にえひとを追う話。
さて、舞手と戦士の話でもしようか。消えていった二人のことは心配だが、こちらはこちらでやらなければならないことがある。
とりあえず雪の中からロディアを掘り出してやり、舞手は自身の肩へ乗せてから、先を行く戦士の後ろ姿を追いかける。
「だーりん……」
「安心しろ。なんだかんだで、あのヘタレはしぶといからな。童貞のまま死ぬわけもないだろうよ」
「まいたんは、だーりんだいすきなんでちね」
「また埋めてやろうか」
「いーやーでーちー」
肩から引き剥がそうとする舞手と、離れまいとするロディア。まるでゴムのようにロディアの頬が、いや身体かもしれんが、伸び縮みするのを見、戦士から思わず苦笑が零れる。
普段ならばこのまま止めはしないが、ここは既に敵の腹の中。相手が四天王の一人なら、尚のこと気を引き締めなければならないと、戦士は真剣な眼差しになる。
「二人共、喧嘩はやめんか。いつ襲われるかわからんのだぞ」
「わあったよ、悪かった」
「わかったでち」
一人と一匹もまた気を引き締め、中央へ続く階段を登っていく。
どうやらここは、目指すあの建物を中心に家々が並ぶ形になっており、中心は小高い丘のようだった。雪の積もった階段は、一歩踏み外せば下まで滑り落ちるほどに凍りついている。
「本当に人が住んでたのかよ」
「恐らくだが、結界というのが余程強固だったのだろう。結界の中は穏やかで、逆に外はこの吹雪だ。隠れるには好都合だったのかもしれん」
「なんで、ここだったんだろうな」
舞手の疑問に、先を歩く戦士が振り返る。
「ふむ、どういうことだ」
「あ、いや、ここまで強い吹雪だろ? なんでそんな場所に住もうって思ったんだろうなって思ってな」
「ふぶきのほうが、みつからないから、じゃないでち?」
肩のロディアが至極当たり前のことを言う。舞手はそれに「そう、だよな」と返し、先を行こうと促しかけ、
「たまたまなのかもしれん」
「たまたま?」
と歩きかけた足を止めた。戦士は静まり返ったままの家々を眺め、腕を組み「そうだ」と頷く。
「目的地はどこでも良かったのかもしれん。この場所に来てしまったから、吹雪から身を守るために結界を作った、と考えるのが妥当だろう」
「はぁ? 目的地を決めずに来たって……。意味わかんねぇ」
「誰の意図でもなかったのかもしれん。ま、俺らはその真意を確かめることなど出来んし、出来たとして、それは確かめていいのかもわからん」
「そんなもんかよ」
「そういうこともあるのだ。さ、お喋りの時間は終わりだ。急ぐぞ」
それ以上話す気も、立ち止まるつもりもないのか、戦士は雪を足で払いながら歩いていく。そうやって出来た道を歩きつつ、舞手は、この廃れた家々に故郷を僅かながらも重ねていた。
近くで見れば、それはかなりしっかりした建物だった。
入口の扉は頑丈な造りをしており、来る者全てを拒むようだ。まぁ、今はその造りもただただ邪魔でしかないのだが。
扉に手をつき、舞手は押し引きしてみるが、その頑丈過ぎる扉は動く気配すらない。取っ手や何か仕掛けがあるのかと探るが、そういったものも見当たらない。
「駄目だおっさん。どうやっても開かねぇぜ」
両手を上げた舞手が、首を横に振りながら戦士を見る。戦士は顎に手をやり首を傾げると、
「どうやっても? 何をお行儀のいいことを言っておる」
と自慢の斧を握りしめ、にやりと笑った。その意味を理解した舞手が「待ておっさん!」と止める声も虚しく、戦士は斧を力強く薙ぎ払った。
酷い音と共に扉は粉砕され、その飛び散る破片を見ていた舞手の喉から、ひゅっと息を呑む音が鳴る。肩から見ていたロディアが「ごういんでち……」と元から丸い目を更に丸くした。
「さて。これで入れるな」
「……おう」
