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逃げる余裕はない話。

 さて。

 やっと魔法剣士が旅立つ決意を新たにしたことだ。少しこの国について話しておこう。


 “緑の国”。そう呼ばれているこの国は、名前の通り、緑と大地に恵まれた、豊かで温暖な国だ。小さな集落や村、更に放牧の民がいるのも特徴だな。そのせいか、魔法力を有した生き物が多く、そして生まれやすくもある、のだが……。


「炎炎成りて太古の証、祖は在りし日の陽炎。満ち征く久遠にて炎煙へと換われ。火炎!」


 木に火をつける為、魔法剣士が魔法を唄う。が、火がつく様子は全く見られない。


「まじでお前魔法使えねぇのな……」


 魔法剣士が村を出て二日。本日も野宿の為、その準備をしているところだ。集めた木に火をつけるということで、舞手が魔法剣士にさせようとしていた。しかし先ほど舞手も口にした通り、魔法剣士は全く魔法が使えない。


「僕言ったよね? 何、新手のいじめ?」

「いや、ここ生まれでまじで魔法力ないとか。希少種かよ」

「寄贈されても何も出ないよ」


 木に手をかざしたままで言い、魔法剣士は小さくため息をついた。聖女が「まぁまぁ」と穏やかに笑い、袋からあの干し肉を取り出した。


「お腹が空いてるから出来ないのよ、きっと。はい、これ食べてね」

「あー、いや、今日もいいかなぁ……あはは」

「でもそう言って水と野草しか口にしてないでしょう? 肝心な時に力が出ないわよ?」


 聖女の言い分はわかる。確かに栄養は取れていないし、最近は腹もよく空いている気がする。

 しかし、魔法剣士はどうしても干し肉を口に出来なかった。潰されるウルフが頭をよぎるのだ。もちろん聖女がいたお陰で助かったし、体調を気遣ってくれているのもわかる。


「いや、うん、わかるんだけど……うん……」

「だーりんは、おにくきらいでち?」

「好きだよ、うん好き。でも、今は食べたい気分じゃなくてさ」


 その“今”がいつまで続くのかは、当の本人でもわからないのだが。

 聖女は眉尻を下げて「そうなの?」と干し肉にかじりつく。その目が美味しいわよと訴えている気がしたが、魔法剣士は気づかないフリをした。


「そういえばさ、二人はなんで旅してるの?」

「あん? なんでお前に話さなきゃいけねぇんだ」

「それはねぇ」

「姉貴はなんでも話しすぎなんだよ! 少しは黙っててくれ!」


 舞手が姉に対し口調を荒げることなど今まで無かった。だからか、聖女は少し目を丸くした後、その二重の瞳から大粒の涙を零し始めたのだ。


「え、え? お姉さん、あの、大丈夫……? まいちゃん! お姉さん泣かせちゃ駄目だろ!」

「お前も少しは黙ってろ! 魔法のひとつも使えないヘタレ野郎が!」

「ぼぼぼ僕は確かに魔法使えないし、なんなら剣も握ったことないし、干し肉食べれないけど!」

「自覚してるなら食え!」

「ふたりとも、おちつくでち!」


 舞手がほぼほぼ一方的に掴みかかる形で、二人は言い争いを続ける。必死で止めるフワリンの声は届いていない。


「まいちゃん、お姉ちゃんね……」


 涙を指ですくい、それから聖女は嬉しさが抑えられないとばかりににっこりと微笑んだ。その真意がイマイチ汲み取れず、二人と一匹は聖女の言葉を待つ。


「お姉ちゃん、嬉しいわ! まいちゃんにも反抗期が来たなんて! お祝いしなきゃ!」

「おい姉貴、何言って……」

「この辺りに町はあったかしら? まいちゃんの好きな、砂糖たっぷりのハニートーストを買いましょう! あぁでもあるかしら。無かったらまた考えましょう!」

「それなら、この先に町があるからそこに向かおうよ!」


 聖女に続き、はしゃぎ出す魔法剣士に呆れたのか、掴む手の力が弱くなる。魔法剣士はそれを片手ずつ離してやり、それから舞手の肩を二回叩いた。


「まいちゃん。ハニートースト食べような」

「うるせぇ!」

「ほげらっ」


 頬を容赦なく殴られ、魔法剣士はそのまま伸びていく。フワリンだけが「だーりん!」と顔の上で跳ねながら心配し、聖女は明日の予定に胸を踊らせる。

 舞手か? ウンザリしていたさ。好物を嫌いな奴に知られたことにも、相変わらず話の通じない姉に対しても、な。




 魔法剣士の村は、“緑の国”の西端に位置している。

 一行はそこから東へと歩き、そして翌朝の昼過ぎには賑やかな町へと辿り着いた。


「わぁ、人がいっぱいだぁ……」

「しっかり歩け、ぶつかるぞ」

「っとと」


 注意されたばかりだと言うのに、早速道行く人とぶつかりそうになり、魔法剣士は慌ててよけた。


「それにしても、なんでこんなに人がいるんだろう」


 魔法剣士は首を傾げながら辺りを見回す。

 住人はもちろんのこと、商人や冒険者は当たり前として、大道芸人、更には小さな子供が多いように見える。


「そろそろ入校の時期だからよ。忘れちゃった?」

「入校……、あ」


 そう、魔法剣士も通っていた学校。そこに入校する時期と被っていたのだ。

 基本的に、全ての子供は学校へ通い、学ぶことが義務付けられている。しかし学校はどこにでもあるわけではなく、こうした町に建てられている為、村出身の子供たちは、親元を離れて決められた施設から通っているというわけだ。


