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会いたい、会えない、会わない、な話。



 それは、魔法剣士の知る場所ではなかった。

 吹雪く大地、いくつかの家々が集まった集落、そしてその中央にそびえ立つ建物。

 そのどれも、つい最近、いや言ってしまえば今いる地がそうであるのだが。

 しかし魔法剣士はその場所を知らない。

 そしてどうやら自分は自分ではなく、誰かの視線でこの地を見、踏みしめ、寒さを感じているのだと気づく。自分が誰なのかと気になったが、それを確かめるすべを持ち合わせていない。


「あらー。なんとも懐かしいお顔ですねぇ」


 そう自分が言った。柔らかく高い声からして、どうやら自分は女性らしい。風に遊ばれた黒髪が視界の端に見え、それは魔法剣士に少女を連想させた。

 自分――いや女が見据える先に、覚えのある金の長髪が。魔法剣士は怒りを感じるが、むしろ女は冷静で、長髪の男、吸血鬼ヴァンパイアに対し優しく微笑んでみせた。


「……!」


 吸血鬼が何か言っているようだが、魔法剣士にはよく聞き取れない。しかし女は違うのか、余裕だと言わんばかりに小首を傾げてみせ、


「あー、なるほど。あの人に勝てないんですねぇ。だから人間の私なら勝てると踏んで、食べに来たと。ふふふ、甘く見られてすこーし悲しいです」

「……!」

「あ、そうそう。丁度魔法石が欲しいって思ってたんですよぉ。ほら、ここ寒いし、貴方みたいな人に見つかるのも厄介ですし。だから」


 女が宙に人差し指で円を描いた。そこに現れたのは、リーパーが鎌を取り出す時と同じような黒い球体だ。

 そこへ躊躇いなく手を差し込み、女が取り出したのは、持ち手が黄色く、先端が赤いハンマーのようなものだった。女が赤い部分で手の平を打つたび、ピコピコと情けない音が響く。


「えー? 舐めてませんよぉ。だって、生け捕りにしないと魔法石壊れちゃうじゃないですかぁ」


 明らかに舐めている気がするが、この女は至って真剣だ。怒り狂う吸血鬼が距離を詰め――





「いや絶対に無理でしょうが!」

「ゎ……!」

「痛い!」


 そう言い、魔法剣士は勢いよく起き上がった。自分の身体に跨っていた少女と思いきり頭をぶつけ、お互いにベッドへと再び沈む。


「ぁ……、あぁ、いてて。ごめんね、大丈夫?」


 魔法剣士は少女を心配するように覗き込んだ。まだ頭を押さえたままだが、少女はふにゃりと笑い、また魔法剣士の身体へと跨る。そしてまだ眠気眼ねむけまなこの魔法剣士の頬に両手で触れ、


「おにぃちゃん、おはよぉ」


とはっきり口にしたのだ。


「……。……? ……ぇ」

「おにぃちゃん?」

「ふぁぁぁあああああ!?」


 一瞬思考が停止していたようだが、魔法剣士はすぐに現実へ戻ってくると、少女の柔らかな頬を両手で包んだ。


「喋れるようになったんだね!? もっかい! もっかい“お兄ちゃん”って言って!」

「おにぃちゃ」

「いい加減に起きてこいヘタレ野郎!」


 少女が言い切る前に、舞手の“風雅”によって扉は破壊され、鬼のような形相の舞手が姿を現した。切り刻まれた木片が無惨に床へ散らばっていくのを見、魔法剣士は「あー」と苦笑いで頬を掻き、


