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約法三章は無視する話。

 天然の要塞とも言うべきそれは、地上の入口からは想像出来ないほどに広い。それもそのはず、地上と地下を結ぶこの洞窟、逆を言えばそれだけの距離があるということだ。


「んー、道がたくさんあるー……」


 目の前に現れた五つの穴。そのどれかが地下街へ続く道ではあるのだが、もちろん魔法剣士にそれがわかるはずもない。更に言うなれば、どこから入ってきたのかすら既にわからなくなりつつある。


「こんなんわかんないよー。やっぱ帰ろうかなぁ」

「はっはっはっ。まだ弱音を吐くには早くはないか? どれ、任せてみろ」


 戦士が松明で穴をひとつひとつ照らしながら、壁や地面、更には天井まで注意深く観察する。奥から吹き込む風に、魔法剣士がくしゃみを盛大にした時だ。


「うむ、待たせたな。この道だ」


 なんの変哲もない、他の穴と変わりない道を示した。魔法剣士のみならず、舞手も首を傾げ、示された道の壁を指でなぞる。


「おっさん、何もねぇぜ?」

「そんなことはない。ここを見てみろ」


 戦士が松明を少し高く掲げると、そこに小さく書かれた文字が浮かび上がってきた。


「“地下街”? これは明かりに反応してんのか?」

「あぁ。地下から地上に出たとて、帰り道がわからなければ困ると思ってな。ならば、見えない目印を付けておくのは道理というものだろう」

「明かりのねぇ子供たちは帰れず……。いや、帰っても餌にされんなら、帰らねぇほうがいっそマシだな」


 雪妖精スネグーラが子供を運良く見つけるとも限らない。どちらにしろ、あまりいい話ではないことに、舞手が舌打ちをした。


「では早く向かうとしよう。古老殿から聞いた話では、雪女スノウレディが現れ吹雪始めた後から、地上へ来る子供の数は減ってしまったようでな」

「それだけ街で犠牲になってる子がいるかもってこと?」

「否定は出来ん。だからこそ、早く向かわねばならん」


 魔法剣士は戦士に頷いてみせ、そして暗き闇へと足を押し進めていった――





 あぁ、そうだ。“緑の国”のことを覚えているか? “妖精王フィーニが元人間だったというのは、こいつらがそれを知った時にでも話してやろう”と言ったな。


 丁度いい機会だ。魔法剣士たちが探索と洒落込む間、少し昔話に付き合え。何、寝てても構わん。次の話になったら耳を傾ければいい。


 今から約七百年ほど前のことだ。

 当時、“虹の国”と呼ばれた小さな大陸の小さな国があった。その国は魔法力を駆使した技術で、他の追随を許さぬ国力を有していた。


 そこでは錬金術師アルフィリストと呼ばれる、魔法力に長け、その力を技術として扱っていた者たちがいた。奴らは各々、得手不得手こそあったものの、まぁそれなりに協力をして国を守っていたわけだ。


 ある日。

 一人の錬金術師が不思議な石を作り上げた。その石には魔法力を込めることが出来、それを使えば魔法力のない人間でも、簡易的に、擬似的に、魔法を扱うことが出来た。

 そう、後に“魔法石”と呼ばれる石の誕生だ。


 魔法石の誕生は、元々発達していた技術を更に引き上げていった。魔法石だけで動く人形、魔法石を取り付けるだけで作られる火や水、そして争いの道具としても、その石は大変重宝したものだ。

 作った者の意思とは無関係に、な。


 しかしある時、不運がこの国を襲った。魔法石という便利なもの、なんのリスクもなしにおいそれと扱えるわけがない。

 最初の異変は、一人の女が病に伏せたことから始まった。その病は瞬く間に国全土へ拡がっていき、魔法力の少ない者から順に死んでいった。干からびた人間のようになってな。


 この女を救いたかったの錬金術師は、病を治すすべを探したが、そんなものどこにもなかった。

 そうして手詰まりかと絶望しかけた時だ。の錬金術師、いやその男は、かねてから国王に命じられていた研究のことを思い出す。それは、人の持つ治癒速度を格段に引き上げ、寿命という概念を無くし、人の身を捨て去るというものだ。

 命じられた時は、そんな研究と一蹴していたが、もはやそれが役に立つ時が来るとは。


 しかしそれは未完成であり、資料そのものが足りない研究を成功に導く為、男は自身の身体に実験を施していく――。

 そうして男の身体はボロボロに、いや人間ではない“ナニカ”へと変貌していった。それでも男が研究をやめることはなかった。男はひたすらに、ひたむきに、ただ一人の女の為だけに、その研究を続けたのだ。


 そして、その研究の終わりが見えた頃。

 人で無くなった男は、食事や睡眠といったものを必要としない身体へと変わっていた。それでもやっとのことで完成した、たった一本の薬を持って外へ出てみれば。


 人と、そうではない“ナニカ”の争いが起こっていたのだ。

 悲しいかな。男の研究は、男を妬んでいた他の錬金術師たちによって模倣され、悪用され、ただただ力を求めるだけの遊びに使われていたのだ。


 男は失意に呑まれながらも、女に薬を飲ませ、そして残った人と共に女をどこか遠くの地へと飛ばした。不慣れな転移魔法を使ってな。

 そうして孤独な男の、終わりの見えない地獄への旅路が始まったのだ。


 ん? その後女はどうしたのか、だと?

