視える世界、知らない交わりの話。
顔色の戻ったリーパーは「ありがとう」と立ち上がり、それから奥の台座へと向かった。まだ痺れの残る魔法剣士は、その背中を視線だけで追っていく。
「そういえばリーパー。なんでこの場所がわかったの? この子のことだって……」
「あぁ、それなら簡単だよ。何せ、お行儀の良くない輩は全てにおいて中途半端だ。隠す気もないのかな。腐蝕と言ったか、よほど自信家なんだろう」
リーパーは顎に手をやり台座を見つめ、しばし唸ると「やっぱりこれは……」と呟いた。再び魔法剣士の元へ戻ると、リーパーは眠り続ける少女に視線をやる。
「リーパー? 何か気になることでもあるの?」
「……昔、“虹の国”と呼ばれる地があった」
「虹の、国……」
リーパーは頷き「でも」と苦笑する。
「歴史の話はまた今度にしよう。そうだね、簡潔に言うなら、今よりもっと文明が発達していた国があった。この技術は、そこで使われていたものだ」
痺れがある程度引いたのか、魔法剣士は「よいしょ」と少女をおぶってから立ち上がった。そして台座まで歩いていくと、まじまじと眺めてみる。
「んー、ただの台座にしか見えないけどなぁ。でもこれがその技術ってやつなら、ここは何のための場所なんだろう」
魔法剣士の隣に並び、リーパーが中央の窪みをなぞる。
「恐らくだが、ここを守るための“何か”が置かれていたんだろう。だけどその“何か”が無くなり、この場所が見つかってしまった」
「それをあの金髪の男が……?」
「さて……。どちらが先なのか、今の状態ではわからないね」
未だ記憶に新しい、狭間の世界で出会った男を思い出し、なんとも言えぬ悔しさが胸の内へと広がっていく。少女が眠ったままで良かったと安堵すると、魔法剣士は辺りを改めて見てみる。
部屋の中央に台座。少し離れた場所に扉がひとつ。どうやら出入口らしきその扉には、“黃の国”の廃遺跡でも目にしたあの絵が描かれていた。
そう。盃に、ローレルの葉が巻き付いたような、あの絵だ。
聞きたいことは山ほどある。が、今はそれを聞いている場合でないのも確かだ。魔法剣士は扉の前まで歩き、リーパーを振り返る。
「とりあえずここから出よう。お姉さんがあいつに捕まったままなんだ。早く助けないと!」
「それはわかった。だけどどうやって助けるつもりなんだい?」
「それは、ぶん殴って、斬って、燃やして……」
「そして元に戻る、と」
「……」
魔法剣士は何も言えず、俯くしか出来ない。そんな魔法剣士の隣に並び、リーパーは扉を開けた。
「ボクたちの“命”。それは魔法石だ」
その声に魔法剣士が顔を上げる。するとリーパーは自身の胸辺りに手を当て、身体の中へゆっくりと手を差し入れたのだ。
「リーパー!? 何して……」
「……っ」
中へ入っていた手が再び外へ出てきた時。手には、白い光を放つ、手のひらほどの石が握られていた。
「綺麗だ……。それがリーパーの“命”?」
「そう。ただキミたちの知るそれとは違って、そう簡単に壊れる代物じゃない。もちろん壊せないし、斬ることも、魔法でどうにかすることも出来ない。見かけでは消えたように見えるけどね」
「じゃ、どうすれば石を消せるの?」
リーパーは石を体内へ戻し、今度は懐から青色の魔法石を取り出した。“黃の国”にて、煉獄が消えた際に落としたあれだ。それをリーパーは黙って見つめ、次の瞬間、その石を口に含んだ。
「え、食べ、え?」
目を見開く魔法剣士を他所に、石を取り込んだリーパーから苦しげな声が漏れる。心配するように手を伸ばした魔法剣士を制し、リーパーが「大丈夫」と息をひとつ吐いた。
「何度やってもこれには慣れなくてね……」
「何をしたの?」
「取り込んだんだよ。それだけさ。まぁ、もうひとつ方法があるにはあるんだが、そっちは魔法力を必要とするから面倒くさいんだ」