「お前、友達いなかったタイプだろ」

「そんなことないですぅ。モテモテでしたぁ」

「ほう?」


 疑いの眼差しを向けられて、魔法剣士は「う」と言葉に詰まる。


「もう、まいちゃん意地悪しないのよ? お友達出来て嬉しいのはわかるけど」

「だから友達じゃねぇ」

「僕は友達だと思ってるよ! ボッチ仲間!」

「うるせぇ!」


 いつも通りの騒がしさだが、この賑やかさの前では気に留める者は誰一人としていない。

 そうして歩き、町の広場までやってきた。中央に噴水があり、それをぐるりと取り囲むように店が並んでいる。


「ハニートーストあるかしら」

「無くていい。てか姉貴、金あんのかよ」

「あんまり?」


 聖女は頬に指を当て、小首を傾げてみせる。一般的な男性ならば、その仕草に見惚れるのだろうが、幼い時分から見ている弟にそれが通じるはずがない。


「毛皮はどうした」

「寒かったから地面に敷いちゃった。包まったらあったかかったわぁ」

「つまり?」

「駄目にしちゃった」


 あんなに売ると言っていたではないか。

 いや、そもそも自分がついていながらなんでそんなことに。そこまで考え、そうだあの日は魔法剣士のことがあった後で、姉の行動を見きれていなかったのだ。


「備品買うこと考えようぜ……」

「お金かぁ、僕も持ってないしなぁ」

「お前はそもそも頼りにしてねぇ」

「酷くない?」


 また言い合いが始まるかと思いきや、何かに気づいたフワリンが、魔法剣士の頭の上で何度か跳ねる。


「だーりん、だーりん」

「ん? どしたの?」

「あのこ、ひとりぼっちでち?」


 あの子、とフワリンが示したのは、短く切った黒髪が印象的な五、六歳ほどの少女だ。最初に念入りに言っておこう、少女だ。

 その光景は、同じ年頃の子供が集まるこの時期には珍しくもなんともない。ただそうだな、少女の死んだような光のない瞳は、他の子供と比べても異様な光景に映った。


「迷子、かな」


 少女は噴水の縁に座ったままで、微動だにしない。

 視線もずっと足元を見つめたままだ。


「ちょっと僕行ってくる!」

「は? おいヘタレ!」


 舞手が止めるのも構わず、魔法剣士は人をよけながら噴水まで歩くと、その隣におずおずと座った。


「あの、君、迷子?」

「……」

「一人は危ない、よ?」

「……」

「無視されるのは、流石にお兄さん傷ついちゃうなぁ、なんて……」

「……」


 瞬きこそするものの、話を聞いているのか判断がつかない。隣に見知らぬ他人が座って、更に話しかけてきているのだ。声ぐらい上げてもいいと思うのだが。

 何を言っても無反応な少女に、魔法剣士もまた足元に視線を落とす。楽しい話題のひとつでもあれば良かったのだが、生憎、奴はそんな器量よしでもないしな。


「勢いよく言ってた割に、お前無視されてんじゃねぇか」


 にやりと意地の悪い笑みを向けた舞手に、魔法剣士が「だってさ……」と言いかけ、少女をちらりと見る。やはり微動だにしない。


「迷子じゃないのかもしれないなぁ」

「じゃ、誰か待ってんだろ」

「誰かって?」

「そりゃお前……」


 少し遅れてやって来た聖女が「あら?」と少女を見つめる。そして視線を合わせるように屈むと、


「ちょっと、手、握らせてね?」


と優しく少女の右手を両手で包んだ。されるがままの少女を、魔法剣士が心配そうに見る。自分より他人に気を使うとは、こいつも大概だな。


「やっぱり……。この子、呪いの類をかけられてるわ」

「そんなことって出来るの?」

「えぇ。でも、なんでこんな小さな子が……」


 聖女は「ありがとう」と微笑んでから、両手を離し、少女の頭を優しく撫でた。それにつられて、魔法剣士も撫でようと手を伸ばしたところで、


「この変質者め! その子から離れな!」

「へ!?」


と凄い勢いで飛んできたホールケーキが、魔法剣士の顔面に直撃し、その勢いのまま噴水へと倒れ込んだ。反動で空中へ飛んでいったフワリンはというと、舞手が華麗に受け止めて事なきを得たのだが。



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