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かなでる命、過ぎ去る話。



 魔法剣士一行はこうして歩き続け、緩衝地帯の街を出てから六日目の夜、やっと北の街へと辿り着いた。門兵に滞在証を見せた際「緩衝地帯で何かあったのか」と聞かれたが、色々と聞かれるのも面倒くさく、何よりも早く宿にて休みたいのもあり、そこは戦士が上手いこと誤魔化した。


「あー! やっとお布団だー! 冷たい地べたはもう嫌だー!」


 部屋に入った瞬間これだ。魔法剣士は枕に顔を埋め、最早うとうとしだしている。しかし寝かせてたまるかと、魔法剣士の背中でロディアが跳ね回り、


「だーりん! おふろいくでち! ふわふわにするでち!」

「えぇー。ちょっとくらい休ませてよ……」


 その“ちょっと”がちょっとで済まないことくらい、いい加減ロディアもわかっている。確かに毛を綺麗にしたいのもあるが、ロディアとしては自分の“伴侶”に多少なりとも身綺麗にしてもらいたいのだ。


「ハッハッハッ。魔法剣士殿、少しは身なりにも気を使わんか。普段が余り綺麗に出来るものではないのだからな」

「戦士まで……っと、あれ? まいちゃんは?」


 体を起こした魔法剣士は、部屋の中を探してみるが、舞手の姿はどこにもない。というより、ベッドも自分のを合わせて三つしかない。

 元より、舞手が泊まることを想定されていないようだ。魔法剣士は、ベッドに座り本を読むリーパーに「ねぇねぇ」と枕を投げつけた。軽くかわされたが、予想していたことだ、今更驚くこともない。


「キミは人を呼ぶのに、物を投げる教育でも受けてきたのかい?」

「まいちゃん知らない?」

「……」


 説教のひとつでもしようかと思ったが、この様子だと言っても意味がないだろう。けれどもリーパーは、せめてもの反抗をすべく、再び無言で本を読み始める。


「リーパー冷たいなぁ。戦士は? 知らない?」


 戦士は床に落ちた枕を拾い上げ、それを魔法剣士に手渡してやりながら、


「一人で情報収集をすると言っていたな。まぁ、集合するのはまた明日の朝だろう」

「また? 僕悲しい……」


とわざとらしく枕に顔を埋めた。戦士はそれに笑い、それから「支度をせんか」と魔法剣士の頭をくしゃりと撫でる。まだ口を尖らせつつも、魔法剣士は渋々用意をしだす。


「じゃ、リーパー。ちょっと行ってくる」

「早く行ってくれ。ボクは静かに本を読みたいんだ」


 酷い言い様に聞こえるかもしれないが、呼ばれるたびに枕を投げつけられるのも困るからな。実際二人と一匹、いや、正しくは魔法剣士が部屋から出ていった瞬間静けさが戻る。

 リーパーは本を傍らに置くと、ベッドにごろりと横になった。天井にかざすように付き出した指の隙間から光が見え、リーパーは眩しそうに目を細める。


「頼むから……、もう、来ないでくれ……」


 それは、孤独に慣れた奴の、いや慣れようと必死に足掻く奴の、願いなのかもしれない。





 この宿に風呂は無かったため、魔法剣士たちは通りの風呂へとやって来た。たっぷりの湯で身体を流し、疲れを癒やし、さて帰るかと宿への道を歩き出す。ロディアは湯冷めしないようにと、戦士が懐に入れてくれた。

 月はもうすぐ真上に移動するだろう。こんな遅くまで起きていることは最近ザラで、いやそもそも安心して眠れることが稀だ。だから魔法剣士は、上機嫌に鼻歌を歌いながら月を見上げながら歩いていた。


「魔法剣士殿!」

「だーりん、まえ!」

「ふえ?」


 名前を呼ばれ意識を戻そうとし、


「いた!」

「いたぁい!」


と前から歩いてきた誰かとぶつかってしまった。相手はそのまま尻もちをついた。


「っと、わわ、すみません!」


 魔法剣士は頭を下げ、それから尻もちをついたままの相手に手を伸ばし、相手が女性なことに気づく。明るいオレンジの髪は目を引き、その白い目はなぜかリーパーを思い出させた。