それだけ。本当はそれだけではないことくらい、魔法剣士にもわかっていた。だが魔法剣士は「そっか」と薄く笑い、
「じゃ、腐蝕の中から魔法石を取り出す感じでいいのかな」
と歩き出した。リーパーも隣を歩きつつ「いや」と首を横に振る。
「あの性格なら、誰にも見つからない、けれども、誰に見られても構わない場所に飾りつけてあるだろう」
「矛盾してない? それ」
「ボクらからすれば理解出来ないだろうね。それとも理解したいのかい?」
「したくないかなぁ……」
ある程度歩くと、通路が二手に分かれており、つきあたりに美しい女性の像が一体、見えてきた。その両手で大事そうに持っているのは、小さな緋色の石だ。指先ほどの大きさしかないそれを見、リーパーは「趣味が悪い」と吐き捨てた。
「まさかこれ? 小さくない?」
「他にも飾ってあるんだろう。手分けして回収しながら上を目指そうか」
「じゃ、とりあえずこれは僕が……」
魔法剣士が石を摘み上げた。途端に像が腐り落ち、魔法剣士は小さく悲鳴を上げる。
「なんで!? これ石像じゃなかったの!?」
慌てる魔法剣士を横に、リーパーは屈むと、
「あぁ、人間の女性だね。捕らえて、自身の魔法石の力で腐らせずに保存し、たまに鑑賞にでも来ていたんじゃないかな」
「……リーパー、あの」
「もう無理だよ。この状態にされた時点で、彼女たちには死ぬか、動けない悪夢の中を永遠に彷徨うしかないんだ」
とその腐り落ちた身体を労るように撫でた。
「魔法剣士くん。辛いならボクと一緒に行動するかい? 向かうのは遅くなるだろうが……」
「ううん。やるよ、僕」
はっきりと言い切った魔法剣士の顔は、確かに辛さが滲み出ているが、その腹は決めているようだった。
「ずっとあいつに見られるなんて可哀相だし、何より、これ以上君に任せてらんないしね」
「そうか、わかったよ」
「よし! じゃ、僕はこっちから! リーパーはそっちを頼んだよ! たくさん見つけたほうが勝ちだからね!」
言うだけ言うと、魔法剣士は一目散に走り出した。すぐに消えていった背中を見送り、リーパーはため息をつき反対側へ歩き出す。
「全く。そう言われたら負けられないじゃないか」
リーパーも同じなのだ。あの優しい少年に、なるべく負わせたくはない。その役目は、誰がなんと言おうと自分が被る。
「今さら一人二人、いや百人増えたところで変わりはしないのだから」
微弱な魔法石の力を頼りに、通路を歩く。元が微弱だというのに、ここまで分割されていては探るに探れない。
それにしても、とリーパーは立ち止まった。遠い、遙か昔に置いてきた記憶と重なり、リーパーは目を伏せる。
「まさか――が……?」
無意識に出たその“名”に、リーパーは首を振ってそれを追い払った。今は考える時ではない。そう思い直すと、負けないように、再び通路を進み始めた。
「ひいいい」
また目の前で腐り落ちた像に、魔法剣士は情けない声と共に緋色の石を握りしめた。
「でもよかった、この子が起きてなくて」
そう安堵し、魔法剣士が息を漏らしたところで、
「ぅ」
「ん?」
背中から声が聞こえ、まさかとは思いつつ横を向けば。
「う、う!」
「あああ起きてるうう! いつ起きちゃったのおはよううう!」
「うー!」
「しかも話せるようになってる! リーパーが何かしてくれたのかなぁ」
無事に帰ったら聞けばいいかと思い、魔法剣士は再び歩き出した。自分の手の中には石が四つ。あとどれくらいあるのかはわからないが、これが続くのかと思うと気持ちが沈む。
それでも、と。
「もう、誰かに頼ってばかりは、駄目だから。ね?」
「うー」
少女の手が魔法剣士の頭を撫でる。それに頬を緩ませ「ありがと」とまた進もうとし。
「うー!」
「あ、はい、おんぶじゃなくて抱っこをご所望なわけですねっと」
一旦少女を降ろし、その手に緋色の石を持たせてやる。それから少女を抱き上げると、魔法剣士もまた歩き出した。




