元気は失われても、意地は張る話。
そうだ。今回の話は趣向を変えて、化け物、いや失礼、リーパーの視点で語るとしよう。何、いつもと同じでは飽きるだろう? 余興だと思って楽しむといい。
これは、魔法剣士たちと合流する少し前に遡る。
※
らしくないことをした、とは思う。ただ、子供たちの姿が、あの少女に重なってしまい、どうにも放っておけなかった。魔法剣士くんと出会ってから、どうにもらしくないことばかりしている気がするが、それを嫌だと思っていない自分もいるわけで。
「にしても……」
彼らの魔法力を追って来たはいいものの、どうやら彼らは酒場に入ったようで、中からは下衆な笑い声がこれでもかというほど聞こえてくる。いくら食事が必要だからといって、こんな下品な場所に入らなくてもと思い、知らずのうちに顔をしかめてしまった。
それほど立派でもない扉を開けて入れば、酒場のほぼ中央に位置するテーブルに彼らが座っていた。そこまではいい。
「リッちゃん!」
そうボクを呼び駆けてきたのは、彼らの傷を癒やす奇跡の魔法を扱うお姉さん、いや聖女だ。弐の座に就くだけあり、今の脆弱な人間にしてはかなりの魔法力を有している。
そんな彼女の長所であり短所は、この強引さだとボクは思っている。彼女はボクの手をなんの躊躇いもなく握ると、早くと言わんばかりにテーブルへと引っ張った。
「あ、あの、これは……? 食事中だったのなら、ボクは適当に時間を潰すけど」
状況が理解出来ず、しどろもどろになるボクに構うことなく、彼女は両手を合わせ、上目使いをして首を傾げた。
「お願い、皆を助けて? リッちゃんしか頼めないの」
「へ? あの、え?」
そのまま座らせられ、水の入ったコップが運ばれてくる。というか、なんだろうこの料理の量は。確か手持ちはそれほど無かったはずだけど……。
「彼が挑戦者です。よろしくお願いしますね」
何を挑戦させられるというのか。というかボクは了承していないのだが、彼女はボクの意思など聞く気がないのか、両肩に手を優しく置いた。いや前言撤回だ、逃すまいと力を込めている。
恐らくは店主であろう男が、品定めでもするようにボクをじっと眺め、それから何かを言い鼻を鳴らしたが、正直そんなのはどうでもいい。彼女の手の力が、ボクを絶対に逃がしてたまるかと段々強くなっていく。え、何これ痛いんだけど……。
店主が奥へと消えていき、周囲の客たちが一斉に騒ぎ出す。客たちは何かしら口にしていたが、ボクはとりあえず状況を把握しようと、魔法剣士くんに視線を移した。
「魔法剣士くん、これはどういうことだい?」
「んー、いやぁ、僕も悪いなぁとは思ったんだけどねぇ。まいちゃんがどうにかしてくれるって言うからさぁ」
それからプリンを運んできた店員に礼を述べ、魔法剣士くんはプリンをスプーンでひと掬い。蕩けそうな顔をしているのを今すぐ殴ってやろうかと思ったが、一応最年長者らしく踏み留まった。
「そのプリンが無ければもうちょっと説得力があったんだけどね」
ボクの嫌味に構わず、彼はへらりと笑い、それからサクランボを口へと放り込んだ。ボクは彼が示した“まいちゃん”、いや、下衆野郎を睨みつけると、奴はにやりと笑って壁に張られた紙を指差した。
書かれた内容を読み、今から自分がやらされることを概ね理解はしたが、なぜボクがそれをやらなければならないのか。奴がやればいいことではなかったのか。
まぁ、決まったことは仕方がない。ボクは腹を括り、激☆炒飯とやらを大人しく待つことにした。それはそれとして、言いたいことは言うべきだと思い、
「で、戦士くんもいて、なんでこうなったんだい?」
「ふ……。姉上殿の御言葉ならば逆らえまい」
「ボクの言葉にも逆らえないよね、キミ」
「それとこれとは別物であろう?」
と頷かれては、ボクも無駄だと諦めてため息をつくしかない。話題の炒飯はよほどヤバい代物なのか、まだ運ばれてくる気配がない。
「いっそのこと全員消せば……」
つい物騒な言葉が出てしまい、それが聞こえたらしい魔法剣士くんが「リーパー、リーパー」と舌を出してみせた。サクランボのヘタが乗っており、器用にも結ばれている。
「おにぃちゃん、すごい!」
あぁもうそんなのどうでもいいよ! てか、それをボクに見せて何がしたいんだ!
