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意識したつもりがそんなわけなかった話。

 クルーを探して船内を歩き回り、気づけば少女は甲板へ出てしまっていた。潮の香りに顔をしかめ、頬を撫でる風を少し煩わしそうにしながら、少女は甲板を歩き回る。


「いないでちねー」

「うん……」


 手すりに掴まり下を見れば、あれほど求めていた海が見える。しかし届くどころか落ちれば死である。まだ幼い少女にもそれは理解出来たのか、がっくりと肩を落としつつ船内へ戻ろうとし。


「あ! この子、フワリン連れてる!」

「本当だ、じゃなかった、ですわ!」


 船内から出てきた三人組の子供が、頭にロディアを乗せた少女をぐるりと取り囲んだ。少女より年上なのか、それとも少女が同年代より成長速度が遅いのか。

 なんにしろ三人ともに少女よりも背が高く、少女は萎縮するように肩をすぼめてしまった。そんな少女を面白がるように、子供たちは口々に少女の容姿をもからかいだした。


「こいつチビじゃね?」

「フワリンなんて高いもの、きっと盗んだに違いないよ!」

「まぁ! なんて意地汚い子、ですわ!」


 頭に乗っていたロディアが肩に降り、震える少女に身を擦り寄せながら、


「なんなんでちか、あなたたち! きょーいくのなってない、おこちゃまでちね!」

「でちだって!」

「やーい、でち!」

「でち、ですわ!」


 口調を真似され、ロディアは真っ赤になりながら「むきーでちー!」と怒りを表すように跳ねてみせた。


「お前みたいなチビが持っててももったいないから、おれらで飼ってやるよ!」

「や、やだ!」


 あっという間にロディアを掴まれてしまい、少女がロディアを助けようと手を伸ばすも、身長差も相まり、高く掲げられては届きそうもない。それでもなんとかロディアを返してもらおうと、少女が何回か跳ねると、


「へい! パス、パス!」


 違う子供が少し遠くで手を叩く。ロディアを持っていた子供が、その手に向かってロディアを投げつける。


「あーれーでちー!」

「ロディ! やめて! かえして!」


 それを少女も追いかけるが、少女が近づいた瞬間に再びロディアは投げ返されてしまった。


「めがまわるでちー」

「ロディをいじめないで! リー、たすけて……!」


 何回かそれを繰り返し、子供たちにも飽きがきたのだろう。一番背の高い子供が、少女を思いきり突き飛ばした。反動で手すりに頭をぶつけ、少女の視界が大きく揺れた。


「やりすぎたんじゃない? ですわ」

「いいって。だって見てみろよ、この貧相な服。どうせ親も大したことねぇって」

「最悪パパに頼んで揉み消してもらえばいいって」


 ゲラゲラと下品に笑う子供たち。額を切ったのか血が滴る中、酷い痛みになんとか耐えながら、震える身体を叱咤し、少女は子供たちに「かえして……!」と言葉を絞り出した。


「そこまで言うなら、返してやるよ」


 そう言うと手すりまで歩いていき、


「ほらよ!」


と海へ向かってロディアを放り投げたのだ。


「きゃーでちー!」

「ロディ!」

「あははは! 貧民が逆らうからだ……って、は?」


 少女はロディアが投げ出されたほうへ走り、手すりをよじ登るようにして乗り越えると、なんの躊躇をすることもなく、その身を宙へと投げ出した。


「おいおい、バカじゃねーの! たかがフワリンだぜ?」


 落ちていく少女たちに構うことなく、子供たちは腹を抱えて笑い続ける。そして船内へ戻ろうと背を向けた為に気づかなかった。黒いローブを羽織った“死神”が、ふわりと音もなく降り立ったことに。


「キミたち」


 特に何か言われたわけではない。ただ呼び止められただけだ。冷たい、なんの感情も籠もってすらいない音で。


「ちょっと話を聞きたいんだけど、いいかな」


 振り向きたくとも振り向けず、いや、本能では振り向きたくないと思っているのがわかり、子供たちは何も言えずに立ち尽くす。やけに煩い心音と呼吸音は一体誰のものなのか。


「人が話しかけているのに無視するなんて……。全く躾のなっていない子供だ。いいかい? ()()()()()()()()

