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ていへんなりに、やったれな話。

 魔法剣士の放った炎が消え、そこに残ったのは、人と呼ぶには醜い、黒い塊だった。まぁ、頭、胴体、手足がついていることから、それを腐蝕クロージィだと判別するのは簡単なわけだが。


「これ、死んだのか……?」

「たぶん、まだ生きてる。というか、中身はもうここにはいないんじゃないかなぁ」


 「参った参った」と頭を掻く魔法剣士を思いきり叩き、舞手が「どうすんだ」とその胸ぐらを掴んだ。しかし魔法剣士は特に慌てる様子もなく、


「大丈夫だって。僕らには心強い仲間がいるじゃん」


と緊張感の欠片もない笑顔を見せた。


「リーパー殿か? 一体どこに……」


 聖女をしっかりと抱え立ち上がると、戦士は辺りを見回した。もちろん白髪なぞどこにもいやしなければ、あの気持ち悪い腐蝕も見当たらない。


「ケジメをつけるって言ってたし、きっとどこかにはいるよ。本当は僕も、あいつのことは許せないんだけど。あ、袋の中に薬草ある?」

「うむ。では持ってくれないか?」

「任せて任せて」


 戦士から袋を受け取ると、魔法剣士はその中から一枚の葉を取り出した。薬草と呼ばれるこの葉は、生き物の持つ自然治癒を促進する効果があるだけで、間違っても怪我が治るといったものではない。

 その葉を小さく千切り、戦士の懐から目を覗かせているロディアへと差し出す。


「ロディア、大丈夫?」

「だーりん……」

「とりあえずここを出て、雪妖精スネグーラの里へ戻ろう。このままじゃ何にしろ危ないよ」


 ちまちまと薬草をかじるロディアを撫でてやり、それから魔法剣士は僅かに咲いたままの花に気づく。微かに光を宙へと漂わせたままのそれに、魔法剣士は近づき屈むと手を伸ばした。


「この花は?」

「ん? いや、姉貴が咲かせたっつうか、なんつうか……」


 高貴な白(エーデルワイス)に似たその花を、当たり前だが舞手も、そして魔法剣士も見たことなどない。魔法剣士はそっと茎の根本に手を添えると、優しく手折る。


「リーパーならわかるかもしれないし、一輪だけ持ってこっと」

「おい」

「いいじゃんいいじゃん」


 折れないように、花びらを傷つけないように気を使いながら立ち上がると、魔法剣士は来た道を戻り始める。


「さ、早くリーパーと合流しよ!」


 そう言い、舞手の横を通り過ぎる際に見えた表情かおは、いつもの明るさは微かに陰っていた。舞手はそれに気づいたが、引き止める間もないまま、魔法剣士は先へと行ってしまった。





 地下、と言っていいのかわからないが、あの地下通路を出たリーパーは、魔法剣士から少女を受け取り、残りの魔法石を探していた。といっても、感じる微力な魔法力を頼りに歩き回るだけの、なんてことない作業だ。

 地上の通路を歩きつつ、リーパーは先程の魔法剣士との会話を思い返していた。

 この建物を覆い出した嫌な魔法力が、あの腐蝕とかいう奴のものだということくらい、すぐにわかった。だからリーパーは魔法剣士を先に向かわせ、自分が石を探すと提案したのだ。


「まぁ、彼なら上手いことやるだろう。にしても……」


 リーパーは腕に抱える少女を見やる。怖がるような視線に、今までの態度からすれば当たり前ではあるのだが、自業自得の結果に内心ため息をつく。


「そんなに怖がらなくていい。ボクがキミに危害を加えたことはないだろう? そしてこれからも、それは絶対に来ないよ。来るわけがない……」

「……ぅ」


 まるで「嘘つけ」と言わんばかりのそれに、リーパーは苦笑した。道中の繭を炎で焼き払い、中から出てきた“何か”から石を取り出しつつ、それを手の中で確実に消滅させていく。