「お前、そんなん練習したって相手はどこにいんだよ」
「いいんですぅ! 僕はお婿さん修行続けるんですぅ!」
「だーりんきっつ……」
ロディアにさえ罵倒されているが、魔法剣士くんはあまり気にしていないようで、
「なんとでも言えばいい。慣れたからね! 悲しいことに!」
と鼻息を荒くした。
「それは慣れたらいけないだろう。ん? どうやら出来たようだ、ね……っ!?」
どうやら出来たようで、客の合間を縫って運ばれてきたそれに、ボクは目を大きく見開いた。彼らもボクを見習い、視線の先を追っていく。
「ぶっ」
「こ、これは中々に、豪快な料理であるな……」
「まぁ、美味しそうだわぁ」
「リー……」
各々が反応を示す先、店員三人掛かりで運ばれきたのは、大人の顔三人分の高さを誇る、巨大な炒飯だった。歓声の中それはテーブルへと運び込まれ、唖然とするボクの手にそっとスプーンが握らされる。
「ちょっ……と、待ってくれないか。これは本当に食べ物なのかい?」
「白髪の兄さん、別に辞退しても構わねぇんだぜ? ま、その時は……」
腕を組んだ店主が、周囲に集まった客をぐるりと見渡す。下衆な笑いを浮かべる男に、ふくよかな淑女、どこの馬の骨かわかったもんじゃない奴らが、このテーブルを。
ひいてはボクの答えを待っているようだ。特に期待のこもっていない目を向けて。
「ま、もやしが無理ってんなら仕方ねぇよなぁ」
「誰が無理と」
「戦士のおっさんはガタイもいいし、働き手としては願ったり叶ったりだしな。ま、オレと姉貴は顔がいいからなぁ。ロディアも人気者だろ? そこのヘタレなんかは、趣味のいいマダムにでも可愛がられるとして……」
奴は矢継ぎ早に話し、そして最後に少女へ憐れむような視線をやった。
「可哀相になぁ。ま、チビは顔もいいし、今から育てれば綺麗な女になるだろうよ。それこそ、こんだけちっさければ、色々仕込みがいもあるだろうしなぁ」
それは含みのある言い方ではあったが、奴の言わんとしていることは理解できた。この下衆野郎はどうなっても構いやしないが、この少女を巻き込むのだけは許さない。
「だからっ、キミのような下衆は嫌いなんだ……!」
「嫌いだろうとなんだろうと構わねぇぜ? お前が頑張ればいい話だしな」
そうだ、元からこの手の奴はこうなのだ。自分の顔がいいとわかった瞬間、それを利用することに躊躇いもしない。更にそれを武器に、周囲を上手いこと操りもする。
やはり最初に会った時点で消しておくべきだったと後悔するが、今はそれをしている場合ではない。睨み合うボクら、いや顔をしかめたままのボクのローブを、少女が泣きそうな顔で弱々しく掴み、
「リー。みんな、いなくなる……?」
と見上げてきた。その表情が、もう遙か昔に置いてきた彼女と一瞬被って見え、ボクはそれを払うように頭を横に振った。
「キミは、ボクが守るって、言っただろう?」
「リー!」
「はいはい、ちょっとフード被ろうねぇ」
魔法剣士くんがすぐさまフードを深く被せてきた。どうやら目が染まっていたらしい、今だけは彼に感謝しよう。
「これが彼の本気スタイルです!」
そんなわけがない。物を食べるのにフードを被る変人がどこに……あぁ、ここにいたか……。
「おおっし! 時間は五分だ! よーい」
店主がテーブルに砂時計を置き――
「スタートだ!」
掛け声と共に、その引くことの出来ない戦いはひっくり返された。
「リーパー、頑張れー」
魔法剣士がくんあまりヤル気の感じられない声援を飛ばす。その手には、いつの間にやら注文したのか、店自慢の搾りたてミックスジュースが握られている。なんで更に追加注文をするんだ……。
「あらあら、美味しそうねぇ。お姉ちゃんもローストビーフ追加で」
キミもか! キミもなのか! 言いたいことは山程あるが、言ってる暇があるなら炒飯を食べようと、ボクはスプーンを口へと運ぶ。
「ほお、兄さん。なかなか出来るじゃねぇか」
当たり前だ、ボクをなんだと思ってるんだ。仮にも白き妖精王と呼ばれた存在だぞ。これぐらいの痛みなど……ん? 痛み?
「ふぐっ」
痛い! え、痛い? このボクが!?
