びびりとヘタレは紙一重な話。
静かになった部屋で、魔法剣士は改めてリーパーに尋ねる。
「ねぇ。戦士の血を飲んじゃったのって、そんなに大変なこと?」
「ん? あぁ、そうだね、いい機会だから少しボクら……、キミたちが“魔族”と呼んでいるモノについて話しておこうか」
そこまで言い、リーパーは窓際へと歩いていく。閉め切っていたカーテンを開け、朝日を入れてやれば、部屋の中が多少なりとも明るくなった。
「ボクらは“始祖”と呼ばれる最初の魔族になる。再生能力や身体能力、性格は個々で差があるものの、その本質はキミたち人間と変わりない」
「そうなんだ。それじゃ、戦士は……?」
「ボクらは“子”を遺す必要はないが、まぁ、稀にいるんだよ。遊びで欲を吐き出す奴らというのは」
「最低だ……」
リーパーは窓から下を見た。雪妖精に育てられている子供たちに混ざり、少女が楽しそうに雪玉を作っている。何やら雪だるまを作ろうとしているようだが、完成まではまだまだ掛かりそうだ。
「それとは別に、もうひとつあってね。自身の血を飲ませるんだ」
「血を……?」
「そうすることで、自身の眷属にするんだ。まぁ、大抵は人間がボクたちの力に抗えず、そのまま死ぬか、生き残ったとしても人形のようになるか、だけど」
外から聞こえてくる笑い声の中に、舞手と戦士の喧騒にも近い声が混ざってくる。魔法剣士もまた窓から下を見れば、二人は雪玉を作って投げ合いをしていた。
ガヤの子供たちも混ざり、いつの間にか二つの陣営に分かれたその戦いは、なんとも楽しそうな光景だ。
「戦士くんはこちら側ではなく、そちら側に近いからね。元々、お姉さんの魔法力が強いことも相まって、今回はそれが上手いこと働いたんだろう。最低限の再生能力を保った……、いや治癒能力が働いた、のほうが合ってるかな」
聖女たちのような、“魔法”を使う者にとって、自身の魔法力が枯渇するのは生命に関わるのと同義だ。今回の腐蝕との戦いで、上位の奇跡を使用するためとは言え、聖女はあれで死んでもおかしくなかった。
それを生かしたのは、紛れもない戦士なのだが……。皮肉なものだ、その代償が人間とは違うものになるとは。
「でも、リーパーみたいに血を飲まなきゃとか、そういうことはないんだよね?」
「それはないよ。戦士くんもお姉さんも、どちらかと言えば人間だからね」
「そっか」
そこまで話し終え、外から聞こえた歓声に目をやれば。どうやら決着はついたようで、子供たちは雪だるまを作ってほしいとせがんでいるようだった。
頭を体に乗せようとしているが、その大きさは子供が持てる限界を超えている。しかし流石は戦士。それを軽々と持ち上げてみせ体に乗せてやると、子供を肩車し、最後の仕上げの目をつけるよう促した。
そうして少女の笑顔を眺めていると、どうやら気づかれたのか、少女が精一杯手を伸ばし、魔法剣士に力の限り横に振ってきた。早速窓を開け、魔法剣士は「風邪引いちゃ駄目だよー」と手を振り返してやった。
「あの子のことは、聞いちゃマズい?」
リーパーの顔が明らかに曇る。
「ごめん。今は……」
「うん。じゃ、聞かないでおくよ。とりあえずは、治せそう、なんだよね?」
本当にそれ以上聞く気のない魔法剣士に、リーパーは少し安堵したように息をひとつ吐き、それから深く頷いてみせる。
「それは問題ないよ。あの子が戻ったら、早速取り掛かろうか」
「じゃ、迎えに行ってこようかな。汗かいてるだろうし、着替えさせてあげないと」
魔法剣士が「用意しておいてよー」と笑いながら出ていく。しばしの後、魔法剣士の姿も外へ現れたのを見て、思わずリーパーの頬が微かに緩んだ。
少女に用意した部屋に集まり、ベッドへ座る少女の頭をリーパーを軽く撫でた。その目には恐怖が滲んでいる。
椅子へ聖女を座らせ、そしてその後ろに立った戦士が「緊張するな……」と不安を零した。
「少し痛いかもしれないが、我慢してほしい」
そしてベッドに少女を横たわせると、リーパーは始めに、自身の身体から白い魔法石を取り出した。その美しさに、舞手の口から思わず息が漏れる。
「それ大事なのに、見せてよかったの?」
そう意地の悪い笑みを見せた魔法剣士に、リーパーもまた薄く笑ってみせ、
「キミたちにこれが壊せるとは思ってないよ」
と余裕だと言わんばかりに返してみせた。リーパーは自身の白い石をサイドテーブルへ置き、次に少女の胸辺りに手をかざす。
「中に突っ込まないんだ?」