「ぁ、ぁ……」


 意思とは反対に、三人は声のほうを振り返る。黒いローブを羽織ったその男は、腕に少女を抱き、ロディアを肩に乗せ、そしてなぜかフードを深く被っていた。

 大人の目線ならば気づかなかっただろう、奴の目が真っ赤に染まっていることに。だが子供たちからは、その赤目がよく見えた。


「ぁ、あか……っ」

「この子が怪我をしているのだけど、理由を知っているかい?」


 言葉は至極丁寧に、だがその響きは至極冷酷に。

 子供たちは金魚のようにただ口を動かすだけで、待てども待てども奴の、リーパーの求める答えを引き出せそうにはない。待つだけ無駄だと結論づけ、リーパーは少女の怪我を聖女に見せようと歩きかけ、


「軟弱根暗もどきぃぃいいい!」


と斧を手に甲板へ出てきた戦士とかち合うことに。戦士がご立腹な理由は、当たり前だがリーパーは知らない。


「え? 戦士、くん……!?」


 容赦なく斧を振り回され、それはリーパーの前髪を掠っていく。肩に乗ったロディアが「きゃっ」と悲鳴を上げるが、今の戦士には全く聞こえていない。

 気が反れたことでリーパーの暗示が解けたのか、子供たちがその場に座り込むが、正直そんなことはどうでもいい。


「戦士くん、一体どうしたんだい!? 早くお姉さんにこの子を看てもらわないと……!」

「ええい、根暗もどきめ! 可憐な姉上殿に手を出しよってからに!」

「え? 手? 待つんだ、なんのことだか」

「言い訳は聞きたくないわ! 力を得る為に己のしたことを否定するつもりか!」


 更に迫る斧を紙一重でよけ、リーパーは必死で頭を働かせる。奴の中で、最近のまともな食事と言えば、“緑の国”で聖女から血を飲んだ時ぐらいか。


「まさかあの時のことかい!? あれは仕方がなかっただろう? それにあれはお姉さんとも同意の上で」

「貴様、女性になすりつけるとは! 失望したぞ!」

「それくらい、いやそれくらい……ではないが、食事くらいキミたちも取るだろう?」

「姉上殿を食事扱いするなァ!」

「しまっ……」


 戦士の怒りの鉄槌がリーパーの左頬へと入り、ぼきりという嫌な音を響かせる。吹っ飛びながらも少女を庇い、リーパーは自身を下敷きにして床へ転がった。


「リー! リー!」

「りーたん、しっかりするでち!」


 少女はリーパーを揺すり、次にあらぬ方向へ曲がった首を、元の位置へ戻そうと頭に手をやった。


「こっちかな……」


 ぐぎり。


「こっちかもでち」


 ごぎり。


「そっち?」


 ぼきぼきぼき。


「ちょっ、ちょっと待って……、痛い、痛い痛い、流石に痛い……」


 なんとも言えぬおかしな方向へ曲がったままだが、少女は治したと満足したのか「リー!」とその身体にすり寄った。そんな中、甲板へ出る扉から聞こえてきたのは、騒がしいことこの上ない二人組だ。


「まいちゃんまいちゃん! ここが甲板じゃない? 僕って道案内の天才かも?」

「あほか! また迷子になってただろうが!」

「まいちゃんも一緒だったからなってませんー。僕が迷子ならまいちゃんも迷子なんですぅ」


 屁理屈をこねる魔法剣士の頭をどついた舞手が見たのは、落ち着きを取り戻した戦士、それから首の曲がったリーパー、それにすり寄る少女の図だ。ロディアが「だーりん!」と嬉しそうに跳ねた。


「あれ? ロディア、と皆も? お姉さんは?」

「お姉ちゃんは後ろですよぉ」

「ひえっ」


 いつの間に後ろに立っていたのか。横腹を指先でつつかれ、魔法剣士は反射的に身体を震わせた。


「お姉さんやめて感じちゃう!」

「お前は何を言っているんだ……?」


 舞手は引くが、それくらいで落ち込む魔法剣士ではない。


「皆どうしたの? もしかしてあれ? 何か催し物?」


 とりあえず少女が怪我をしていることに気づき、聖女に看てもらうことに。傷を癒す間、リーパーに視線をやれば、自身で首の位置を戻しているようだった。

 なんとも奇妙な光景である。


「大変な目にあったよ……。それで戦士くん、一体どうしたんだい?」


 なんとも無かったように立ち上がると、リーパーはローブについた埃を払った。あの子供たちは逃げたのか、姿形はどこにもない。


「はっはっは。いやぁ、俺としたことがつい感情に任せて斧を振るってしまった。申し訳ない!」

「まぁ……、うん、いいよ……。あ、そうだ、全員いるなら丁度いい。この船は」


 そこまで言い、全員の顔に緊張が走った。何せ、周囲をクルーたちに囲まれていたのだから。

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