て招きして、鳥を泣かせて、な話。
こちらは戦士と聖女の話になる。
食事をしたいと言って別れたはずだが、聖女の案内で向かったのは、広間ではなく、船尾にあるデッキだった。
「姉上殿、一体なぜこんな場所に……」
風が聖女の髪をさらうのと同時に、聖女は繋いでいた手を離し、手すりへと歩いていく。そうして海を見つめながら、
「戦士様。私に何か、お話したいことがあるとお見受けしたのですが」
「……っ」
戦士が小さく息を呑んだ。その表情は緊張、焦り、そして迷いが見受けられた。しかし決意を固めたのか、聖女の前まで歩み跪く。
「姉上殿、羞恥を承知で申し上げる。俺は貴女を嫁に貰い受けたいと考えて」
「はい。ご遠慮させて頂きます」
「そうか! 受けて頂け……え!?」
跪き、手を伸ばしたままの格好で固まる戦士に構わず、聖女は髪を風に遊ばせている。さらりとした青髪は、空と海に混じり合うように見え、思わず戦士は聖女の手を取った。
「理由を、お聞きしても……?」
「理由? それは戦士様のほうでは? いきなり好きだの愛してるだのと言われては、説得力も何もありませんよ?」
「……」
戦士はしばし黙り込み、それから聖女の手を離してから立ち上がった。
「知っての通り、俺は混血だ。母親が人間でな、父親の顔なんぞ知る由もない。知りたいと思ったことすらない」
手すりに身を預け、戦士はその日々を思い出すかのように視線を空へと預ける。
「母親には感謝している。こんな息子なぞ、育てたくはなかったろうに……」
「お母様は?」
「俺が十ニになる頃だったか。魔族と関係を持った裏切り者として、俺を育てた罪として、処刑されてしまった」
「……そうですか」
波の音が絶え間なく続き、水面を魚が跳ねていく。それらがしばらく流れた後、戦士は「なんでだろうな」と手すりに預けていた腕に顔を埋めた。
「なんで、母親は俺なんぞを逃したのだ……。俺を出していれば処刑されることなどなかった。俺は……」
「死に場所でも探していたつもりですか? それとも、受け入れ先でも求めていたのですか?」
「はは。痛いとこをついてくるな、姉上殿は。あぁそうだとも。俺は墓場を探していたのだ」
戦士は顔を上げ首を横に振ると、乾いた笑いを口から零した。
「俺は貴女の優しさに縋っていたのかもしれん。人間、魔族、妖精、混血。何者にも等しい貴女の優しさに」
「……」
顔にかかる髪を手で押さえ、聖女は何を言うでもなく、静かに足元に視線を落としたままだ。戦士が「すまない、忘れて頂きたい」と手すりから離れかけた時。
「この旅路の終着点が、どこになるかはまだわかりません」
ぽつりと聞こえた声に、戦士は足を止める。
「弟は父の、いえ村の仇である歌姫を追い、そしてその手にかけるでしょう。そうでなくとも、私たちが意識せずとも、この旅は巨大な渦の中に取り込まれてしまった気がするのです」
「渦の中に……」
「はい。今はお互いに手を繋ぎ合い、離さずにいるようですが、その手は力によって強引に引き剥がされる時が来るでしょう」
聖女は祈るように両手を合わせ、真っ青な空を仰ぎ見た。
「その時。迷わずに誰かが標となり、皆を引き上げなければなりません」
「その役目は、魔法剣士殿ではいかんのか?」
「あの子は標ではなく、標まで皆を案内する役目です。灯台が見えようと、そこへ行く足無くば、辿り着くことは出来ません」
合わせていた手をほどき、聖女は「だから」と戦士を正面から見据え、
「今は誰の元へ行く気もありません。けれど」
と自分よりも硬い、強張ったその手を優しく両手で包んだ。
「旅路を終え、そこに辿り着けたなら。私が貴方の墓場になりましょう」
「しっかりとその言葉、胸に刻んでおこう」
戦士の言葉に聖女は微笑み、それから手を離すと、
