界雷の後の吹雪の話。
そこまで広い地下ではなかったが、それでもそれなりに魔法剣士は歩き回った。基本は一本道だが、道中いくつか部屋があり、そこをしらみつぶしに探し回ったのも時間がかかった原因のひとつだ。
少女が握る手の中には石が七つ。全部でどれくらいあるのか皆目見当もつかないが、それなりに回収出来たのではないかと、魔法剣士は自画自賛気味に鼻を鳴らした。
「リーパー!」
通路の先に像を見ている白髪が見え、魔法剣士は小走りに歩み寄った。
「どれくらい集めたんだい?」
「これくらい、かなぁ」
少女が自慢気に広げた手を見、リーパーが「七つか……」と苦虫を噛み潰したような表情になる。少なかっただろうかと、魔法剣士が不安げに見ていると、それに気づいたリーパーが自身の左手を開いてみせた。
「いち、に、さん……なな、はち……。八個もある! あー、負けちゃったかぁ、あはは」
「そう、だね」
口調はそれこそ明るいが、視線は下へ向いたままだ。そんな魔法剣士を気にかけてはいるものの、なんと声をかければいいのかわからず、とりあえずリーパーは少女の手から石を受け取った。と、手の空いた少女は何かに気づいたのか、像をただ真っ直ぐに見つめている。
「どしたの? 何か気になることでもあるの?」
「う」
少女が像の持つ緋色の石を指差し、次に像自身を示すように指先を上下に振る。その意図はわからないが、とりあえず石を取ってしまおうと手を伸ばす。
が、それよりも早くリーパーが石に手を伸ばし、結果、奴のほうが更にひとつ石が多くなった。
「リーパー」
「キミがする必要はどこにもないからね。さて、急ごう、か……」
案の定像は腐り落ちる。しかしその中から出てきた淡い光が、ふわりふわりと三人の周囲を回り、最後に少女の頭を撫でるように掠めていく。
「この光、“黄の国”で見たあの光だ」
光は三人の目の前で留まり、そして人の形へと成していく。腰まである黒髪に、深い黒色の瞳。魔法剣士にもわかった。
目の前の女性が、少女の母親だということを。女性は頭を深く下げ、それから顔を上げると穏やかに微笑んだ。
『優しいお方、娘を守ってくださり感謝してもしきれません。主人、いえ、この里に生きていた全てのものたちに代わり、お礼申し上げます』
「うー!」
触れようと手を伸ばす少女に、女性は、いや母親は悲しげに視線を伏せ、しかしすぐに頭を振り、魔法剣士とリーパーを見据えた。
『肉体を失くした私は、それでもお伝えしなければならないことがあり、貴方様をお待ちしておりました。“白き錬金術師”様』
「ある……え? 何?」
「……」
聞いたことのない単語に、魔法剣士は首を傾げる。しかし隣のリーパーは目を細め、母親を鋭く睨みつけた。母親は眉をひそめ、困ったように笑うと、
『そんなに怖い顔をなさらないで下さいませ。私どもは、黒き錬金術師様を祖に持つ一族。そう言えば伝わるでしょうか』
「まさか……、それならこの子は……」
と信じられないものを見るような目で、リーパーは少女を見つめた。普段見ることがないほどに、リーパーは狼狽し、小さく「そうか……」ともう一度呟いた後、小さく唇を噛んだ。
「なら、きちんとケジメをつけてもらわないといけないね」
「リーパー。一体どういうこと……?」
「……」
魔法剣士に問われるも、今のリーパーに“それ”を語れるほどの余裕も、そして覚悟もなかった。しかし語るつもりはあるのだろう。
「いつか話す機会を作る、じゃ駄目かい……?」
「わかった。出来るなら、僕がじじいになる前にお願いね!」
「善処はするよ」
その答えだけで十分だと魔法剣士は笑い、そして穏やかな顔で少女を見つめる母親に視線をやった。
『優しいお方。娘が会えたのが、貴方様のようなお方で本当によかった。これで安心して逝けます。どうか、娘、を守って……』
「待って!」
魔法剣士が止めるも、次第にその姿は薄くなり、そして消えていった。少女が顔を寄せ嗚咽を漏らすのを、魔法剣士は背中を優しく撫でて宥めてやる。
「でも、なんで今まで直接来なかったのかな。幽霊と言っていいのかわかんないけど、来れそうなのに……」
