もうすぐ揃う話。
では魔法剣士と舞手の話でもしようか。舞手が魔法剣士に、ずるずると引きずられるようにしてやって来たのは――
「おめでとうございます、お客様……」
「おー! 見てまいちゃん、また勝っちゃった!」
手元のチップが増えるのを見、魔法剣士はガッツポーズをした。それとは反対に渋い顔をするのは舞手だ。少なくなっていくチップは、魔法剣士のそれとは対照的である。
「またってお前……。なんかしてんじゃねぇだろうな」
「まいちゃんが疑っちゃう? でも残念、タネも仕掛けもないんだな、これが」
「だろうな……」
そう言って舞手は、近くのクルーへブドウジュースを注文した。
二人がいるのは船内にある遊戯施設、つまるところ賭博場だ。それなりに身なりの良さげな客に混ざり、魔法剣士たちは遊戯を嗜んでいた。
別段ここに来たかったわけではない。
魔法剣士に連れられ、船内をあれやこれやと探索していたところ、反対側から駆けてきた子供とぶつかり、その反動で高価そうな壺を割ってしまったのだ。もちろんそれは派手な音を立てた挙げ句、そこを通りがかったクルーに見つかってしまった。
「あ、待って、これはその……」
慌てて説明しかけた魔法剣士は、そこではたと気づく。ぶつかってきた子供がいないことに。まぁ、こいつの性分上、例え子供がいたとして、責任をなすりつけるわけもないがな。
「あー、あの、すみません僕が割りました!」
そう言い、思いきり頭を下げた魔法剣士。隣で素知らぬフリを通そうとしていた舞手も、思わず魔法剣士の胸ぐらを掴んで力の限りに揺する。
「おい! 認めてんじゃねぇ!」
「だってさぁ、しょうがないじゃん?」
「責任ならお前一人で取れよ! オレは知らねぇからな!」
言うだけ言い魔法剣士を置き去りにしようとするが、こいつが逃がすわけがない。舞手の腰に縋りつくと、
「やだやだ! まいちゃんも一緒に謝ろうよー!」
と駄々っ子のように首を振ってみせた。
それまで黙っていたクルーが、ため息と共に懐から一枚の紙切れを取り出し、魔法剣士を引き剥がそうと憤慨している舞手に突き出してみせた。
「こちらが請求額となっております。船を降りるまでにお支払いをお願い致します」
紙を渋々ながらも受け取り、額を見た舞手が吹き出す。
「まいちゃん、どうした、の……い、一億ルク!?」
「こんなもん払えるか!」
紙をクルーへ突き返すが、もちろん受け取る気配はない。しかし見捨てるつもりもないようで、クルーは整った笑顔を二人へ向け、
「でしたら遊戯施設にて返済をお願い致します。出来たら、ですが」
その含みのある言い方は気になるものもあったが、二人に拒否することなど出来るはずもなく。大人しく遊戯施設まで連れて行かれ、現在進行系で借金返済中というわけだ。
最初にいくつかのゲームをし、それなりに魔法剣士は稼いできたのだが、ここで一気に稼ぎたいということで、二人は一際賑わいを見せている奥のテーブルへと向かったわけだ。
ルールは簡単。数字の書かれた赤と黒のマスのルーレットがあり、玉がどのマスに止まるかを予想しベットするだけだ。どう賭けるかは自由だが、この魔法剣士、ピンポイントで止まる位置に全ベットし、上手いこと稼いでいる。
「お前さぁ、止まる場所でもわかってんのか?」
手持ちが無くなった舞手は、仕方なしに魔法剣士の後ろまで移動し、次に奴がどこへどう賭けるのかを見守る。
「そんなんわかんないよ。ここって思ったとこに賭けてるんだから」
再び全額賭けた魔法剣士に「おいお前……」と、流石の舞手も渋い顔をする。
「少しは手元に残しとけよ。馬鹿だろ」
「いいじゃんいいじゃん、無くなったところでプラスが無くなるだけなんだし。まいちゃんはチキンだなぁ」
「いや、プラスになってもらわなきゃ困るんだよ……」
再び回りだすルーレット。客やクルーが見守る中、玉は再び魔法剣士が示したマスへと収まった。
「おー、僕って天才かもしれない!」
「お前さ、剣持ってるよりこっちで稼げばいいんじゃね?」
「じゃあまいちゃんは僕の付き人ね」
「あほか」
大量のチップが手元へと戻ってくる。食事を取っているであろう聖女たちとそろそろ合流するかと、魔法剣士は「次で最後にしよっか」と舞手に笑いかけた時だ。
「なんやなんや、兄さん。景気がええなぁ」
白の仮面に黒のスーツ、そう勝負師だ。しかし奴が勝負師だと知らない魔法剣士は、隣に座った勝負師に「それほどでも」と照れたように頭を掻いた。
「わいも兄さんの尻馬に乗せてもらうわ、かまへんか?」
「運尽きてるかもしれないよ? 外れても文句言いっこなしね」
「かまへんかまへん」
仮面の奥の蒼眼が、笑ったように微かに細められた。
「じゃ、ここで」
魔法剣士が示した場所に続き、勝負師もまた同じ場所へベットする。ルーレットは回りだし、やはりと言うべきか、玉は魔法剣士と勝負師が賭けた場所に吸い込まれるようにして入っていった。
「おー、兄さんやるなぁ」
「やったやった! これで“赤の国”でいい宿に泊まれるかなぁ」
「まずは借金返そうぜ……」
旅の計画を立てる二人に、勝負師は「楽しんどるのぉ」と口元を歪めた。そうして席を立った魔法剣士に続き同じように立ち上がる。
「兄さん、おおきに。稼がせてもろたわ。せや、礼と言ってはなんやけどな」
魔法剣士とすれ違いざま、肩に手をやると耳元に口を寄せ、
「甲板へ行き。今ならまだ間に合うで」
「え?」
「ほな、またな」
と遊戯で楽しむ客の中へと消えていった。
「あいつ、一体なんだったんだ」
「……まいちゃん」
「なんだ」
真剣な表情から一転、魔法剣士はへらりと笑ってみせ、
「甲板ってどこ?」
と聞き、舞手に舌打ちをされた。
※
「今度はあの少年ですか。一体なんのおつもりで?」
遊戯場から場所を移し、船内のバーにて酒を嗜んでいた勝負師は、その至極当たり前の問いに鼻を鳴らして答えてみせた。
「別に助けたつもりちゃうで。言うたやろ? わいらは観客や。観客として、完成された戯曲を見たいと思うのは当たり前やろ?」
勝負師の答えに、目の前へ居座るムウトは呆れたように息を吐ききり、それから自身の飲み物に口をつける。
「役者はちゃんと揃って舞台へ上がってもらわんと困るんや。折角リーパーもお家から出てきたことやしなぁ」
「勝負師、貴方はその“リーパー”と関わりたいのか関わりたくないのか、図りかねますね」
グラスを軽く持ち上げてみせ、勝負師は「どうやろな」と意味ありげに笑うが、ムウトには正直なところどちらでもいい。運ばれてきたサラダの皿から、葉を一枚だけ噛り、
「まぁ、なんにせよわかることは、貴方はよくわからないということです」
「掴めないとはよく言われたでぇ」
「どちらかと言えば、曝け出さないのほうが適切ではないかと」
ムウトの言葉に「鋭いやん」と残りを飲み干し、空になったグラスをテーブルへと戻した。からん、と乾いた音を立て氷が溶ける頃には、二人の姿は無くなっていた。