「おはよ?」


とウインクをしてみせた。しかし舞手も慣れたものだ。

 大股でベッドへ近づき、少女を軽々と持ち上げ降ろしてやってから、魔法剣士の胸ぐらを掴んだ。


「おはようじゃねぇだろ! なんで言い出しっぺのお前が一番おせぇんだよ!」

「だが待ってほしい。確かに言い出しっぺは僕だけど時間までは決めてない」

「屁理屈言ってんじゃねぇ! ついに脳みそ縮んだんじゃねぇのか!?」

「やぁねぇ、これだから余裕のない人は……。格好いいってなんなんだろうねぇ?」

「自覚があるならオレを怒らせるな!」


 いつも止める役目の戦士は、残念だがここにいない。旅支度でもしているのだろうか。


「けんか、だめ!」


 ん? いや、いたな。一番幼いながらも、この二人より、しっかりしているかもしれん。

 少女にそう言われてしまえば、魔法剣士も、そして舞手もそれ以上続けることなど出来ず。


「ったく。早く支度しろよ」


と舞手は舌打ちと共に出ていくしかなかった。




「お待たせ!」


 旅支度をし、屋敷の外へ出てみれば、舞手とリーパーの視線が魔法剣士へと注がれた。抱いていた少女を降ろし、魔法剣士は「ごめん!」と両手を合わせて頭を下げた。

 戦士と聖女の姿が見えないが、まだ戻っていないようだ。まぁ、元は、魔法剣士があまりにも遅い為、備蓄を整えてくると場を離れているだけなのだが。

 隅で立ったまま本を広げていたリーパーが、パタンと本を閉じ、いつものように戻してから魔法剣士に視線をやった。その頭には、まだ眠るロディアが乗っている。


「それほど待っていないから、気にしなくて構わないよ」


 その言葉に、舞手があからさまに顔をしかめ、指を三本立ててみせる。


「待っただろ。三十分。待ったよな?」

「人間ってせっかちだね。たかだかそれくらいで」

「元人間が何言ってんだ」

「あぁ、これは申し訳ない。人間にすらなりきれていない、下等な虫ケラにもわかるように言ったほうが良かったかな」


 正に水と油というやつか。どうにもこの二人は馬が合わないようだな。言い合っているわけではないが、険悪な空気に割って入るように魔法剣士が、


「まぁまぁ。あ、リーパー、この花わかる?」


と、腰に下げた袋からピンクの高貴な白(エーデルワイス)を取り出した。多少しおれてはいるが、未だ絹のような花びらは健在だ。

 それに見覚えがあるのか、はたまた興味を惹かれただけなのか。とりあえずリーパーが「ふうん」と鼻を鳴らし、それから魔法剣士を見る。


「その花をどこで?」

「お姉さんが奇跡の魔法を使ったら咲いたらしいんだ」

「そうか……」


 リーパーがその花を受け取ると、それはすぐに枯れてしまった。


「ちょっとリーパー!?」


 慌てだす魔法剣士とは反対に、リーパーは「へぇ」とさして興味なさそうに、手の中の花だったものを風へと流した。


「間違いのないよう言っておくけど、ボクがやったわけではないよ」

「あ、そうなの?」


 まだ微かに残る茶色の何かに視線を落とし、


「多少は、まぁ、ボクのせいも、あるかもだけど」

「それってどっち……」

「この花は昔、腐蝕クロージィが育てようとしていたものだよ」

「あいつが?」

「そう」


と残りの何かを地面へ払い落とした。


「ああ見えて、植物学では優秀だったんだよ。汚染された土地や精神を浄化する為に、確か研究していたんじゃなかったかな」

「なんで花にしたんだろう……」

「綺麗だからだと、儚いからだと、言っていたよ。まぁ、ボクと彼はあまり接点が無かったからこれ以上は」


 わからないとリーパーは言いかけるが、魔法剣士に「ねぇ!」と迫られてしまい「な、何……?」と思わず少し後ろへ下がった。魔法剣士の余りにも大きな声に、頭に乗っていたロディアが飛び起き「きゃーでちー!」と落ちていく。


「“黄の国”! この花を使えば、少しは早く元に戻せるんじゃない?」

「え」

「僕って頭いいなぁ。流石リーパー! 頼りになるね!」


 勝手に話が進んでいくことに全くついていけず、リーパーが「あ、あのさ」と手を伸ばす。すかさず舞手がそれを掴み、手のひらを上へ向けると、落ちていったはずのロディアを乗せた。


「流石白き妖精王(ヴァイフィーニ)様。オレのような虫ケラには出来ないことを、簡単にやってのけるようだな」

「は? だからボクは了承していないし、そもそも、なんでよりによって、その花を……」


 魔法剣士の隣に立つ少女が、悲しげに瞳を揺らす。少女にとっては故郷の花に等しい。出来れば再び咲き誇る姿を見たいだろう。だからリーパーは半ばヤケクソ気味に、


「あぁもう、わかったよ! 育てればいいんだろう? 育てれば!」


と言うしかなかった。



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