斧を肩に担ぎ直し、大股で入っていく戦士を見送りつつ、舞手とロディアはお互いに視線を交わしあった。
建物の中は天井は高く、所々に飾られた絵画は美しい。窓硝子のステンドグラスが割れているのが残念だが、まぁ、ここまで残っているほうが珍しい。
その通路や部屋、壁、天井。至るところに蔦が伸びており、なんとも気味の悪い繭や花が辺りを埋め尽くしている。繭に繋がった蔦は時折脈打ち、何かを吸い上げているようだ。
「おっさん、これって……」
「ふむ。少し離れていろ」
戦士が斧で蔦を両断する。蔦は切られた部分から茶色の液体を垂れ流すと、その動きを止めた。そのまま繭を素手で開く。
「っ」
「連れてこられたお嬢さん、か……」
衣服も身に纏わず、しかしもう身体の形すら判別出来ないほどに腐ったそれを見て、戦士は静かに頭を下げた。
「すまないな。お嬢さんに何か衣服を渡したいが、今は手持ちが何もない故、このままで立ち去ることを許してくれ」
「……くそ」
「ひどいでち……」
この女性はまだ“女性だとわかる”ほどには形を留めていたが、恐らく、蔦の動いていない繭、そもそもとして蔦が繋がっていない繭の中身は……、さてどうなっているんだろうな。
戦士が顔を上げ、続く通路の先を見る。更に絡まる蔦と転がる繭を見るに、この先に四天王が待ち構えているのは間違いないだろう。
「義弟よ、お前は俺の後をついてくるといい。俺が蔦を切って」
「いや。一本一本やってたら時間かかっちまう。オレに任せてくれ」
そう言った舞手が、扇を構え、下から上へと華麗に振り上げる。
「風雅」
扇の先から風が舞い、それは通路を一直線に進んでいく。道中の蔦や繭が切り刻まれるたびに、茶色の液体や、最早人の形ですら無くなった何かが飛び散っていく。
「貴公……」
何か言いたげな戦士に、舞手が口の端を持ち上げ、笑ってみせた。
「オレはいい男だからな。解放してやんのもいい男の努めだろ? ま、化けるならいつでも来な。抱きしめてやるよ」
戦士が唇を噛み、そして「あぁ」と斧を握る手に一層の力を込める。
「貴公の覚悟に最大の敬意を。必ず姉上殿を救おう」
「ったりめぇだろ」
「いくでちー!」
元気な掛け声に頷いて、歩みを進めようとした時だ。通路に流れ出た液体がひとりでに動き出し、それは人型へと成っていく。
「なんだってんだ!」
「たいへんでち! どうするでち!」
その人型、いや腐った何かは、ぶつぶつと呟きながら二人へと近寄ってくる。たじろぐ舞手が、しかしもう一度“風雅”と発しようと扇を構え――
「その必要はない」
戦士が一歩踏み込み、その斧を地面へと叩きつける。
一迅の風が駆け抜け、十メートルほど床が吹き飛んでいく。瞬間、腐った何かが発火しぼたりと床へ転がるのを見、舞手は手にした扇を下へと下ろす。
「貴公の業より洗練されてはいないがな。さ、行こうか」
「おっさん……」
その逞しい背中もまた、覚悟を決めているようだった。だから舞手は隣に並び、その背中を少し強めに叩いた。
「頼りにしてるぜ、おっさん!」
戦士は叩かれたことよりも、違うことが気になったのか「ふむ……」と唸り、
「前から思っていたのだが、俺はまだ“おっさん”と呼ばれるには、少々早い歳だと自覚しているんだが」
と自分より多少背の低い舞手に視線をやった。舞手は首を傾げると、まじまじと戦士を見上げる。
「あん? おっさん何歳だ」
「二十ニだが」
「……そうか、すまん」
「今の間はなんだ」
「気にすんな、うん」
予想より多少、いや大分若いが、舞手はもう一度「気にすんな」と少し早足になる。その肩からロディアが、
「せんちは、もっとおっさんかと……ふぐっ」
「少しは黙ってろ毛玉!」
「ふぐぐー!」
と舞手に両手で掴まれては、それ以上を話すことは出来なかった。