「じゃ、ご飯に行きましょうか。まいちゃんたちも来るかしら?」
と軽い足取りで船内へ戻っていく。それに苦笑いを零し、戦士も続こうとしたところで、聖女が中へ入らず、立ち尽くしていることに気づいた。
「姉上殿、いかがなされた?」
戦士が訝しむように首を傾げ、先に船内へ入ろうとし、聖女にやんわりと制されてしまう。
「戦士様、よく聞いてください。この船には何かが這いずり回っているようです。いいですか、例え気づいたとしても素知らぬふりを通してください」
「うむ。肝に命じておこう」
そう頷いてみせ、戦士が先に船内へと入る。その瞬間、悪寒が全身を駆け巡り、あまり魔法力に長けていない戦士ですら、その船の異様さに気づいたようだった。
しかし先ほど言われたことを思い出し、戦士は息を大きく吸い、そして吐き出してから「では」と聖女へ手を差し出した。その手を握り返し、
「はい。行きましょう」
と二人は歩き出した。
なんと豪快な食べっぷりか。次々に消えていく料理を眺めながら、戦士は無意識のうちに口の端を持ち上げていた。
「あらあら。お姉ちゃん、もしかして笑い者にされてるのかしら?」
「あぁいや、そういうわけでは……」
ない、とはっきり言えず、戦士は誤魔化すようにしてコーヒーの入ったカップを呷いだ。通りがかったクルーへ更に追加の注文をすると、聖女は「仕方がないのよ?」と頬を膨らませてみせた。
「魔法力の多い人ほど、それだけ大量のご飯を必要とするの。だからお姉ちゃんは、たくさん食べないといけないのよ」
「そ、それは知らずに……。大変失礼なことを言い、申し訳ない」
「ふふ、大丈夫ですよ?」
人差し指を口元に当て笑う聖女は、戦士にとってなんと破壊力の高いことか。釣られるようにクルーへコーヒーをもう一杯頼むと、戦士は「ん?」と首を傾げてみせた。
「ならばリーパー殿もそうであろうか?」
「そうねぇ、リッちゃんはいつもお腹ペコペコでしょうねぇ」
運ばれてきたステーキを切り分け、聖女が一口頬張った。
「ん、美味しいわぁ」
「ならばリーパー殿は力を出し切れていないのであろうか」
クルーが「お待たせ致しました」とコーヒーをテーブルへ置いていく。飲むでもなく、それを見つめたままの戦士に聖女は「んー」とステーキを平らげてから、
「ご馳走さまでした。仮にお姉ちゃんたち全員を食べても万全にはならないと思うわ。それだけリッちゃんの魔法力は高いのよ。そうねぇ、私とリッちゃんで、毎夜毎夜ベッドを共にすれば変わると思うけれど……」
「ならん。それは断じてならん」
戦士は中身が零れる勢いで、強くテーブルを叩いた。
「あつっ」
いや、零れたな。
「ふふふ、そんなことはしません。リッちゃんも望んでいないし、何より、彼は食事をしないように努めているように見えるの。凄い精神力だわ、本当に」
「いや、ならばいいのだ。その、いや、リーパー殿とそういったことはしていない、という認識で合っているだろうか」
あまりのその必死さに、聖女の加虐心が煽られていく。正直に“ない”と言ってもいいのだが、いつも堅物な戦士が慌てる姿が面白く、また、同様にリーパーが戦士に詰め寄られ狼狽える姿も見てみたい。
特に最近は人間味を取り戻してきたのか、それとも気を許しだしたのか。リーパーもそれなりに仲間と話す機会が増えた。微かではあるが、笑顔を見せることもある。
だから聖女は意地悪をしてみようと思った。
「毎夜はないけれど、たまにはあるかもしれないわねぇ」
「なぁぁあああ!? リーパー殿! いやあの根暗もどき! 俺が成敗致す!」
言うが早く、戦士はコーヒーを飲み干し立ち上がると、目にも止まらぬ早さで広間を出ていった。残された聖女はクルーに「マカロンくださいな」と朗らかに注文を追加していくのだった。