 女性はしばし魔法剣士の手を見つめ、それからとろんとした視線で見上げた。赤く染まった頬、潤んだ瞳、うっとりするようなこの表情。明らかにこれは、


「僕に一目惚れ!?」

「ふむ、酔っているな」

「そうって言ってほしかった……」


 戦士も屈み、未だぼんやりとしたままの女性に優しく尋ねる。


「してお嬢さん、気分はいかがかな?」

「あ〜、わるくないれす〜。ん〜、おにいさんは、まろくれすら〜?」

「ま、まろく?」

「……」


 上手く聞き取れない魔法剣士とは逆に、戦士の顔が引きつった。しかしそれをすぐに内へと隠すと、いつも通りに頬を緩ませ、


「お嬢さん、大分だいぶん飲んだようだが、余り女性が一人で出歩くのは関心せんな。良くない輩は、こうした街にはいつでも蔓延はびこっているものだからな」


と手を取り立たせてやった。女性は多少ふらついたものの、戦士に「ありがと〜」と言い、その逞しい背中を強く叩く。


「良かったら送るよ?」


 魔法剣士の申し出に、女性は「いや〜」と頭を掻き、


「おさけにきえらんだよね〜」

「つまり」

「おにいさんらち、わらちをとめれくれない?」





「それで? 拾ってきたのかい?」


 心底不機嫌なリーパーに、魔法剣士が「犬猫じゃないんだから、その言い方は」と反論しかけるが、鋭く睨まれてしまっては「スミマセン」と肩をすぼめるしかない。


「第一、キミに育てられるのかい? 最後まで責任を持ってだね……」

「待って待って、なんで僕が飼うみたいな話になってんの? いや飼う飼わないじゃないんだけどさ」

「戦士くんも一緒にいて、一体どうしてこうなったんだい? ちゃんと拾った場所に返して……」

「なんだろこれ、デジャヴかな?」


 いつぞやの時のように、二人の会話は全く噛み合っていないように思えるが、その実そうではない。先ほどまでふらついていた女性は、リーパーの姿を認めると、


「やぁ。どれくらいぶりかね?」


とにこやかな笑みを見せたのだ。


「え? さっきまでのあれは? 演技?」

幼気いたいけで純粋な青少年を騙してすまないが、ジブンの為でもあるのだ、赦し給えよ」


 戦士は予想していたのか、余り驚くこともなく、女性に湯気の上がるカップを出してやりながら「白湯だが」と勧める。女性は「すまないな、感謝する」とそれを啜り、物珍しげに魔法剣士をまじまじと見つめた。


「あ、あの、僕に何か……?」


 物怖じしているというより、女性に見られていることへの緊張で強張らせながら、魔法剣士もまた女性を見つめ返した。


「いや? 何百年と姿を見せなかった同胞を連れ歩く人間に興味が湧いてね。どんな強い人間なのかと疑問に感じたのだけど……」


 女性はプッと吹き出し、それから豪快に腹を抱えて笑いだした。


「ひっっっど! 自分の力すら把握出来ていない! 白き妖精王(ヴァイフィーニ)が形無しじゃあないか!」

「僕を馬鹿にするのはいいけど、声! 声! 小さくして!」


 魔法剣士が女性の口を押さえ、静かにと人差し指を立てる。理解してくれたのか、女性がひとつ頷くのを見、魔法剣士は手を離した。


「この人リーパーの知り合い?」

「騒がしい知り合いはキミだけで間に合ってるよ」

「君たちはさり気なくディスる趣味でもあるの?」


 言ってはみるが、まぁリーパーが聞くわけはないだろう。と、そんな二人を見ていた女性が「リー、パー?」と首を傾げ、


「それが今の呼び名かね?」

「はい! 僕が付けました!」

「プッ。“リーパー”、貴様のほうが犬猫じゃあないか。どうだ? 人間に飼われる気分は」


とその白目を細めた。最初に言ったことをそのまま返され、リーパーは悔しげに女性を見、しかし特に何を言うでもなく、慣れた手つきで本をゆっくりと捲っていく。


「気分を損ねたのならば謝罪をする。あぁそうだ、ジブンのことも人間に習い、学者先生と呼んでくれ給え」

「学者先生……? あ」


 聞き覚えのあるそれは、緩衝地帯に入る際、あの門兵が勘違いしたその人物だった。まぁ、魔法剣士の予想とは少し、いやそれなりにかけ離れた人物ではあったのだが。


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