表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/75

束ねた花々を君たちへ、な話。

 洞窟を抜けた先、そこは地下街の外れにある、廃坑道へ繋がっていた。当たり前だが日光などなく、見上げても茶色の“空”が見えるだけだ。


「これじゃ、今が昼なのか夜なのかわからなくない?」


 遠目に見える街の明かりに目をやりながら、魔法剣士が首を傾げた。廃坑道から出てきた戦士が、松明の火を始末し、残った松明を土へ埋めてから魔法剣士の隣へ並ぶ。


「恐らくは昼であろう」

「おっさん、その根拠は?」


 続けて出てきた舞手も並んだ。


「うむ、街に明かりがついておるだろう? 恐らく、あれが日光の代わりなのだろう。夜になれば消えると思われる」


 街の明かりをひとつひとつ指差すように説明してやれば、魔法剣士と舞手は揃って「へぇ」と声を上げた。被った声に魔法剣士は笑い、舞手は気に食わないとばかりに顔をしかめたがな。


「なら“日が消える”前に、宿を探したほうがいい。どうもあの街は、闇に生きる人間のほうが遥かに多いからね」


 街の明かりを忌々しげに眺め、それから少女を抱え直したリーパーが首を振った。聖女もまた頷いてみせ、


「とりあえず、街に行ってみない? お姉ちゃん、お腹空いちゃったわぁ」

「キミのお腹が膨れることってあるのかい……? あ、いやなんでもない」

「そう? ならいいのよ」


と手にした棍棒をチラつかせてみせた。最初と比べれば、随分丸くなったものだと魔法剣士は思いつつ「それじゃ」と仲間に笑顔を見せる。


「行こうか、地下街へ」




 この地下街。東西に長く広がっており、中心辺りに富豪層が、そして端には貧困層が集まっている。貧困層の暮らしは悲惨なもので、その日食うものすらありつけない有様だ。

 働く場所だと? あるにはある。よく言うだろ、綺麗に男女差など関係ないと。つまりは、そういうことだ。


 廃坑道は、そんな街の、西の貧困層近くにあった。街へ一歩踏み入れれば、そこは着るものも困っているような子供たちが、何人かで身を寄せ合って固まっている。


「ね、ねぇ、あの子たち……」


 魔法剣士が、隣を歩く戦士に、少し背伸びをして耳打ちをする。が、戦士は魔法剣士を見ることなく首を振り、そのまま歩き続ける。


「魔法剣士殿、気持ちはわからんでもない。だがあの子供らを助けたとして、それでは何も変わらんのだ」

「……」


 魔法剣士は黙り込むが、それで大人しく言うことを聞く奴だったならば、この旅はもう少し平穏に進んだと思うんだがな。


「やっぱりほっとけないよ!」

「おいヘタレ!」


 案の定子供たちへ近寄ると、魔法剣士は腰に下げた袋から銀貨を何枚か取り出し、それを子供たちへ握らせてやった。


「はいこれ。少ないし、これじゃ生活出来ないかもだけど、今日くらい良いもの食べてね」

「……」


 渡された銀貨と、魔法剣士の笑顔を何回か交互に見、子供たちは表情を明るくさせた。


「ありがとう」


 そう魔法剣士に笑い、裏通りへと駆けていく。それに手を振る魔法剣士とは反対に、舞手が頭を押さえ深くため息をついた。


「お前さ、一時いっときの同情だけで優しくしても何もなんねぇんだぞ」

「わかってるよ。わかってる。でも、心ではそれが正解って認めたくなかったから。ごめんね、皆」


 魔法剣士に頭を下げられ、舞手はそれ以上言うことが出来ず。せめてもの罰のつもりか、下げた頭を思いきり叩いてやることにした。


「まいたん、ひどいでち。だーりんがもっとおばかになっちゃうでち」

「うん、ロディアも最近酷いこと言うようになったけど気づいてる?」

「さいきんじゃないでち。まえからでち」

「そっかぁ、前からかぁ」


 懐に入れたままのロディアにもわかるように、魔法剣士は大袈裟過ぎるほど肩を落としてみせた。まぁ、見た目ほど気にしているわけではないのだが。

 そんな朗らかな空気で歩く魔法剣士。それを少し後ろから眺めていたリーパーは、傍らを歩く聖女に目配せをする。聖女は「お任せください」と答え、リーパーから少女を受け取った。そのまま音も無く消えたリーパーを探すように、少女が「リー?」と辺りを見回す。


