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いかずとも、向かわずともな話。

 朝日が登り始めた頃。その眩しさで魔法剣士は目を覚ました。


「……?」


 とりあえず起き上がり、はて、と太陽に向かって正座をし考えてみる。

 なぜ自分は、こんな大自然に包まれて寝ているのだろうか。野宿をしていた割には、周りに仲間の姿は誰一人としていない。


「もしかして……、置いてかれた!?」

「やっと起きたのかね」

「あああああ! 悪魔の声が聞こえる! もしかして僕死んだの!?」


 頓珍漢とんちんかんなことを捲し立て、魔法剣士は背後の声の主を振り返った。もちろんそこにいたのは、あの“学者先生”だ。学者は可笑しそうに笑いながら、手に持っていたパンを魔法剣士に差し出す。


「ハッハッハッ。悪魔ではない、魔族だ。そこは似ているが、あちらが貴様らで言うところの概念存在に近いのに対し……」

「わかりました! わかりましたから!」


 魔法剣士はそのパンを受け取り、遠慮気味に「……りがと」とかぶりついた。

 朝日を見ながらの朝食もいいものだ。まぁ、こんなことになったのも、元はと言えば、満足そうに笑っている学者のせいではあるのだが。


 昨夜、あれから魔法を使い続け、体内の魔法力を切らしかけると、強制的に学者から魔法力を与えられ、そしてまた魔法を使い……という、思い出すだけで吐き気がするような特訓をされ続けた。

 魔法力より身体の限界を超えた魔法剣士は、糸が切れたようにいきなり倒れ、そして気づいた時には、朝のあの状態になっていたというわけだ。


「駄目だぁ、疲れたぁ、眠いぃ」

「そう言っているところ悪いが、そろそろ宿へ帰る時間だ。貴様の“仲間”も既に起きているのではないか?」


 悪いと思うならば、なぜ早めに帰してくれなかったのかと言いたくなったが、それを言う気力すら今の魔法剣士にはない。最後の一口を飲み込むと、掛け声と共に立ち上がった。


「あぁ、そうだ。青少年」

「……」


 少しの反抗心を込めて、無言で見るだけにするが、やはりと言うべきか、学者は気にも留めずに話しだした。


「一晩見させて思ったが、やはり貴様は、今の脆弱な人間にしては珍しく、うたを必要としないのだな」

「あー、僕って賢くないからさ、覚えられなかったんだよね」


 頬を掻き、魔法剣士は昨晩を思い出す。

 それこそ数え切れないほど魔法を使ったが、うたを唄ったのは一度たりとてなかった。それが原因で、わりかし無茶苦茶な魔法になったのだと魔法剣士は思っていたのだが、


「違う、どちらかといえば褒めているのだ。まぁ、つまりはこちら側に近いということだが、そう言われるのは不満か?」


 どうやら違うらしい。

 魔法剣士は「不満、かぁ」と堪えきれずに欠伸をし、それから少し疲れが滲む笑みを見せた。


「もしそっち側だったなら、僕は毎日好きなことやって過ごしたいけど、多分それってつまらないんだろうなぁ」


 それを聞いた学者は口元を緩め、それから魔法剣士の肩を二度叩いた。


「自信を持ち給え、青少年。いつでも選択肢は無限に広がっているのだ。今こうしている間も、貴様が寝ている時でさえも。もし選択に困った時は花弁でもむしってみ給え。そうして決めるのも、いいものだ」

「痛い痛い、力強すぎ」


 学者はまた笑い、それから「では」と魔法剣士の頭に手を伸ばし羽を抜いた。魔法剣士が「いたっ」と頭を押さえたが、それに構うことなく、学者はその羽で宙に何かを描くように振る。

 途端学者の周囲に大量の羽が舞いだし、その姿を見えなくしていく。羽が収まった時には既に学者の姿はなく、唖然とその場を見つめる魔法剣士だけが残った。


「……え? こっから歩いて帰んの!?」


 我に返った魔法剣士が、姿、いや、いた形跡すらなくなった学者に向かって叫ぶが、返事などあるわけもなく。

 遠目に見える北の街に、涙が零れそうになるが、帰るしか道はない。心が折れそうになる中、それでも歩き続け――途中で迎えに来たらしいリーパーに抱えられ、街の近くまでなんとか帰ってこれたのだ。




「ねむだい、ねだい……」

「おいおい。こいつはなんで隈なんか作ってんだ?」


 一行は遅めの昼食を摂ろうと、適当な店へと入った。人数が人数だけに、テーブルひとつでは足りず、ふたつに分けて座ることに。昼時ではないからか、空いていたのが幸だ。


「リーパーに意地悪された」

「キミさ、テーブル違うからって聞こえてないと思ってないかい?」


 隣のテーブルから不機嫌な声が飛んできたが、少しくらい嫌味を言ってもいいだろう。


「だってー、リーパーがちゃんと魔法を教えてくれないからいけないんですぅ」

「それは……」


 バツの悪そうな顔をするリーパーを見、魔法剣士は「ごめんごめん」と苦笑いをした。隈が無ければいつも通りに見えなくもないが、如何せん、今日の奴は疲れが取れきれていない。


「ま。寝るなら丁度いいタイミングだな」


 運ばれてきたハニートーストにナイフを入れ、一口サイズに切り分ける。同じテーブルの少女が目を輝かせるのに気づき、舞手は「ったく」と毒づきながらも、一欠片、少女のパンケーキの皿に乗せてやった。


「“青の国”へは、今まで定期船しか無かったんだが、なんでも古代の“魔法船”とやらを発掘したらしい。それを頭の良い“先生”とやらが、修理、改装をして乗れるようにしたらしいぜ」

