再会を喜ぶ話。
魔法剣士たちが外へ出た時には、既に吹雪は止んでおり、雲の隙間からは微かに月明かりが差し込んでいた。
「なんだか随分遅くなっちゃったなぁ。強行軍をしてでも村に帰るべきかなぁ」
そう言い、魔法剣士は手をかざし空を見上げる。
「姉貴と毛玉が心配だ。おっさんも怪我してるだろ? なら行くべきだとオレは思う」
「うむ。なぁに、今の二人ならば大抵の魔物くらい蹴散らせるであろう」
自身も怪我を負ったというのに、戦士はそれを微塵も感じさせずに歯を見せ笑う。血は止まっているようだが、傷が塞がったとは思えない。
魔法剣士は力強く頷くと、肩から落ちかけていた袋の紐を上げた。それから一同に視線をやってから、
「よし。じゃ、リーパーたちと合流して」
「待たせたね」
「うん、もうちょっとタイミング考えてくれない?」
月明かりの中、建物へと歩いてきたのはリーパーだ。その腕には、ローブを着込んだ少女が抱かれている。
多少不満が隠せないが、これで全員が揃ったことだ。魔法剣士は咳払いをひとつすると、手を空へと高く掲げた。
「じゃ、気を取り直して。雪妖精の村へ帰ろう!」
もちろんテンションが高いのは魔法剣士のみで、他の面子は手すら挙げなかったがな。
雪妖精の村へ着くと、魔法剣士たちに気づいた雪妖精からの案内を受け、一行は古老の屋敷へ向かった。
「ご苦労であった、人の子よ。そして久しぶりじゃのう、白き妖精王。お主が先の解放戦争から姿を見せなくなって……、もう四百年ほど経つのかのう」
「……リーパー、今何歳なの」
古老の言葉に、魔法剣士が目を細めリーパーを見る。リーパーは何かを思い出すような素振りをし、
「……たぶん、だけど、七百才は越えてると思うよ」
と曖昧な答えを返した。少し前に聞いた答えでは、歳に無関心なように思えたが、どうやらそういうわけではなかったらしい。
話す気になるくらいには気を許してくれたのが嬉しい反面、予想よりも遥かに老体、いや年を取っていることに、魔法剣士は目を丸くした。
「リーパー……。ごめんね、今まで扱いが雑で。これからは労ろうか?」
「急な老人扱いされると、それはそれで困るな……。今までと同じで構わないよ」
「じゃ、これからもよろしく」
「全く……」
抱いたままの少女を寝かせる為、リーパーは案内されるままに部屋へと歩いていく。その背に「おやすみ、またね」と手を振れば、リーパーは微かに振り返り、薄く微笑んだ。
「姉貴も休ませたいんだが、他にも部屋はあるか?」
「うぬ。用意させる間、待ってはくれまいか」
「わかった、助かる」
舞手は壁にもたれかかり、戦士に抱かれたままの聖女に目をやる。変わらず血の気が無いが、動いている胸元を見るに大事にはなっていないようだ。
「さて、人の子よ。待つ間、話を聞かせてはくれまいか。我が同胞と、そして醜い魔族のことを」
「少し長くなるけどいいかな」
「構わぬ。時間は有り余っておるからな。準備が出来次第、聖なる子は先に休ませてやるといい」
「わかった――」
話の途中で部屋の用意が出来たとのことで、聖女と戦士、それからロディアには先に休んでもらい、雪女のことを魔法剣士が。腐蝕のことを舞手が語る。
腐蝕の最期について、もちろん二人は知らないのだが、リーパーに任せた旨を伝えたところ「ならば心配はいらん」と一言で済んでしまった。
「粗方は理解した。感謝するぞ、人の子」
そう古老は笑みを見せるが、魔法剣士の顔は沈んでいる。
「どうした、ヘタレ」
「ん? うん……、実は今になってちょっと後悔してる」
「雪女のことか?」
頷きも否定もしないが、微かに揺れた瞳に「そうか」とだけ舞手は返した。
「あんまり良くないのはわかってるんだよね。雪女にとっても、古老にとっても、リーパーにとっても」
「ふうん。で?」
「で? って言い方酷くない?」
魔法剣士は苦笑いを浮かべてはみるものの、その口元はどことなく固い。だから舞手は阿呆らしいとばかりに腕を組み、
