きおくを辿っては行き着かない話。
どれくらいか眠り、魔法剣士が再び目を開けた時。自分に寄り添うようにして眠る黒髪とピンクの毛玉が見え、魔法剣士はそれに安心し、小さく息を吐いた。
起こさないように気を使いながら体を離し、すやすやと眠り続ける少女に、布団をかけてやる。それから布団を出、自分がどこにいるのかと辺りをゆっくり見回してみた。
氷で出来た建物の中にいるようだが、不思議なことに全く寒くはない。氷の壁にも触れてみたが、こちらも冷たくなく、むしろほんのりと暖かいのだから尚不思議なものだ。
「皆は外かな……」
一歩踏み出すと、腹に重い痛みが走る。それに一瞬だけ顔をしかめ、魔法剣士は氷で出来た扉へと手をかけた。
「うわぁ……、綺麗だなぁ」
光を反射して輝く氷。それらは七色に輝き、ふわふわと宙を漂っている。木に積もった雪が地面に落ちる音で我に返り、魔法剣士は扉を閉めた。
部屋だと思っていたのは小さな家だったようで、高さは魔法剣士より少し高いくらいか。戦士ならば、確実に頭をぶつける様を思い浮かべ、つい頬が緩んだ。
「起きたようだな」
「ぁ……」
噂をすればというやつだ。
魔法剣士はなんとも言えぬ表情をするが、すぐに顔を引き締めると、頭を深く下げた。
「ごめん。僕が」
「何を言っておる」
戦士の大きな手が、魔法剣士の頭を強く、しっかりと、そして優しく撫でる。
「よくやったではないか」
その言葉に、意図せず魔法剣士の口から嗚咽が零れるが、その顔を上げることはしなかった。
「なんで……っ、まいちゃんも、戦士も、僕を責めないんだよ……! 僕、僕……」
「そうだな、貴公を責めるのはお門違いというものだからだ。まぁ、少しは落ち着いて話を聞け」
「うん……」
顔を上げた魔法剣士に、戦士は歯を見せ笑うと「こっちだ」と先を歩き始めた。その後を追いかけながら、魔法剣士は家々に隠れるようにして、こちらを伺っている“何か”に気づく。
「ねぇ、戦士。あれは?」
「雪妖精たちだ。貴公を助けたのも彼らなのだが、まぁ、話は後でも……」
言いかける戦士を無視し、魔法剣士は隠れている“何か”に走り寄っていく。戦士が苦笑いするが、止める気などほとほとない。
「ねぇ! 君たちが助けてくれたの?」
そう言い家の影を覗き込む。そこにいたのは、二人組の男女の子供だ。
「……」
不安そうな二人を怖がらせないようにと、魔法剣士はなんとか口の端を持ち上げ笑ってみせる。涙の跡が残っているのは、この際ご愛嬌だ。
「ありがとう。ごめんね。人間を助けるの、怖かったでしょ?」
「……」
二人はお互いの顔を見合わせ、それからふるふると首を横に振った。戦士もまた近くまで来ると、
「それなんだがな、魔法剣士殿。雪妖精たちは」
「パパー! ママー!」
と元気な声が聞こえ振り返れば。
ふわふわな服に身を包んだ、五、六人の子供たちが、こちらへ向かって走ってくるのが見えた。
「え? パパ? ママ?」
わけもわからず立ち尽くす魔法剣士の横まで走ってくると、子供たちは二人組に飛びついた。どう見ても全員が十才にも満たない子供に見えるが、子供たちのはしゃぎようを見るに、この二人組が親らしい。
「ん? んんん? どゆこと?」
魔法剣士の視線に、戦士はやれやれとため息をひとつつき、
「ここ“青の国”の地上は見た通り極寒の地でな。ほとんどの人間は広い地下街に暮らしているのだ」
「でもここ地上だよね? それに雪妖精が両親って……」
そこまで言いかけ、子供たちが訝しむような視線を魔法剣士へ向けていることに気づく。
「……ごめん戦士、案内の途中だったね」
「うむ、では行こうか」
同じような小さな家々を抜け、少し大きめの屋敷が見えてきた頃、先を歩いていた戦士が立ち止まる。その背にぶつかる形で魔法剣士も立ち止まり、何事かと戦士を見上げた。
「地下の生活は、貧富の差が激しい。なぜかわかるか?」
「ええと、資源がないから、とか?」
「まぁ、そんなとこだ」
戦士の隣に並んだ魔法剣士が不思議そうに首を傾げる。
「口減らし、というのを魔法剣士殿は知っているか?」
「いや、わかんない……」
「余りいい話ではないのだが、人口が多ければその分資源を必要とする。間引いているのだ、人を、人が」
間引く。それは実家ではよく聞いた言葉だ。だから魔法剣士はその意味に気づき、顔を強張らせた。
「例えばそれは、富豪に買われたり。闘技場で戦わせる為の魔物の餌であったり。あとはそうだな……」
「もう、いいよ。わかった」
