うごめく思惑とウサギの耳の話。
さて。魔法剣士たちが地下街へ向かっている間に、この“青の国”について話しておこう。
この国の地上は、年中雪が降り続ける極寒の地だ。いつからそんな気候になったのか、今では知る者のほうが数少ない。ではどうやってそんな国に住むのか。
当時の人間たちは、地下に広い空間を造り、そこに家々を建てていった。不思議と崩れることのないその空間は、次第に人間たちが集まっていき、気がつけば、貧富の差が激しい今の形へと変わっていたのだ。
実は雪妖精の隠れ里と、この地下街、それほど離れてはいない。降り続ける雪に加えこの寒さだ。地上を探索するような人間がいたならば、この国は今より多少なりともマシになっていただろう。
“地下街”と書かれた立て札が見え、魔法剣士は少し早足になる。
「みんなー! 見えてきたよー!」
そう手を振れば、後ろを歩く戦士に続いて、舞手と聖女が早足で歩いてきた。リーパーに手を引かれた少女が、空いた手を振り返す。それに魔法剣士は微笑んでから、立て札の先にある真っ暗な洞窟を覗き込んだ。
「まっくらでち……」
「ねー。こんなとこ誰が通るんだろ」
追いついてきた戦士が「ふむ」と同じように洞窟を見やる。
「誰も通らんのだ。だから明かりなど必要としないし、必要とすらしない。必要があれば、街から自身で松明なりなんなり、持参すれば良いのだからな」
「こっちから来る人のこと、何も考えてないんだなぁ」
そう魔法剣士は笑ってみせたが、奴にもなんとなく察しはついている。以前、戦士から聞いた話の通りならば、地上側から戻る者など誰もいないのだし、戻ったところで居場所があるはずもない。
「ま、それはそれとして、だ。オレらは行かなきゃなんねぇんだろ? だったら暗かろうが明るかろうが、進んでやろうぜ」
「義弟の言う通りだ。リーパー殿、すまないのだが、松明に火をつけてはくれまいか」
戦士が肩から下げた袋から、松明を一本取り出した。リーパーは少し考えるように首をひねると、
「魔法剣士くん、キミがつけるんだ」
と当たり前のように言い放った。急に指名された当の本人は「は!?」だの「僕が!?」だのと騒いでいる。
「いやいや、僕じゃあれ全部燃えちゃうって」
「だからボクがいるんだろう。うだうだ言ってもキミにはわからないだろうから、少し強引にやらせてもらうよ」
リーパーは少女の手を聖女に握らせると、逃げ腰の魔法剣士の後ろへ回り込み、両手で目隠しをした。
「何も見えないんですが」
「当たり前だろう。隠しているんだから」
「あ、はい」
これ以上無駄口を叩くなと言わんばかりに、リーパーは不機嫌さを増していく。魔法剣士もこれ以上は刃向かうまいと、黙って隠されたままにしていると。
「あれ……? あの光は?」
隠されたその視界の向こう。瞼を閉じた先でもはっきりと見える光は、ほんのりと赤く漂っている。
「それはどんな光だい?」
「赤い、光だ……」
「なるほど。どうやらキミは“火”の魔法力に特化しているらしい。いいかい? それはキミ自身だ」
リーパーの言葉に耳を傾けつつも、その光を視つめていると、次第にこちらへと漂ってきていることがわかった。
「こっちに来るよ」
「なら、それに手を伸ばすんだ。指の先で、優しく、軽く、触れるように」
言われた通りに光に触れる。
「うわぁ!」
途端、全身を炎が走ったように熱くなり、魔法剣士は手を引っ込めそうになる。しかしリーパーがその腕を掴み、無理矢理にでも留まらせた。
視界の右側は真っ白な世界と見慣れた仲間たち、左側は自身の身体を焼こうとするあの赤い光が。
「あああ!」
自身の足元から炎が湧き出し、それはみるみるうちに雪を溶かしていく。それを見ても、仲間たちの反応を見ても、どうやらこれは現実らしい。
「怖がらくていい。それはキミ自身だ」
落ち着いた声が聞こえるが、鼻をつく焦げ臭さは、明らかにリーパーを焼いているものだ。自分が出した炎で。