「あぁ、そうだ。キミに聞きたいことがあるんだ」

「う?」

「黒い魔法石を、持っているね?」

「……!」


 少女の表情が固まる。まるでイタズラが見つかった時のように、少女は何も言えず、ただ黙ってリーパーの肩に顔を埋めた。


「勘違いしないでほしいんだけど、別にボクは怒っているわけじゃない。ご両親がキミにかけたその魔法、その鍵になるものがあるはずだとボクは言ったね」

「……」


 相変わらず顔は埋めたままだが、その頭が微かに動くのが見て取れ、リーパーは話を続ける。繭から石を抜くのにも、このほうが好都合だ。


「なぜ未熟ながらも転移魔法が使えたのか。不完全ながらも、キミの魔法力を封じることが出来たのか。それは」


 建物を激しい揺れが襲い、ヒビ割れていた壁が崩れる。


「……!」


 二人を埋めるように瓦礫が降り注ぐが、それらはリーパーを避けるように床へと落ちていった。


「それは、キミの中に魔法石があるからだ。そして恐らく、いや、ほぼ間違いなく、その鍵はボクの魔法石だ。まぁ、それは後にしようか」


 再び同じように繭から石を取り出すと、それを手の中で消し、リーパーは吹雪始めた外へと出た。


「さて。少し降ろすけど、いいかい?」

「……ぅ」


 こくりと頷いた少女の頭を優しく撫で、リーパーは少女を地面へ降ろした。寒そうに体を抱きしめる少女に、リーパーは自身のローブをふわりとかけてやる。

 不安そうに見上げる少女の瞳は、一人にされるのが嫌だと言わんばかりに揺れている。だからリーパーは屈み、少女と額をそっと合わせた。


「大丈夫、ボクは戻ってくる。約束するよ。だからキミも約束してほしい。ボクが戻るまで、このローブを絶対に脱いではいけないよ」

「ぅ……、うー!」


 嫌だと少女は首を振る。リーパーは困ったように眉を潜め、しかしすぐに何かを思いついたように、その小さな小指と自身の小指を絡めた。


「約束。もしボクが約束を破ったら、そうだな……。キミの側にいて、キミを守り続けるよ。約束を守っても結局はキミの元に帰ってくる。これで文句ないかい?」

「う……」


 まだその瞳は揺れていたが、駄々をこねるのはやめるようで、少女は大人しくローブを頭からすっぽりと被った。リーパーは「いい子だね」とローブの上から撫でてやると、吹雪の中へと歩き出す。


 いくばか歩いたところで、真っ白い世界には不釣り合いな、茶色の液体が広がっているのを見つけた。案の定、そこから出てきたのは腐蝕だ。


「あのっ、あの雑魚共が! 寄ってたかって! 俺を誰だと……」


 何やら言っているようだが、正直リーパーにはどうでもいい。今から消す奴の言葉なぞ、いちいち聞く気も、覚える気もハナからないのだから。


「ヒヒッ、外にひとつ残しておいて正解だった。しばらくは魔法力を溜めて、また人間を喰って」

「酷いなぁ、先にボクの相手をしてくれないかい?」

「へ?」


 腐蝕が振り返ると同時に、その首が空高く高く飛んだ。残された胴体が雪の上へ倒れていくのを、腐蝕はただただ見ているしか出来なかった。

 そうして頭もまた、雪へ落ちるかと思いきや、リーパーはそれを器用に鎌で引っ掛け、腐蝕と対峙する形を取る。


「あ、あ……」

「初めまして、腐蝕。いや、()()()()と言ったほうがいいのかな?」

「あああアアア! 妖精王フィーニ! あぁ嫌だ、死にたくねぇ! 離せ! 離しやがれ!」


 もちろん首だけの腐蝕に何か出来るわけもなく、唾を飛ばして吠えるだけだ。


「離すも何も、ボクはキミに一切触れてないけど? 相変わらず可笑しなことばかり言うね、キミ」

「離せ! この同族喰いが!」

「それこそ可笑しな話だ。キミだって力を求めて喰ってるだろう?」


 白かった瞳が次第に赤く染まるのを見、腐蝕の額から汗が吹き出し息も荒くなっていく。リーパーは口の端を持ち上げるだけの笑みを見せると、


「あぁ、キミ、同族は喰ったことがないのかい? だから弱いままなんだね」

「うるせぇ! 普通は仲間なんか喰うわきゃないだろうが!」

「全くその通りだよ。キミ、結構普通の感性を持っていたんだね。感心だ」


 リーパーは腐蝕に構うことなく、鎌を回すと腐蝕の首を宙へと浮かせ、自身の手元へ落ちてくるようにし――


「邪魔するで」


 飛んできたカードが腐蝕の首をさらい、そのまま宙へ浮いている男の手元へと収まった。白い帽子に衣装、胡散臭い笑み。狂った勝負師(マッドギャンブラー)だ。


勝負師ギャンブラー! た、助けてくれ! ちょっとでいい! 魔法力を分けてくれ!」

「ククッ、あんさんがそれ言ったらあかんやろ。フラグ、立っとるやないか」


 腐蝕の髪を無造作に掴み、勝負師はにたりと笑う。


「まぁ、ええわ。助けたる。ようはあれやろ? 妖精王を見たくないんやろ?」

「そうだ! あいつの顔を見てると虫唾が走りやがるんだ! 早くなんとか……!?」


 そこまで言いかけ、腐蝕は気づく。

 自身の顔が半分失くなっていることに。


「勝負師ァァアアア! なんで俺を喰ってんだよォオオ!」

「なんでかぁ。最期やし、教えたる。ワイはなぁ、あんさんみたいな奴がいっちゃん嫌いやねん」

「は……? お前何言ってんだよ、俺ら仲間だろ? 仲間だよなぁ!?」


 口まで消えたことで、それ以上何も言えない腐蝕は、ただただ恨めしげに勝負師を見ることしか出来ない。勝負師は「ククッ、仲間、なぁ」と喉を鳴らし笑い、そして冷ややかな視線を腐蝕へと落とした。


「ワイ、ゴキブリのオトモダチはおらんのや」


 それは腐蝕に届いたのか、はたまた消えたのが先なのか。勝負師は「ほなな、腐蝕はん」と最後に残った緋色の石を握りしめた。勝負師はひとつ息を吐くと、鋭い眼差しを向けるリーパーにうやうやしく頭を下げてみせる。


「どうもお騒がせしてすんません。あぁせや、妖精王はん、良かったらワイらと一緒に四天王やりまへんか」

「センスの無い誘い文句だね。その言い方だと、誘う気なんてないんだろう?」


 鎌を携えたままのリーパーに、勝負師が「ごもっとも」と両手を上げる。


「ま、今日のところはワイも帰りますわ。今のワイではあんさんには勝てへんし。時が来たらまた“招待状”を送らせてもらいますわ。ほな」


 言うが早く、勝負師はその姿を嘘のように消していく。リーパーの口から、深い深いため息が零れたが、とにかく早く少女の元へ戻ろうと、また吹雪の中を歩き出した。

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