「ん? あれ、リーパーは?」

「リッちゃんなら、この街の空気が臭いって言って上に行っちゃった。新鮮な空気を吸ったら戻るって言ってたわ」

「えー、さっき来たばっかじゃん。潔癖なのかなぁ」


 魔法剣士は唇を尖らせ何かを言い続けるが、聖女はそれに優しく微笑むだけだ。そんな様子の魔法剣士を、戦士が力強く叩いた。魔法剣士が「げほっ」と咳込むが、戦士は気にも止めずに、


「戻ると言っているのだ。俺たちは宿を取ろうではないか」

「わかるかなぁ。リーパー方向音痴じゃないかなぁ」

「その点は大丈夫だろう。貴公の魔法力を感知して追ってくるに違いない」


と街の中心目指して歩き出した。まだ咳は出るが、置いていかれるわけにもいかないと、魔法剣士は慌てて追いかけていく。


「さ、まいちゃん。お姉ちゃんたちも行きましょ? お腹すいちゃったわ。あ、ハニートーストあるかしら」

「いや、あるわけねぇだろ……」


 うんざり顔の舞手が姉から少女を受け取り、軽々と背中へ担ぐ。それに少女は目を輝かせ、早く魔法剣士を追いかけろと言わんばかりに足をパタパタと動かした。


「動くな馬鹿チビ!」

「きらい!」

「っだー! おいヘタレ! チビの面倒見ろ! おい!」


 乗り物よろしく駆けていく背中を見送り、聖女はリーパーが消えていった闇を振り返る。

 聖女には感じとれていた。冷たい魔法力が、微かな怒りと共に、闇の奥で揺れていたことを。





 数人の盗人たちが、地面へと転がっている。その何人かは既に意識がなく、いやただの抜け殻と成り果てている状態だ。まだ生きている一人が、腰を抜かした格好で、音もなく地面へ降り立ったソレに、怯えた瞳を向ける。


「ひっ、ひいっ……」


 やっとのことで口から出た言葉は悲鳴にもならず、歯の隙間から息となって出ていった。

 冒険者、と言っていいのか、それともただの旅人か。どちらにしろ、施しを貰った子供たちを見つけ、跡をつけてきたまではいい。その子供たちから銀貨をくすね、後始末として魔物の餌にでもすればいい。

 そう思っていたはず、なのに、だ。


「何か言い訳があるなら聞こうか。どうやらボクは怖いらしいから、ちょっと優しくしてみようかと思ってね」


 黒いローブを頭から被ったソレは、そう微かに笑うと、鎌の先端を男の首に冷たく押し当てた。微かに見える赤目は、魔族特有のそれだ。


「はっ、はあっ……。お、おで、はっ」

「ん? なんだい? 一番話が出来そうなキミをわざわざ残してあげたんだ。つまらない言い訳を口にするようなら……」

「と、盗られるほうが、わ、悪いんだっ」


 なんとかそれだけ口に出来た。ソレは「ふうん」と鼻を鳴らし、もう興味がないとばかりにその鎌を払った。飛んだ首を器用に右手へ乗せると、


「そうだね。全く間違っていない。だからキミも、キミが悪いんだよ。そう、盗られるほうが悪いんだ」

「ぁ……ひぃ……」


 男は最期の言葉すら満足に言えず、その姿を跡形もなく消していく。手に残った血を舐め、ソレは「不味まず……」と眉をひそめる。

 次に転がったままの盗人たちに目をやり、うんざりしたようにため息をついた。


「醜い奴らは総じて不味いものだ。さて」


 それから指を鳴らすと、倒れていた盗人を呑み込むように闇が現れ、跡形もなくそれらを消していった。血の一滴すらも残さずに、な。

 そしてその赤い目で辺りを見回し、そして気づく。物陰から見ているのは、先程の子供たちではないか。


「……」


 しまったと思う。子供たちが襲われる前に盗人を処理したはいいが、まさか全部見られていたとは。


「……」


 しばし見つめ合い、先に口を開いたのは子供のほうだ。


「あの」

「ん?」


 怖いと泣かれたらどうしよう。ソレの頭の中はそれでいっぱいだった。


「ありがとう、さっきのお兄ちゃん」

「ぁ……、あぁ、うん」


 予想外の答えに一瞬固まり、それから、


「え? あ、あぁ、ありがとうって言ってくれたのか……。そ、そうか、いや、えぇと、キミたちが、無事なら、い、いいんだ。あ、ありがとうって、言って、くれて、こちらこそ、ありがとう……」


としどろもどろな答えを返した。子供たちはその様子に多少、いやかなり引いていたのだが、当の本人はそれに気づかず、


(これって怖がられてない……? そうか、こうすればいいのか)


となんとも見当違いなことを考えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