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しっとりすると思ったらそうでもない話。

 少女はまず部屋の中を見回してみる。お目当ての水がないかと探すが、どこにも見当たらない。


「おみず……」


 うろうろする少女の頭から飛び降りたロディアが、窓枠へと跳ねていき、そこから外を示してみせる。もちろんそこから見えるのは“海”だ。まぁ、水であることに変わりはない、か?


「しょーたん、おみず、いっぱいあるでち!」

「ほんとうだ! ロディ、すごい! でも……」


 窓にいくらへばりつこうと、海、いや水に手が届くはずもない。


「とどかない……」

「そとにいけば、おみずもらえるでち?」

「……! あと、あと、おくすり!」

「さっきのひとに、もらいにいくでち!」


 はしゃぐ二人はそのままの勢いで部屋を出、クルーを探しに行ってしまった。部屋にある魔法石を使えと言われていたのは、すっかり忘れてな。




 二人はまず、クルーを探しに人がたくさんいそうな場所へ向かうことにした。だが広い船だ、早々そんな場所に行けるはずもない。加えて、似たような景色がずっと続く廊下ときた。

 迷子になるのは、目に見えてわかっていたことだ。


「ここ、どこ……?」


 違う階層にある客室が並ぶ廊下にて、少女とロディアは彷徨い歩いていた。頭に乗ったままのロディアが肩に降り、不安げな少女の頬にその体をなすりつける。


「だいじょうぶでち、わたちがいるでち」

「うん、がんばる!」


 浮かんできた涙を拭い、少女はやる気を込めるように右手を高く掲げる。そんな少女を鋭く、そして舐めるような目つきで眺める二人がいた。


「えぇえぇ、お兄様。いましたわいましたわ」

「あぁあぁ、妹よ。いただろういただろう」


 二人は廊下の先にいる少女へ、ゆっくり、一歩ずつ歩み寄っていく。その距離があと三メートルほどまで詰めた時か、怪しい男が左手の通路から出てきたのは。


「うぃっく……、お、こりゃべっぴんさんやなぁ。んん? お二人さんは兄妹かいな」


 その男は目だけを隠すように白い仮面をつけており、黒いスーツをすらりと着こなしている。少し長い白髪は後ろで緩く結えられ、つけた赤いリボンはお洒落のつもりだろうか。


「「あ、あら? お客様、どうされましたか?」」

「いやぁ、飲みすぎてしもてな。便所探しとるんやけどどこやろか?」


 双子は男を避けようと右に左にと体を移動させるが、男もそれに合わせて左に右に移動する。そうこうしてる間に、少女の姿は角を曲がって見えなくなってしまった。


「「お手洗いでしたら、お部屋に備えつけのものか、もしくは上の階のものをお使いくださいませ」」

「おおきに。いやぁ、助かりますわぁ」

「「いえいえ、それでは」」


 双子は慌てた様子で少女を追いかけていく。それに男は「ほんま、おおきに」と胡散臭い笑みと共に手を振り、それから懐からカードを一枚取り出し、それを宙へと弾いた。

 カードは瞬く間に視界を埋め尽くし、そして再び男の手元にカードが戻ってきた時には。白い帽子、白のスーツを着た、狂った勝負師(マッドギャンブラー)が佇んでいたのだ。


勝負師ギャンブラー、なぜあの子女を助けたのですか? まさか人助けの趣味が……?」


 角から聞こえた声に、勝負師は「ちゃうちゃう」と手をひらりと振ってみせ、


「これは借りを返しただけや。何せ妖精王フィーニ、いやリーパーの獲物を盗ってしもたからなぁ」

「ふむ。まぁ、わたくしもあの子女を助けて頂いたことは感謝をしますよ」

「なんやなんや。ムウトはん、子供好きなん?」


と来た道を戻りだす。ムウトと呼ばれた何かは、その後を大人しくついていきながら「割とそうですが」と笑みを零した。


「それはそれとして。あの双子は放っておくおつもりですか?」

「わいらに手出したわけやないし。それにな、ムウトはん」

「はい?」


 勝負師は足を止め、ムウトを振り返り、やけに芝居地味た仕草で両手を広げてみせた。


「わいらはただの観客や。“赤の国”に向かうための、ただの、な」





『もしもーし』


 懐かしい声が聞こえたのだ。だから奴、リーパーは振り返ろうとしたのだが、まるでそれを制するかのように、後ろから伸びてきた手が目隠しをしてしまった。


「……キミは」

『また約束を破るおつもりですかぁ?』


 リーパーが言うより早く、その声の主は意地悪く言い、そしてくすりと笑ってみせた。釣られるようにしてリーパーも口元を緩ませれば、声の主は感心したように、けれどもどこか淋しさを含ませた声色で、


