後ろ姿は揺らぐ花、な話。
袋から出した銅貨を眺め、それからずらりと並んだ船に視線をやり、赤毛の少年、魔法剣士は唸り声を思わず漏らした。
「安くなってるって戦士は言ってたけど、たくさん船があってわかんないなぁ」
“青の国”から“赤の国”へ向かうには、この時代、まだ航路しかなかった。その航路ももうすぐで廃航になり、地下電車に置き換わるということで、今は最後のチャンスだとばかりに船に安く乗れるようになっているのだが。
「ああん! こんなに船があるなんて聞いてないよ! 聞いとけばよかった!」
港に並んだ船は、数えられるだけでも五隻はある。ただ、中には漁の為の船もあるのだが、この魔法剣士に、その違いがわかるはずもない。
「適当に聞いて券買えばいいだけだろ。何騒いでんだ」
同じように船を眺めていた青髪の少年、舞手が、早くしろと言わんばかりに舌打ちをした。
違うのだ、魔法剣士としても早く券を買ってしまいたいのだ。ただこの舞手、そこらの奴よりも大層顔が整っていてな。魔法剣士が通りすがりの国民や商人に聞こうとしても、舞手に見惚れるばかりで、返事が全て上の空なのだ。
「もういっそのこと、まいちゃんが聞いてよ……」
「オレが聞こうとして“やっぱり僕が聞く”って言い出したのは誰だ? あ?」
「うわぁ、誰だろうね」
「お前だろ」
「すみませんでした」
頭を叩かれる前に謝り、それから魔法剣士は再び船を探して歩き出した。
折角初めての船に乗れるのだ。しかも格安で。ならば少しでもいい船に乗りたいと思うのは、仕方のないことじゃあないか?
「おにぃちゃん、あれ!」
そう黒髪の少女が指差したのは、他の船より多少、いや失敬、それなりに豪華な船だ。乗船していく客もまた、それに見合う洋装をしている。
「わぁ……。あれに乗りたいの?」
少女が何度も頷く。
「高そうだけど大丈夫かなぁ」
とりあえず船を見る為、近くまで行ってみようと歩き出した。
ん? 不思議そうな顔をしているな。“青の国”は地下街ではなかったのか、だと? よく覚えているじゃないか。
そうだ。ここ“青の国”の地上は、年中雪が降り続ける極寒の地だ。だから人間たちは地下に街を作り……というのは前回話したな。
地上に海に面した洞窟があってな。そこはとても広く、言わば天然の船着き場のようになっている。いつからかそこに人間が集まり、船が造られ、海へ出るようになった。
それがここ、“青の国”の不凍港の成り立ちだ。もちろん、地下街から港には直接出れるようになっている。
といっても、雪が降っているのがほとんどで、この港からでも日を見ることなど無いに等しいのだが。
「うわぁ……、大きい船だなぁ」
例の船の麓まで行くと、その大きさがひと際目立つ。何せ、他の船に比べひと回りほど大きい。
「流石にお金足りないんじゃないかなぁ……」
「あきらめるでち?」
魔法剣士の懐から、ピンクの毛玉、ロディアが顔(全身かもしれんが)を覗かせ、同じように船を見上げた。
「……やっぱ違う船にしようぜ」
「そうだね、なんか場違いな気もするし」
二人の会話を聞いた少女が目を見開き、交互にその顔を見るが、二人の意見はまとまったも同然だ。金がないなら仕方がないと、少女もまた俯いたところで。
「「そこ征くそこ征く、旅の人。何かお困りごとですか?」」
藍色の髪をした男女が、声を揃わせ、一行を囲むように立ち塞がった。男女共に、片目をそれぞれ髪で隠しており、これまた髪と同じ色の目が、魔法剣士を値踏みするように上から下へ移動した。
「え、えっと……。君たちは?」
「俺は兄」
「私は妹」
「「双子の兄妹!」」
「あ、そう、そうなんだ……」
確かに言われてみれば、髪と目の色だけでなく、顔立ちも立ち振る舞いも、声色までもがそっくりときた。少し引き気味の魔法剣士に構うことなく、二人は「「それで」」とずいと顔を近づける。
