初冬の月。
初冬の月、十二日。
辛そうな表情をする白髪の彼は、口を押さえて何度目かの咳をした。珍しく苦しそうなそれに、僕だけでなく、黒髪少女も心配そうに彼を見つめている。
「げほっ、げほっ……」
「おらよ! もっと頑張れんだろ!」
青髪翠眼の親友が、綺麗な顔に似つかわない口調で、白髪の彼の背中を乱暴に叩いた。止めたほうがいいのかと、親友の姉である聖女様を見るも、我らが美しい聖女様は、ローストビーフに舌鼓を打っている。
「美味しいわぁ。これおいくらかしら?」
「ハッハッハッ、姉上殿。何も案ずることはない。リーパー殿がなんとかしてくれるだろう」
「そうね! リッちゃん一番年上だもの、頑張ってもらわないとねぇ」
年上というか、ジジイを通り越して生きた化石に近いと思うんだけど。まぁ、彼の年がいくつなのかはこの際どうでもいいし、本人も数えてはいないようなので、それは大事ではない気がする。
「リー、だいじょうぶ……?」
やっと最近話せるようになった黒髪少女である義妹が、咳込み続ける彼に近寄り、親友に叩かれた背を優しく撫でる。同時に親友を睨みつけるが、なんとも可愛いらしい姿に、思わず頬が緩んだ。
「だ、大丈夫、だから……。えぇと、ありがとう」
「リー!」
花が咲いたように笑う義妹。あぁ、僕にもああやって笑ってくれないかなぁとちょっとジェラシーを感じるけど、二人の距離が多少なりとも近づいたのは素直に嬉しい。
そんな二人に親友は舌打ちをして、彼の頭をこれでもかというほど強く叩いた。義妹が「あー!」と悲鳴を上げて、それから親友をポカポカと叩き出す。
「やめろチビ! 邪魔すんじゃねぇ!」
「いじめる、だめー!」
戯れ合っているようにしか見えないけど、あれでも至って二人は真面目だ。
僕は苦笑いして、もしゃもしゃとサラダを食べるピンクのもふもふな魔物、いや僕の大事な友達に「ミルクいる?」と聞いてやる。
「のむでち!」
嬉しそうにする友達の皿に、僕はミルクを少しだけ注いでやって、あぁ……と頬杖をついた。
こんな日が。
こんな普通の日が。
送れるのが、ただただ嬉しい。
※
またあの店に来たようだ。これで三度目になる棚には、あれからさほど変わり映えのしない瓶やら箱やらが置いてある。客など来るのだろうかと首を傾げる。
「やはり来たのか」
聞き慣れた声に、カウンターの奥に目をやる。
銀髪の、耳が長い彼は、呆れた様子ではあるが、やはり自分を追い出すつもりはないらしい。同じように空いている席へ座ると、
「なんだ、図々しくなったな。まぁいい、さてどこまで話したか」
と鼻で笑った。彼はカウンターへ腰かけ、腕組みをし、そして話し始める。
次なる話、“青の国”の、寒々しい話を――。