『あ、笑えるじゃないですかぁ。いやぁ、感心感心』


と努めて明るく振る舞った。だが、目隠しをする手が微かに震えているような気がし、リーパーはその手に軽く触れる。


「もし」

『はいはい』


 変わらぬ明るい声に、リーパーは重ねた手を握るように力を込めた。


「もし、疲れたって言ったら、キミはボクが振り向くことを許してくれるかい?」

『珍しいですねぇ、仮定の話なんて。季節の変わり目だからですかねぇ』


 そうとぼけた様子で声の主は笑ってみせ、それから重ねた手をそっと振り解いた。代わりのように、リーパーの背に額を軽く当て、


『早く起きてください。結果を出す前に諦めちゃうなんて、らしくないですよぉ?』


と背中に手をやり、優しく目覚めを促す。一歩、二歩と進んだところで、リーパーは「らしく、か……」と小さく拳を握りしめる。


『さぁさぁ、あの子は私と違ってまだ小さいんですから。独りにしないであげてくださいよ。お父さん』

「はは……。父親どころか、何世代前だと思ってるんだい」

『あんまり変わんないですよぉ。子育て頑張ってくださいねぇ』


 そうして視界が白く染まっていく中、リーパーは最後に少し、少しだけ振り返った。記憶の姿と変わらぬ声の主は、リーパーが知らない、少し悲しそうな笑顔を浮かべていた。





「……!?」


 リーパーは飛び起きるようにして身体を起こした。辺りを見回せば、嫌でも気持ちの悪い魔法力の色が目に入ってくる。


「ここは……っ、なんてことだ!」


 いたはずの少女の姿が見えず、リーパーはベッドから転がるようにして慌て出た。その際に懐から黒色の魔法石が落ち、早く行けと言わんばかりに一瞬輝く。


「わかってるさ……!」


 まだ炒飯の毒気が抜けたわけではないが、そんなことは最早どうでもいい。

 魔法石を拾い上げ、扉を壊す勢いで部屋から出たリーパーは、その船のあまりの異常さに息を呑む。


「ボクとしたことが気づかなかったなんて……。くそっ」


 普段ならつくはずのない悪態をつき、リーパーは少女の魔法力を頼りに廊下を走り出した。道中、クルーであろう人間が「お客様、お客様」と壊れた人形のように同じ言葉を繰り返してきた。

 それはともすれば気味が悪く、少し前のこいつなら、問答無用で消していたと思うんだが……。まぁ、成長したんだろうな。


「ああ! こんなことになるなら、追尾機能付きの首輪でも指輪でもつけておくんだったよ!」


 船から発せられる嫌な魔法力のせいか、少女の魔法力を上手く追うことが出来ない。

 また別のクルーが同じことを繰り返すのを見、リーパーは鎌の柄の部分を鳩尾みぞおちへ打ち込み、気絶させながらそう後悔した。あぁ、こいつの言う“追尾機能”というのは、こいつが人間だった頃に発達していた文明のものだ。


「それにしてもこれは……、操っているわけではない? あらかじめ決められた規則に沿って行動しているのだとすれば……。まさかあの二人か?」


 そこまで考えていると、探している少女の声が耳に届く。


「やぁ――! ――ディ! ロディ! リー、たすけて! ――!」


 悲鳴が聞こえたのは上の階、いや甲板からだ。何を言っているかは聞き取れないが、恐怖の滲むそれに、リーパーの余裕は更に無くなっていく。


「くっ」


 リーパーは左手に鎌を握ると、壁に右手を向け「石塊つちくれ」と土の低級魔法を口にした。手から発生した小さな石は、いとも簡単に壁を壊していき、吹き込む風がリーパーの髪を揺らした。

 そのままなんの躊躇いもなく宙へと身体を舞わせ、リーパーは悲鳴の聞こえた甲板へと躍り出たのだ――。


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