「リーパー! もういいから! こんな危ないこと、もういいよ!」
「キミは、自身の力を恐れているんだね。誰かを傷つけるかもしれないこの力を、自分自身を」
「……」
「安心するといい。キミがそれを望まない限り、この力は誰かを傷つけることはないよ。もし、もしだけど……、力が暴走した時は、ここにいる仲間たちが、キミを止めてくれるさ」
リーパーの言葉に、仲間たちが頷くのが見えた。まぁ、舞手は変わらず腕を組んだまま、舌打ちをしただけだが。
だから魔法剣士は息を深く吸い、そして吐き出し、再び吸うと、開いていた目を再び閉じた。自身を取り巻く赤い光が、自分自身だというのなら。
「頼むから、傷つけないでくれよ……」
優しく光に触れる。今度は、暖かいものが身体の中に満ち溢れていくのを感じ、魔法剣士は安堵し、息をゆっくりと吐ききった。
「魔法剣士くん、その指先に小さな火を灯すイメージをするんだ」
「イメージ……」
言われるままに、指先に灯る火を考える。全身を巡っていた暖かさが、そこに集まっていくのを感じ、魔法剣士は無意識に、
「火炎――」
と火の低級魔法を口にしていた。
伸ばした指先に小さな火が灯る。聖女から「出来たわねぇ!」と拍手が送られ、そこで初めて魔法剣士は目を開けた。
「わぁ……、火が、ついてる……」
それは小さな火ではあるが、確かに魔法剣士が灯したものだった。それを戦士の持つ松明へと移してやる。
「やれば出来るじゃないか」
いつの間にやら手をどけていたリーパーが、多少疲れが滲みながらも目を細める。
「ねぇリーパー、あの光は何?」
「ボクが詞なしで魔法を使っているのはもう知っているね」
「うん。学者先生から、僕も同じだって言われたよ」
“黄の国”での地獄のような時間を思い出し、魔法剣士はため息を吐きつつ苦笑いを浮かべた。リーパーはそんな魔法剣士に、可笑しいとばかりに薄く微笑んでみせ、
「普通、あの光は視ることは出来ない。さっき視えたのは、ボクがキミに少しばかり干渉させてもらったからだ」
と自身の手のひらに、氷の粒をいくつか出現させた。魔法剣士はその氷を恨めしそうに眺め、頭をガリガリと掻いてみせる。
「それじゃ、やっぱり使えなくない?」
リーパーは氷をパラパラと地面へ落とし、手を軽くはたいた。
「キミはもう気づけただろう? なら後はそれに直接触れ、語りかければいい」
「なんか難しそう……」
「キミはあまり考えなくてもいいよ。ただ、指先にそのイメージを持って、触れるだけ。ほら、簡単だろう?」
「そ、ソウデスネ」
何を以って簡単としているのか疑問だが、これ以上ややこしいことを言われたくはない。もちろんリーパーはリーパーなりに、奴にわかりやすく、かなり簡潔に説明をしているのだが、その気遣いはあまり意味がなかったようだ。
「自信を持ちなよ。自分から逃げず、向き合い、触れたことに」
「う、うん……。ありがと」
魔法剣士は「ははは……」と口の端を引くつかせてから、改めて洞窟へと視線をやった。
松明によって明るくなった中には、天井からぶら下がるいくつもの氷柱が見える。あれが落ちてくることを考えただけで、背筋に冷たいものが走った。しかしそうも言ってはいられず、魔法剣士は「よし」と仲間と改めて向き合い、
「行こう!」
と勇敢にも先頭を歩き出し――
「ぷきゃっ!」
「だーりん! だいじょうぶでち!?」
盛大に足を滑らせ、その辺の石に頭をぶつけた。
「いやぁ、僕って本当にツイてるなぁ」
「馬鹿やってねぇで早く立て。置いてくぞ」
転んだままの魔法剣士に、舞手が手を貸してやる。それをしっかりと握り返してから、魔法剣士は「べ、別に頼んでなんかないんだからね……!」と空いた手で鼻の頭を掻いた。
もちろん間髪入れずに飛んできた舞手の足技によって、魔法剣士は頭から洞窟の壁に埋もれることになったのだが。




