味気のない肉の話。
少女を治療する聖女を守るようにして、魔法剣士たちはそれぞれの武器を手に立ち塞がる。
「ね、ねぇ、この人たちも魔族?」
「いや、人間だ。操られているんだろう」
目を細めるリーパーが何かを探すように辺りを見回す横で、魔法剣士が細剣を構えたまま悔しげに唇を噛む。
「ごめん、僕がこの船の券をもらったばったかりに……」
「いや。気づけなかったボクが悪い」
「二人とも、自身を責めるのは後でも出来る。今はこの場を収めることを考えるぞ」
しかしそうは言うが、操られているだけの只の人間に対し、こいつらが武器を振るえるわけもない。思いついたように魔法剣士が、
「リーパー、君のあれでどうにか出来ない!?」
とリーパーを見るが、リーパーは首を横へ振り、
「ボクより適した人材がいるだろう?」
と舞手に視線をやる。その意図を汲み取った舞手が、鼻を鳴らして笑い、手にした扇を腰へ戻した。
「ったく。使えねぇ奴だな」
「わかっているなら早くしたらどうだい?」
「口の減らねぇ妖精王様だな」
言うが早く、舞手が手をひとつ叩く。
クルーたちの視線が一斉に集まったのを確認すると、舞手はふたつ、手を叩いた。そしてゆったりとした動きで頭を下げ、
「お集まり頂き誠に感謝致します。本日は」
「ちょちょ、まいちゃん、言ってる場合じゃ……」
「せっかちな奴だな。ま、いいか。働いている皆様も、息抜きに来たお客様も、そして乗り合わせただけの不幸な方々も、どうか舞いをご覧になって心穏やかにお過ごしますよう、お願いを申し上げます」
そうして手をみっつ叩いた。視線が集まる中、足を踏み出し、宙を軽やかに跳ね、床をリズムよく踏みしめる音はなんと心地良いことか。
最後に舞手はもう一度手を叩き、そうして再び頭を深く下げてみせた。糸が切れたように倒れていくクルーに笑ってみせ、舞手は「やれやれ」と頭を掻いた。
「まいちゃんすごい! これは何? 何をしたの!?」
迫りくる勢いの魔法剣士に舌打ちしてみせ、舞手は「何も」と再び扇を手にする。
「もやしのそれと根本的に変わんねぇよ。ただ妖精王様曰く、オレらは脆弱な人間らしいから舞いが必要ってだけだ」
「自覚出来るようになったんだね。大きな進歩だ、褒めてあげるよ」
お互い嫌味を言い合い、それから「ふんっ」と鼻を鳴らしお互いにそっぽを向いた。魔法剣士が苦笑いする中だ。甲高く、そして低い声が聞こえてきたのは。
「えぇえぇ、お兄様。やはりやはり舞手ですわ、珍しいですわね」
「あぁあぁ、妹よ。そんなに早まるな。時間は幾らでもあるだろう?」
一体どこから沸いて出てきたのか。魔法剣士たちとは反対の手すりに腰をかけ、隙間なく身体を密着させている双子がそこにいた。再び緊張が走り、魔法剣士は改めて細剣の先を双子へ向ける。
「君たちも、魔族?」
その質問に二人は同時に、同じように首を傾げてみせ、
「あぁあぁ、なんと愚かな」
と兄が大袈裟すぎるほどの仕草で、頭に手をやりため息をついた。その隣で、妹が兄の頬を軽やかに撫で、
「えぇえぇ、お兄様。本当に本当に愚かですこと」
と手すりから降りる。続くように兄も降り、妹の腰に手をやり抱き寄せる。妹もまた兄に寄り添うと、同時にリーパーを指差した。
「「魔族ならそこに。醜い醜い同族食いめ」」
「同族? リーパーが……?」
一同の視線を一身に受け、慌てるかと思いきや、リーパーはいつもと変わらず、いやむしろ涼しげな顔のまま、口の端を持ち上げてみせた。
「あぁ、思い出した。だいぶ顔が変わっていたからわからなかったけど、キミたちはやっぱりあの双子か。二人の世界は相変わらず狭くて窮屈そうだね」
「この……っ、お兄様! 早く早く、あの醜い同族食いを消してしまいたい!」
「焦るな妹よ。先にやるべきことがあるだろう?」
怒る妹を抑えるように、その唇に人差し指を当ててやり、兄は「な?」と視線を絡ませた。妹は頬を染め「えぇえぇ」とその胸に顔を埋める。
「お兄様、ごめんなさい。私、焦ってしまいましたわ。そう、まずは……」
「そう。まずは皆様に、船をもっと堪能して頂こうじゃあないか!」
双子が同時に指を鳴らす。途端、船が大きく揺れだし、瞬く間に海が荒れだした。
「うわぁ!? え、何? 雨が!」
肌を強く打ちつけ服を濡らしていく雨はまさしく本物だ。顔にまとわりつく髪をウザったそうに払うリーパーを見ても、それは間違いないだろう。
がたん、と大きく揺れる船から振り落とされないよう、魔法剣士と舞手が手すりにしがみつく。戦士が片手で手すりを掴み、空いた手で聖女と少女を抱え込むようにして支えた。
「「ではでは皆様、どうぞ楽しい船旅を」」
そう言い残し、双子は抱き合ったまま、手すりを越えて背中から海へと落ちていった。リーパーと同じなら死ぬことはないだろうと考え、魔法剣士はとりあえず今どうするかと辺りを見回した。
「これって幻覚じゃないんだよね?」
相変わらず船は激しく揺れ続け、雨足は早くなるばかりだ。甲板に叩きつけられる水音が煩く、張り上げなければ隣の仲間にも声が届かないくらいに。
「これが幻覚であってたまるか! 痛てぇし冷てぇだろ!」
顔を庇うような格好で、舞手もまた声を張り上げる。
「一旦中に入ろう! 風邪引いちゃうよ!」
「待つんだ、魔法剣士くん!」
我先にと走り出す魔法剣士の腕を掴み、リーパーが船内へ続く扉を鋭く睨みつけた。
「中に入る行為はあの二人の思惑通りだ。わざわざ腹の中に入る必要はないだろう?」
「いいじゃんいいじゃん、食中毒を起こしてやろうよ。水で腐ったものほど、悪いものはないよ!」
予想通りというべきか。
リーパーは最早何も言うまいと手を離し、代わりに魔法剣士を正面から見据えた。
「なら伝えておくことがある。皆も心に留めておいてほしい。既に船は二人の支配下に置かれているだろう。見えているものは全て現実だが事実じゃない。それを理解してほしい」
「なんだか難しいね……」
顔をしかめた魔法剣士に微かに笑いかけ、リーパーは「大丈夫」と先を歩き出した。
「キミなら……、いやキミたちなら、必ずあの双子の元まで辿り着けると信じているよ」
そうリーパーが扉を開けた先。眩いほどの光に目を開けていられず、思わず目を瞑り――再び目を開けた魔法剣士の目の前には。
「え? どゆこと……」
そこはどこかのパーティー会場真っ只中だったのだ。