「ボクらと違うんだ。それをしたら死ぬと思うけど」
「そっかそっか。ふふふっ」
魔法剣士は可笑しそうに笑ってみせた。最近まで、他人の命の心配などしてこなかった奴が、ここにきて他人の心配をしている。
そのことが、魔法剣士には嬉しく、そして自身の変化に気づいていないリーパーが堪らなく可笑しい。もちろん、それを言うつもりなど魔法剣士にはない。言えばこの素直になりきれない男は、またヘソを曲げるに決まっているのだから。
訝しみながらも、リーパーは少女にかざした手をそのままに、しばし何かを探るような動きをし、
「ここだ」
と何かを掴むような仕草をした。
「ぁ……!?」
少女の口から小さく悲鳴が漏れ、辛そうに顔が歪む。何かを掴み、引っ張り出そうとするリーパーの手にしがみついて、嫌々と首を横に振り続ける。
その辛そうな顔に、思わず魔法剣士が「リーパー!」と立ち上がる。しかし、奴もまた辛そうに顔をしかめているのを見、魔法剣士は少女の小さな手を取り、両手でしっかりと、力強く握りしめてやった。
「んー! んんんー!」
少女の叫び声が一段と強くなり、流石に止めさせたほうがと魔法剣士が思い直した時だ。その身体から、真っ黒な、光さえも呑み込んでしまいそうなほどの石が出てきたのは。
「これは……?」
宙に浮かぶ石を、魔法剣士は見惚れるように見つめ続けている。少女は痛みか苦しみからか、そのまま気を失ってしまった。そんな少女を労るように撫でてやり、魔法剣士はリーパーの手に収まった石に視線をやった。
「この一族の守っていた魔法石だよ。地下で台座を見たのを覚えているかい?」
「あ、うん」
「狭間の世界で会った男のことも、覚えているね?」
「もちろんだよ! あいつは絶対に許せない……!」
撫でている手とは反対の手を握りしめ、あの日を思い出すかのように、魔法剣士は唇を噛み締めた。
「あれは吸血鬼と言ってね。ボクも姿を見るのは、結構、いやかなり久しぶりなんだ。一体どこに行ったのかと思っていたんだけど、どうやらこの石の持ち主が封じていたらしい」
「この持ち主って……」
「奇跡の一族の祖、と言ったほうが無難かな」
そこまで言うと、リーパーは置いたままの自身の石を手にし、黒の魔法石に軽く当てる。当てた部分に光の閃が現れると、それは宙をくるくると回っていき、ひとつの絵を描いた。
盃にローレルのその絵は、今まで散々目にしてきた絵だが、それがなんなのかを魔法剣士たちが知るのは、もう少し先のことになる。
「知った様な口だな。その“祖”とやらのことを」
壁にもたれかかる舞手が、リーパーに疑いの目を向ける。リーパーは特に気にする様子もなく、
「まぁ、知ってると言えば知っているよ。人間だった頃に、一緒に働いていたからね」
「人間だった頃、だって……?」
「そうさ。キミたちが魔族と呼んでいるボクたち“始祖”は、元人間だよ。それこそ、もうだいぶ昔の話だけどね」
リーパーの予想外の言葉に戸惑いが隠せず、舞手が呆然としていると、
「今は、話すつもりはないんだよね」
と魔法剣士がリーパーを見上げた。その真っ直ぐな視線に応えるように、リーパーもまた魔法剣士を静かに見据える。
「今みたいに、また話してくれるって僕信じてるからさ。リーパーが話したくなったら教えてよ。皆がどこにいても、僕が“集合!”って皆を集めるからさ」
「はぁ? 誰がヘタレに言われて集まるんだっての」
「まいちゃん酷い! 僕泣いちゃうよ!」
「泣くなうぜぇ」
二人の言い合いに、戦士が「やめんか、二人とも」と間に入る。それでも止めない二人に痺れを切らし、戦士が舞手と共に廊下へと出ていった。
廊下から聞こえる「離せおっさん!」の声に笑いながら、聖女もまた出ていく。その際に振り返り、
「明日には地下街へ行くんでしょう?」
と真剣な目を魔法剣士へと向ける。それに頷き、
「うん。腐蝕が接触したっていう街の人が気になる。雪妖精を捕まえることが出来るなんて、何かあると思うから」
「わかったわ。じゃあ、あの二人には私のほうから伝えておくわ」
「ありがとう」
と聖女に微笑んでみせた。相変わらずリーパーの手にある黒い石を見、魔法剣士がにやりと笑ってみせる。
「それ、壊さないんだ」
「キミも結構意地の悪いことを言うようになったね」
「リーパーだけだよ。僕が意地悪なのは」
「全く……」
相も変わらずに呆れてため息を零してやれば。魔法剣士は楽しそうに、嬉しそうに、微笑んでみせた。