「いや! もう“先生”なんて聞きたくない!」


 魔法剣士はそう言い、耳を塞いで頭を振った。その理由は戦士とリーパー、ロディアのみが知るというところだが、まぁ後で魔法剣士自ら話すだろう。


「ふんふん。まいちゃん、まさかそのお船に乗るつもりなのかしら?」

「あぁ。なんでも試しに乗ってくれる奴を探してるらしい」

「まぁ! お姉ちゃんたちでもいいのかしら?」


 サラダサンドを豪快にかじり、聖女が「チキンにすれば良かったかしら?」と小首を傾げる。


「命知らずを募ってるらしいぜ」

「ふむ。定期船の出航は、かの騒動があってから未定だと聞いている。ここはその策に乗るのも一興かもしれぬな」


 そう言い、ベーコンエッグを食べる戦士が豪快に笑った。


「それしか方法がないなら行くしか……、ない、よね」


 余り食欲がないのか、ホットミルクを啜り、それから魔法剣士はテーブルに突っ伏した。そのままイビキが聞こえてきたものだから、舞手は力いっぱいに頭を叩いてやる。


「いでっ」

「起きろ、ヘタレ野郎。こんなとこで寝るんじゃねぇ」

「だって……だってぇ」


 泣き言を言いそうになるが、少女がじいっと見つめてくるものだから、魔法剣士は「おぎでる……」と鼻を啜りながら体を起こした。


「では終わり次第、その先生とやらに会いに行こうではないか。義弟おとうとよ、案内を頼んだぞ」

「だからオレは……」


 舞手が戦士を見、何かを言いかけて、しかしフッと息を吐き「わかったよ」とハニートーストを頬張った。





「遅いではないか、青少年!」

「ほらやっぱり! 嫌な予感したんだよね! てかなんで置いてったの!」


 仁王立ちし「ハッハッハッ」と高笑いをする女性、まぁ予想はしていただろうが、あの学者である。舞手が案内してくれたのは、今はまだ建設中だという例の“魔法船”着き場らしく、そこら中で作業員たちが慌ただしく動き回っていた。


「見てわかる通りだよ。船の整備、及び総指揮を任せてもらっているからね。ちゃんと朝の出社時間には間に合うようにしないとだろう?」

「じゃ、僕も一緒に連れてってくれても……」

「そんな面白くないこと、するわけないだろう」


 これ以上は無駄だと悟り、魔法剣士が肩を落とす。舞手から脇をつつかれ「あぎゃっ!」と悲鳴を上げるが、舞手は気にすることもなく、


「なぁ、知り合いか?」


と耳打ちした。魔法剣士は「後で、ね」と疲れを隠すことなく笑ってみせた。

 そんな一同に、ガタイのいい男が手で合図を送りながら歩み寄ってくる。


「おおーい、学者先生! この人らですかい? 乗りたいっていう命知らず、いや慈悲深い方々は」

「ねぇ、本当に大丈夫? 生きて帰れる?」

「あぁ、そうだ。聞いて驚き給え。彼らは自ら、この“魔法船”乗船第一号になりたいと来たのだよ。わざわざ“緑の国”からね」

「え? 違う違う、そんな楽しみにしてない」

「流石学者先生だ! 隣のお国まで評判が届くなんざ、今のご時世、四天王とお伽噺の白き妖精王(ヴァイフィーニ)くらいしかないでさぁ!」

「お伽噺……」


 合間合間に突っ込みを入れてはみたが、なんの効果もない。それどころか、自分たちはわざわざこれに乗りに来た物好き扱いだ。

 お伽噺扱いされた当の本人をちらりと見れば、話には全く興味がないようで、それよりも目の前に造られた巨大な“船”を見つめていた。


「リーパーもなんか言ったらどうなの」

「ん? あぁ、これの操作はもしかして……」


 嫌な予感と共にリーパーが学者を見れば。

 奴はやはりと言うべきか、ギラギラと目を輝かせながら、含み笑いをリーパーへと向けていた。


「リーパー、貴様がするしかないと思うが? 何せジブンはここの管理をしている身であり……」

「だそうだよ、魔法剣士くん。諦めて乗るしかなさそうだね」


 その諦めにも似たそれに、戦士が「行くしかあるまいよ」と、乗り場への案内をする男についていく。それに聖女、舞手が続く中、やはり覚悟の決められない魔法剣士が、少女を抱いたまま“魔法船”を見上げた。


「落ちない?」

「さぁね。落ちる可能性はあるだろう」

「うぅ……」


 渋々と足を動かし始めたその背に、学者の「安心し給え、落ちてもなんとかなる」とフォローにもならない声が聞こえた。更に顔をしかめるも、それが学者に見えるはずもない。


 “魔法船”。それはそれは高く、全長は五十メートルほどだろうか。その中にある技術は、魔法剣士だけでなく、他の面子も見たことがないものばかりだった。

 いや、リーパーは違ったな。手慣れた様子で手元のボタンを押していく。すると順番に、光る画面が現れていき、それらを確認し、リーパーは最後に赤く光るボタンを押した。


「そこら辺に座っていなよ。()()動くなら、それほど時間もかからないと思うから」


 ガタン、と船体が揺れる。まるで外の景色を丸々映したかのような光景が目の前に広がり、そして不思議な浮遊感が体全体に襲いかかってきた。


「わぁ……! わぁ!」


 少女と共にその光景を眺め――

 そして一行は、次なる大地“青の国”への旅路を始めたのだった。





 一行はこうして“黄の国”を後にしたわけだが……。おや? 貴様も帰る時間が来たようだな。

 俺も長時間話すのは疲れた。キリもいいことだ。今回はこの辺りで一区切りといこうか。


 また貴様が来た時。

 その時を、楽しみにしているといい。



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