「やっちまったもんは仕方ねぇだろ。まぁ、そうだな。もし。もし雪女が姿を出したら」
「出したら?」
「オレらで決着をつけんだよ。相手はオレでもいいし、お前でも構わない。“敬愛なる白き妖精王様”でもいいしな」
と自身と魔法剣士を顎で示してみせた。その答えに魔法剣士は頭を傾げると、
「戦士は? 戦士じゃ駄目なの?」
と目を丸くさせる。どうやら本気で気づいていないらしい。勘が鋭いのか、それとも何も考えていないのか。判断のしづらい奴だ。
舞手は「あのなぁ」と言いかけるが、自分たちの部屋も用意が出来たと雪妖精に呼ばれてしまう。
「ま、おっさんは置いといて、だ。あんま一人で考えんなよ。オレも、あいつも、そんぐらい引き受けてやるからよ」
「うん……、ありがとう」
「とりあえず休もうぜ。やっと休めるんだからな」
頭に手をやり先を歩いていく舞手。その後ろ姿に「ありがとう」とまた言い、そして小さく呟いた。
「でも、僕がやらなきゃいけないことだから」
朝。吹雪いていたのが嘘かと思うほどに空は晴れ渡り、このまま雪が溶けてしまうのではないかと思ったが、この雪はそう簡単に溶けるものではないと言う。
それだけ空は綺麗だが、聖女が休む部屋へ集まった一行の顔は沈んでいた。
「もやし、それは本当か」
「間違いないよ。残念だけど、お姉さんの魔法力は前の状態にはもう戻らない」
聖女が寝ているベッドへ腰掛けたリーパーが、申し訳なさそうに首を横に振った。聖女の額に当てていた手を離すと「力になれず、すまない」と悔しげに零す。
一同の沈んだ顔を見、聖女が「大丈夫よ」と弱々しくも微笑んでみせる。それを見た戦士が、床へ頭を擦りつける勢いで土下座をした。
「申し訳ない、姉上殿! 俺が姉上殿を庇ったばかりに……」
「それは違うよ、戦士くん。確かに魔法力は戻らないが、彼女が助かったのはキミのお陰でもあるんだ」
「しかし、いくら俺が知らなかったとは言え、姉上殿に血を飲ませていたなど……」
深く項垂れる様に、痺れを切らした舞手が舌打ちをした。
「だから、姉貴自身は気にしてねぇっつってんだろ」
「俺が気に病んでおるのだ! 姉上殿を“こちら側”へするつもりなど、毛頭なかったというのに……!」
「あー、めんどくせぇおっさんだな! なら責任取って姉貴を嫁にしちまえばいいだろ!? いつまでもウジウジウジウジ。昨日のヘタレといい、おっさんといい、雪で滅入ってんのか!?」
未だ頭を上げる様子のない戦士。舞手はその胸ぐらを掴み、無理矢理立たせようとするが、戦士の重さに負け自分がよろめいてしまう。小さく吹き出す魔法剣士を睨みつけた後、舞手は自身が屈んで目線を合わせるようにする。
「それともあれか? おっさんは惚れた女一人、幸せにしてやれねぇのかよ」
「……」
戦士は何も言えず、床に手をつけたまま視線を伏せている。そんな空気を読まずして、古老が扉をノックもせずに入ってきた。
「なんじゃなんじゃ。朝から騒々しい子らやのう。そんなに騒ぎたいなら、丁度よい。子供らの相手をしてやってくれ」
「は? 子供の相手って……」
意味がわからず、舞手は首を傾げる。それに構うことなく、古老はリーパーに「ほれ、早くせんか」と急かし、その口元を愉しそうに歪めた。
リーパーは多少呆れながらも、早く場を収めたいとは思っているようで、
「だ、そうだよ。古老についていくんだ」
と舞手と戦士をそれぞれ示した。舞手の足がふらふらと動き出し、戦士もまた立ち上がると、意思とは関係なしに古老の後を追い出す。
「もやし! お前、後で覚えとけよ!」
「煩い虫が消えて清々するよ」
「リーパー殿ぉ! なぜ俺までぇ!」
煩い二人が部屋を出ていき、静けさが戻った頃。聖女が寝たままで小首を傾げてみせた。
「私の意見、聞いてないわよねぇ……」
「あはは……」
魔法剣士は苦笑し、それから聖女に笑いかけた。
「おはよう、お姉さん。おかえり」
「はい、おはようございます。ただいまですよ」