「そうか。まぁ、その中でも、自ら逃げて地上へ出た、もしくは泣く泣く手放した子を、こうして雪妖精らが育てているのだ」
「そうなんだ」
先ほどの子供らを思い出し、魔法剣士は悲しげに目を伏せた。
「そう貴公が悲観することはない。そうそう、雪妖精の掟でな。雪妖精は古老殿の許可がない限り、外部の者とは話せぬのだ。さぁ、古老殿と会おうではないか」
そう戦士は肩を叩き、魔法剣士は「うん」と弱々しい笑みを見せる。そうして屋敷への扉を潜れば、少しうんざりした顔の舞手と、仁王立ちする雪妖精の幼女が、魔法剣士を振り返った。
「元気……、じゃねぇよな」
舞手に言われ、魔法剣士はまた顔から笑みが消えていることに気づいた。慌てて笑ってみるが、上手く笑えず、舞手が「無理すんな」と幼女と再び向き合った。
「んで? オレらに頼み事ってなんだ?」
「そう焦るでない、人の子よ。まずはそこの赤の子、もう身体は癒えたかえ?」
「あ、赤……?」
魔法剣士は首を左右に振り「僕?」と自分を指差した。幼女は「他に赤の子はおらぬぞ?」と、さも当たり前のように言い放ち、魔法剣士に首を傾げてみせた。
「あ、は、はい。お陰様で……」
「それなら良い。話はそこの青の子から聞いた。お主らの仲間が四天王に攫われたとな」
「……」
魔法剣士の表情が曇るのを、舞手は見逃さなかった。奴は手を二回、大袈裟なほどに叩いてみせ、
「だから、助けに行くっつってんだろ?」
と口の端を持ち上げてみせた。途端に魔法剣士の顔が明るくなり、舞手に詰め寄るとその肩を掴んで力強く揺する。
「まいちゃん、それ本当!? 本当に助けに行けるの!?」
「やめろ! 揺するな!」
「ねぇまいちゃんってば!」
「くっそ離せ! おいおっさん!」
堪らず舞手が声を上げた。戦士が苦笑し、魔法剣士を引き剥がしてやると、舞手は首を傾け何度か鳴らしてから、
「今その話をしてんだよ。だからおっさんに、お前を呼びに行ってもらったんだからな」
と腕を組んだ。すると今度は戦士に掴みかかり、
「それなら早く言ってよ!」
「言うも何も、話を始める前に俺は呼びに向かったからな。まだ何も聞いていない。安心しろ」
「安心とかそういうんじゃないよ、もう……」
しかし、これで魔法剣士にいつもの明るさが戻ったのも事実で、やっと落ち着いて話が出来そうだ。雪妖精が三人を順に見、そして頷く。
「では改めて人の子よ。妾は雪妖精の古老、その片翼ぞ。妾の願いを聞き届けてはくれまいか」
「そのお願いは、お姉さんを助けることにもなる?」
「うぬ。まずはお主ら、妾たち雪妖精についてどこまで知っておる?」
魔法剣士と舞手が揃って戦士を見る。が、流石の戦士も“妖精”については疎い。首を横に振った戦士に、幼女いや古老は「そうか」と頷いた。
「雪妖精は、ひとつの核をふたつに分け、番と呼ぶ半身と共にその生涯を過ごしておる。しかし最近、どうやら人間が雪妖精の番を狩っておるようでな。ただの人間にかようなこと出来るわけがない」
「もしかして四天王が?」
「左様じゃ」
古老が奥を示す。習ってそちらを見れば、雪妖精を氷の中に閉じ込めた、それはそれは美しく、幻想的な装飾品が飾られてあったのだ。
「妾たちは半身と離れる、もしくは失ってしまうと、己の怒り狂う心を鎮める為に、その身をああして封じ込めるのじゃ。じゃが、中にはそのまま狂う者が出てしまう。そういった者は雪女と呼び、もう元には戻らんのじゃ」
雪女。それは船の中でリーパーが口にした単語だ。だから人間が嫌いだとも、奴は言っていたがな。
「その雪女を倒すのが、お願いってこと?」
「うむ。妾たちでは同調してしまう故、近づくことも出来んのだ。人の子よ、辛いかもしれぬが……」
「やるよ、僕」
即答に近い返事に、一番驚いたのは舞手だ。
「お前、いいのか」
「だって、そのままも辛いかなって。悲しい中に一人でいるのも嫌じゃん。誰かが側にいれればいいんだけど、きっとその子は、何も見えなくなっちゃったんだよね。だから、さ」
舞手は何も返さないが、戦士は違ったらしい。大きく頷いてみせると、古老を正面から見据える。
「ではどこにおるのだ? 人を唆す四天王と、怒り狂うご令嬢は」
古老は屋敷の扉、いや外の世界を指差す。
「あの輩は趣味が悪くてな。気に入りのおなごを見つけては、隠蔽された里、いや奇跡の村の廃墟で、飾りつけ、眺めてから、ありつくそうじゃ」
聞くだけで趣味の悪いそれに、思わず魔法剣士も素直に、
「え、気持ち悪……」
とつい口にしてしまい、古老から笑われたのは、まぁ魔法剣士にしてみればいいこと、だったのかもしれないな。