 それはだな……、どうやら魔法剣士たちがそろそろ出る時間のようだ。この続きは、近いうちに奴自身が語ることになるかもしれんな。





「ねぇ、出口まだー?」


 うんざりした魔法剣士の声が、壁に反響しては消えていく。遥かに幼い少女のほうが、まだ我慢強く歩き続けているかもしれんな。


「おにぃちゃん、つかれた?」


 リーパーと繋いでいた手を離し、少女が魔法剣士の前に小走りで回り込んだ。そして両手を精一杯に伸ばし、ふわりと笑うと、


「だっこ、したげる!」


と頼りがいのある台詞を口にした。魔法剣士は「うっ」と口に手をやり、多少目を潤ませつつ、


「かわいい……! やだこの天使ほんとにかわいいんだけど!」


と屈み、少女を抱きしめた。もちろん少女はそれをしてほしいわけではないので、魔法剣士を力の限り押し返そうとする。


「だっこ! ぎゅーじゃない!」

「僕はぎゅーしたい!」

「ちーがーうー!」


 なんとも微笑ましいものだが、里での一件以来、過保護になった奴がいたことを魔法剣士は忘れていた。


「……ん?」


 魔法剣士は、頭に何か硬いものが置かれているような気がし、ゆっくりと首を後ろへ向ける。

 うっすらと微笑み、冷たい赤目を魔法剣士に向けているのはリーパーだ。あの鎌が握られ、その刃の部分が頭をリズム良く軽く叩いている。


「リーパー、あはは、え? なんで?」

「いや、手を出そうとしたら首を刎ねてやるつもりなんだけど」

「うんうん、なるほど。でもリーパー、普通の人間は首を刎ねたら死んじゃうんだな、これが」


 そう笑ってみせるが、リーパーは鎌をどかすつもりはないらしい。すると、魔法剣士の影からリーパーを見上げる少女が、


「リーがこわい。きらい!」


と自ら魔法剣士にしがみつき、顔を隠してしまった。魔法剣士は「よしよし」とこれみよがしに頭を撫でる。


「ねー、リーパー怖いねー。ほら、もっと言ってやって!」

「こわいのやだ! やさしくするの!」


 少女の一言一句に傷ついているのか、リーパーの手から力が抜け、鎌が乾いた音を立てて転がった。その表情かおは、最初に会った時には考えられないほどに間抜けで、奴を慕っている妖精たちには到底見せられるものではない。


「え? え? きら……、え?」


 明らかに動揺を隠せておらず、後ろで笑いを堪えている舞手の姿にも気づかない。


「そ、そうか、怖かったかい? それは、申し訳ない……あぁいや、違うな、ええっと……」


 リーパーは視線を右に左にと移動させ、それから白に戻った目で少女の機嫌を伺うようにそっと見る。


「その、ごめん、ね……?」

「……」


 ムスっと口を尖らせたままで、少女はリーパーをちらり見た。


「えっと、許して、くれない、かな?」

「……」

「き、嫌いのままは、ボクも、その、嫌だから……。せめて、ふ、普通くらい、で」

「まえ」


 魔法剣士の影から出、少女はリーパーの前へと駆けていく。リーパーのローブを引っ張る様は、まるで屈めと言わんばかりだ。

 引っ張られるままに屈んだリーパーは、少女の瞳に涙が溜まっていることに気づく。再び赤く染まりだす目に、この時ほど、自分に嫌気が差したことはない。


「あ、目のことは、気にしないで。ご、ごめんね、これは反射で」

「まえ、きらいっていった」

「前……? あ。いや、あれは、子供って意味で、キミのことじゃ、なく、て……」

「きらいっていった!」


 ほろほろと流れる涙を、リーパーは止めるすべを知らない。魔法剣士はにやにやとリーパーを眺めていたが、少女を泣かせておくのも本懐ではないし、何より、人間味を取り戻そうとしているリーパーを放ってはおけず。


「リーパー、リーパー」

「え? な、なんだい?」

「簡単だよ。ぎゅーってして、大好きって伝えてあげればいいんだよ」

「え!? いや、でも」


 躊躇うのもわかる。何しろ、奴の体温は人間のそれとは違うのだ。少女にこれ以上拒否されるのが、リーパーはただただ怖かった。


「大丈夫だよ。じゃ、この子に嫌がられたら、代わりに僕が君をぎゅーってしてあげよう」

「それは遠慮しておくよ」

「ま、絶対ないから。ほら」


 リーパーは少女に視線をやる。鼻をすすってはいるが、涙は少し引いていた。手を伸ばし、少女の肩に触れ、そっと抱き寄せる。その暖かさに、忘れていた想いが溢れそうになるが、今はそれが何かははっきりと認識出来ない。

 だから奴は、小さく、絞り出すように、


「ごめんね。ボクは、キミが、大好きだよ」

「ううん、いいの。だいすき!」

「うん。人って、こんなにあったかかったんだね……」


と、その腕の力を微かに強くした。今度こそ、守りたかったものを、守るように。


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