「魂というのは、無防備な魔法石の状態と一緒だ。趣味の悪い輩は、どうやら装飾品として飾るのも好きなようだね。わざわざ入れ物まで用意するくらいに」
「……許さない」
まだグズる少女を強く抱きしめる。その手が怒りで震えているのに気づき、リーパーもまた通路を歩き始めた。
「なら早く向かおうか。集まった石を見るに、まだ半分ほどの力しか感じられない。あと半分は上にあるんだろう」
「リーパー、少しは」
待ってほしいと言いかけ、魔法剣士もまた気づく。大抵のことには興味なさげな奴が、握りしめた魔法石を粉々にし、その存在を消したことに。あれほど“面倒くさい”と言っていた方法で、だ。
「リーパー……」
今の奴は話してはくれないだろう。
それでもその手が全てを語るように見えた。だから魔法剣士は、少女に「行こうか」とふわりと笑い、リーパーの後を追い出した。
時は少し遡る。
聖女は朧気な意識の中、うっすらと目を開けた。
最初は霞んでいた視界が、何回か瞬きをすることではっきりとしてくる。そうして聖女は、初めて自分が寝かせられていることに気づいた。身体を動かそうにも痺れが酷く、指の一本すらまともに動きそうもない。
「女、やっと起きたか。俺に感謝しやがれ。傷を治してやった、この俺にな!」
騒がしいダミ声に視線をやれば、眼鏡をかけた細身の青年が、自分を見下ろし、舐め回すように全体を見ている。とても気持ちが悪い青年だと、聖女は内心悪態をついた。
魔法剣士を庇い、その時に怪我を負ったところまでは覚えている。
この青年、確か四天王の一人だったかと記憶を辿るが、どうにも名前が思い出せない。よく“雑魚”と喚き、仲間であるリーパーが来た時には既にいなくなっていた、なんとも情けない奴だったのは覚えているのだが。
「おい女、聞いてんのか!? なんとか言えよ!」
「……」
なんとか、と言われても、痺れているこの状態では声すら出せないというのに。恐らくはこの青年が何かをしたのだろうが、自分でやっておきながら話せとは、なんとも自分勝手な奴だ。
「俺なんかとは口も利きたくねぇってのかよ!」
例え利けたとしても、自分からは関わりたくないタイプの奴だと聖女は息を吐いた。
さて、ここはどこだろうか。優しい少年のことだ。恐らく自身を責め、ひいては助けに来ようとするだろう。危険なことはしてほしくないが、弟も自分を助けると言い出すに違いない。
ならば、仲間もそれを止めることはしないはず。
「女、考えごとかぁ? 無理無理。雑魚が何人群がろうと俺に適うわきゃないだろ? なんつっても、最強の道具手に入れちまったし」
どうやらこの青年。やはり自分を喰って力に変えるのが目的なようだが、それにしてはやけにまどろっこしい。狭間の世界で会った金髪の男はいたぶるのが趣味だったが、この青年は少し違う。
聖女がそう考えていると、急に胸ぐらを掴まれ、青年と顔を合わせる形になってしまう。近くで目にし、そこで聖女は気づいた。なんとこの青年の醜いことか。
見た目ではない。性根、生き方、魂が醜いのだ。この青年は、全てを憎み、妬み、恨んで生きてきたのだろう。聖女はその醜さに耐えられず、視線を堪らず反らした。
「おい。なんで俺を見ねぇんだ。誰がお前を助けたと思ってんだ!」
青年が口を開くたびに酷い臭いが鼻をつく。同じ“始祖”のはずだが、こうも身なり、気遣いに違いが出るとは。だから聖女は、なんとか喉を震わせこう言ったのだ。
「恩着せがましい人、は……嫌われます、よ」
「女ぁ! そんなに喰われてぇなら、喰ってやるからな!」
青年が怒りに任せて聖女を押し倒す。上手く挑発に乗ってくれたようで何よりだと思いつつ、チャンスは一回きりだと自分に言い聞かせ気を引き締めた。
いまだ自由の利かない身体だが、それでも仲間にこの場所を知らせることは出来る。まぁ、それをすれば、自分は魔法力をほとんど失くし、弐の座ですらなくなるだろうが。
それでも、と。この気味の悪い四天王を葬れるなら、別に自分の座などいくらでも捨ててやれる。
だから聖女は目を閉じ――
魔法剣士たちが地に降り注ぐ日光を見たのは、この直後のことだ。




