って冷静に立ち上がると、


「こんなに美味しいものは食べたことない。でも僕は、どんなに豪華な料理も、どれだけすごい人が作った料理でも、皆がいなきゃ美味しくないよ」


と最後に皿を落とした。

 パリン、とまるで鏡のようにその世界にヒビが入り、それはみるみるうちに剥がれ落ちていく。


「これは確かに“美味しい料理”っていう現実だ。でも僕にとっての事実は“美味しくない料理”なんだ。ごめんね、おもてなしを受け取れなくて」


 最後の壁が剥がれ落ちた時、そこは船内にあるどこかの広間だった。恐らくは一般人であろう客たちが床へ倒れ、何事かをぶつぶつと呟いている。


「だーりん、これは……」

「たぶん、皆ああいう世界に入ってしまったんだと思う」


 客が生きているかだけを確認し、魔法剣士が広間を出ようとし、人形を抱いたまま倒れているまだ幼い少年に気づく。年は十歳ほどだろうか。

 灰色の髪のその少年は、人形を離すまいと力強く抱きしめている。美しいブロンドをもつその人形は、どう見ても可愛い女の子だ。


「これ、じぇしかでち!」

「ジェシカ?」

「まほうつかいのおんなのこでち。かわいくてつよい、あこがれのこでち!」

「へぇ……」


 よくある童話の人物だろうか。魔法剣士はそう結論づけ、それから少年の頭を軽く撫でてやり広間を出た。それにしても、なぜロディアがそんなものを知っているのか。それは永遠の謎かもしれんな。

 扉を開けた魔法剣士だが、一歩を踏み出したところで危うく海へ落ちそうになり、なんとか踏みとどまることに成功した。


「わぁ、今度はびっくりショーかな?」

「だーりん、どうするでち? でれないでち!」


 肩で跳ねるロディアを諌め、魔法剣士は「うーん」と頭を捻った。恐らくはあるのだ、道が。だが魔法剣士には、それが正解だと思えなかった。


「よし。ロディア、しっかり捕まってて」

「え? まさかだーりん」

「どっしゃぁぁあああ!」


 ロディアが抗議をする前に、魔法剣士は宙へと身体を投げ出した。一瞬の浮遊感の後、すぐさま落下を開始する。


「ぎゃぁぁあああでちー!」


 そうして魔法剣士の身体は海に叩きつけられ死に……いや、死ぬわけがない。なぜならば、海は生きているかのように、その身体をどっぷりと呑み込んだのだから。


 真っ暗なその世界は、不思議と息が出来た。肩にいるはずのロディアを見れば、まだ小さく震えたままだった。


「ロディア、息出来るよ」

「ほ、ほんとでち」


 といっても、道があるわけでもなし。しかし不思議と歩けるその空間は、一歩踏み出せば、水の上を歩くかのように波紋が広がっていく。

 その先に、青色と赤色に光る小さな石を見つけた。それが魔法石だと確信した魔法剣士は、急ぎ足になるが、途中どこからか声が聞こえてきた。


『醜い醜い私。誰も誰も撫でてはくれない』

『汚い汚い俺。誰も誰も愛でてはくれない』


 それはあの双子の声だったが、仕掛ける様子は感じられない。


『お兄様、お兄様。私はまた捨てられるの?』

『妹よ、妹よ。俺は、俺だけは妹を愛し続けているよ』


 切なげな響きと、叫びにも近いそれに、魔法剣士の足が止まった。


『見て見て、お兄様。あの黒髪の女の人、私に気づいたわ』

『見てるよ見てるよ、妹よ。これで妹は愛されるようになるだろうか』


「だーりん、このこえ」

「うん、あの二人だ。なんだろう、すごく淋しそうな……」


 再び魔法剣士は歩き出した。

 一歩踏み出すたびに、双子の悲しい声が頭の中に響いてくる。それに耳を澄ませば澄ますほど、気が狂ってしまいそうになるのを耐え、そうして魔法石の元へ辿り着き。


「人、形?」


 そこに転がっていたのは、ボロボロの、かろうじて形を留めているだけの、男女の人形だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