「がっはっはっ。同じ味だと飽きるだろ? そこは地獄の門と言ってな、獄辛の味つけにしてあるのだ」
「獄辛……」
そこで全てを理解した。この店主はハナから完食させる気などないのだと。
「うっ、がはっ、いっ……!」
「え、痛い? なんで? てかリーパーが痛がるって結構ヤバい?」
予想以上に痛い。昔、彼女から“痛みの限界を知りたいんですよねぇ”と言われ、雷の魔法を撃たれ続けた時の痛みに似ている。あの時は流石に死を覚悟したが、時が経ち、死を恐れなくなって尚も死を覚悟する日が来るとは。
しかし店主。誰を敵に回したのかよく考えると……臭っ。え? え? 臭い? なんで?
「リーパー……! あ、これ追加で」
痛みやら臭さで顔をしかめながらも、スプーンを運び続けるボクを見て、魔法剣士くんが涙を拭う。それでも料理を追加する姿を見て、後でぶっ飛ばしてやろうと心に誓った。
「リー! いや! もういい!」
「げほっ……、言った、だろう? 絶対に、守るよって」
少女がボクを止めようとローブを引っ張る。だけど、ボクは引くわけにはいかない。魔法剣士くんたちを視界の端で見てみれば、ボクらのことなんてもう気にも留めていないのか、膨れた腹を撫で、これからの旅路について話している。
「やっぱりさぁ、歌姫、だっけ? あいつ探したほうがいいと思うんだよね。まいちゃんも会いたいでしょ?」
「ま、そうだな……。恋しちまったのかもしれねぇ」
「ははは、嫌な恋だね」
ローストビーフを食べ終わり、やっと「ごちそうさまでした」と両手を合わせた彼女が、頬に人差し指をやり、首をちょこんと傾げる。
「でもどこにいるのかしら。街で四天王の話を聞いたほうがよかったかも……」
「うむ。それなのだが、このまま“赤の国”へ行くのはどうだろうか」
「まぁ、戻るに戻れないし。魔法船がどうなったのかもわかんないしね」
彼らの言う“魔法船”なら、既に自動帰還機能によってあの学者先生の元に戻っただろう。まぁ、あれを動かすのに、多大な魔法力とそれなりの時間を要したわけだが。
店主の「あと一分だ」と笑う耳障りな声が聞こえる。皿にはまだ半分の炒飯が残っているが、如何せん、痛みとよくわからない臭さでスプーンが進まないのだ。
「がっはっは。頑張ったほうだが、こりゃ駄目だな。おい、まずこの子供が欲しい奴……」
「深き孤空。忍び寄る混沌。我が声に応え、腕に宿れ。時空領域」
「あん? 兄さん、何ボソボソ言ってんだ?」
店主の言うことを無視し、ボクは躊躇いもなく自身の口へ右手を突っ込んだ。気持ち悪さから吐こうとしていると勘違いし、店主を含め観衆たちが笑い出す。
けれどボクの狙いはそれじゃない。ボクは口内に小規模の時空領域を創り出すと、なんの躊躇もせずに残りの炒飯へ顔を突っ込んだ。
そのまま炒飯は、恐るべき早さで口の中へと消えていく。店主が口をあんぐりと開け見ている中、下衆いあいつが「やりやがった」と大笑いし、戦士くんが「リーパー殿、くっ」と目を拭う。
「おー、リーパーすごいすごい」
魔法剣士くんが乾いた拍手を送る頃には、半分もあった炒飯はその姿を消していた。
「マジで食っちまいやがった……」
正確に言うなら“食べた”わけではないんだけど、まぁ一般人が孤空の魔法を知っているわけでもなし。店主から見れば、それこそ信じられない早さで炒飯が消えた、ただそれだけのことだ。
力尽きたように、ボクはそのままテーブルへ突っ伏してしまった。所謂、胸焼けが酷くて気持ち悪いったらありゃしない。
そんなボクを戦士くんが背負い、続いて彼女が少女と手を繋ぎ、店を出ようとしたところで。
「待ちな、あんたら」
店主に呼び止められ、魔法剣士くんが「何?」と振り返った。
「ふっ。いい食べっぷりだったぜ。また来な」
「その時も挑戦していいの? これ」
「構いやしねぇが、出来るなら金持ってこい」
魔法剣士くんはにやりと笑い、
「じゃ、また来るよ。その時も美味しいご飯、食べさせてね」
と手を上げ、ボクらの後を追いかけてくる。最後に奴も続こうとしたところで、
「姉ちゃん、姉ちゃんも来いよ。その時はあの兄ちゃんといい仲になってるといいな」
「おじさん、よく見てよ! こんなに可愛い子が、女の子なわけないじゃな――ぐふっ」
と意味不明なことを言い出した魔法剣士くんの頭を思いきり叩いた。
次来た時は、流石にボク以外に頼んでほしいと考え――
あぁ、ボクは彼らといたいのだと、改めて思い知らされたのだ。