「「お困りごとですか?」」
「困ってねぇよ。困ってたとしても、お前らみたいな奴には言わねぇ」
「まいちゃん、ちょっと失礼だよ……?」
明らかに敵意剥き出しの舞手だが、困ってないわけではない。魔法剣士は双子に一言「ごめんね」と苦笑いし、それから船を見上げた。
「“赤の国”へ行きたいんだけど、この船って高い、よねぇ?」
「「えぇえぇ、それなりには。けれども残念なことに、他の船はもう乗れないらしいのです。定員がいっぱいだとか」」
そう双子は笑い、他の船を示してみせた。
「信用できねぇ。嘘くせぇし」
「「本当ですって。ほら!」」
双子が指差すと同時に、一隻の船が出港し、もう一隻が桟橋を上げた。といっても、出港したのは漁船であり、この双子の言っていることが正しいのかというと、なんとも言えん。
せめてこいつらに船の知識がもう少しあったなら、その真偽を確かめられたのだが……。
「まいちゃん、やっぱりこれに乗るしかないよ」
「つっても金が……」
魔法剣士が手のひらへ出した銅貨を見、舞手が深くため息をついた時だ。
「「お困りなんですね! ではではこれをどうぞ!」」
と差し出されたのは乗船券だ。魔法剣士はその券と双子を交互に見つめ、
「いやいや、流石にちょっと……。それに君たちは乗らないの?」
と首を傾げた。兄のほうが魔法剣士の手を取り、そこへ券を半ば無理矢理握らせる。なんとも渋い顔をし、未だ受け取ることに躊躇う魔法剣士に痺れを切らしたのか、双子は「「見てください!」」と同時に船の甲板を示した。
「「問題はありません。なぜならあの船は、我が父のものですから!」」
確かに、仲睦まじそうに微笑む夫婦らしき人物が、双子に向かって手を振っている。それに妹のほうが振り返し、兄は「ね?」と魔法剣士たちに微笑んだ。
「「父はよく言っております。“金ある者は無き者に施せ”と」」
「嫌な教えだけど、まぁいいか。これ一枚で皆乗れるかな?」
「「何名様でもどうぞ!」」
そこまで言われては受け取らないわけにはいかず。どうせ船には乗らなければならないのだ。運が良かったと割り切って、魔法剣士は握らされた券を、今度はしっかりと握りしめた。
「「それでは旅の人。いい船旅になりますように」」
「ありがとう」
船へと消えていく背中を見送り、魔法剣士は舞手ににやりと笑ってみせる。
「ゲット!」
「調子のいい奴だな……」
舞手が呆れ、それから気づく。自分たちへ向かって歩いてくる、見慣れたその姿に。
「まいちゃん、待たせちゃったかしら」
手を振りながら微笑むのは舞手の姉であり、一行の癒しの要である聖女だ。といっても、少し前にその魔法力のほとんどを失い、今では簡単な奇跡の魔法しか扱えなくなってしまった。
「いや、待ってねぇ。むしろ今来て正解だったぜ」
「ほう。どうやら乗船券は買えたようだな」
日に焼けた肌を甲冑で隠し、一行の中でも一番体格に恵まれた戦士が、魔法剣士の持つ乗船券を見て深く頷いた。その背には、齢七百才を超える最年長者、白髪白目のリーパーが背負われている。
どうやら昨夜の炒飯の影響が、まだ抜けきっていないらしい。全く。白き妖精王とまで呼ばれた奴が、なんとも情けないものだ。
「うぅ、気持ち悪い」
「リー、しんじゃう……?」
「だ、大丈夫。ボクは、死なない、よ」
心配そうに見上げてきた少女に、リーパーはなんとか口の端を持ち上げ笑ってみせるが、その顔色は酷く悪い。人間で言うところの二日酔いに近い、といえば伝わるか?
「今なら殺れそうだなぁ、おい」
「この、ゴミ、が……うっ」
体調が悪くとも、口を閉じることはしない様が、この二人らしいといえばらしい。少女が舞手に「いじわるー!」と騒ぐのを諌め、魔法剣士が一行に船を示し、
「じゃ、母なる海へ向けて、出港だ!」
「お前が舵取るわけじゃねぇだろ……」




