手をかざした先に見る話。
聖女から治療を受けるため、とりあえず魔法剣士は地面に座る。胡座をかいてそこに少女を寝かせてやると、小さく服の端を掴んでくるのが可愛らしい。
聖女もまた側に座ると、魔法剣士の左手を取り、奇跡の魔法をかけ始める。魔法剣士はされるがままに治療を任せ、舞手の歩いていった方角をじっと見つめていた。
「……まいちゃんが気になる?」
「うん、友達だから。初めて出来た、大事な……」
即答した魔法剣士に優しく微笑んで、それから聖女は「私たちはね」と静かに話しだした。
「私たち一族は、代々族長が里を守るための幻覚を張っているの。だから余り“外”と関わることはないのよ」
「族長……、まいちゃんとお姉さんのお父さん?」
聖女がこくりと頷く。
「まだまいちゃんが小さな頃。ニ、三才くらいの時かしら。幻覚を破ろうとしている輩がいると言って、お父様は里の人たちと外へ行ってしまった」
赤みが引いてきた手を、聖女がゆっくりと動かす。微かにまだ痛みがあるが、先ほどよりもだいぶマシになったように感じた。
「今までにも何回かそういうことはあったから、私も安心して見送ったのを覚えているわ。でも……」
「お姉さん、もういいよ。もう、わかったから」
聖女にその先を言わせたくなく、魔法剣士はいつもより強く言葉を遮った。治療を終え離した手からは、もう赤みも痛みも引いている。
治療はほとんど終えており、このまま離れてもいいのだが、魔法剣士は逆にその手を掴み握り返した。聖女の姿が、いつもより小さく見えた気がしたからだ。
「お父様は一緒に行った人たちを先に逃して、自分は最後まで残ったのだと、帰ってきた人たちから聞いたわ。待てども待てどもお父様は帰ってこなくて、その三年後かしら、野盗が来たのは」
「三年後……?」
歌姫の言い方だと、割とすぐに来たような感じではあったが、実際は間が空いていたらしい。魔法剣士の疑問に気づいたリーパーが、
「ボクらはキミたちより長く生きている。三年くらいなら、昨日今日と変わりないよ」
と当たり前のように言い切った。魔法剣士が「まじで」とリーパーを見上げる。リーパーが頷いたのを見、魔法剣士は顔を引きつらせた。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。魔法剣士は聖女に微笑んでから手を離すと、
「とにかく、あれかな。今日は疲れちゃったし、早いとこ休んで、明日改めて出発しよっか」
と少女を抱き直して立ち上がった。それからリーパーに「この子お願い」と半ば押しつけるようにして抱っこをさせる。
「ちょ、ちょっとキミ……」
「僕はまいちゃんのほう見てくるからさ。ちゃんとお墓作るにも、一人じゃ大変だよ。あ、宿は同じとこで!」
言いたいことだけ言い、魔法剣士は「じゃ!」と手を振り走り出してしまう。なんとも勝手な奴に思えるが、このペースにいつの間にか呑まれている自分がいるのも事実だ。だから仕方なくもリーパーは「宿へ向かうよ」と歩き出したのだが、
「ふむ。力仕事なら俺もいたほうが効率もいいだろう」
「ちょっと、戦士くんまで……」
「リーパー殿、姉上殿と子女のことは頼んだぞ」
「ちょ、ちょっと」
どうしてこうも、次から次へと勝手なことを言う奴らだ。久方ぶりに頭が痛くなりそうな感覚を覚えながら、リーパーは聖女を振り返る。
「そういうことだから、宿へ向かおう。キミの怪我だって浅くはないのだし」
「……心配して下さり、感謝します」
「バレたくないのだろう? 早く行こう」
先を歩くリーパーの背に聖女は苦笑し、そして進みだした。倒れていた人々が次第に立ち上がり、頭を傾げる中を。
「まーいちゃん!」
その探していた背中は、わりとすぐに見つけることが出来た。あの騒動で門から見張りがいなくなったのか、それとも死んだのか。どちらにしろ、あっさりと外へ出られたのは運がいい。
地面へ寝かせた踊り子の傍らに佇み、舞手は何かを考えるようにその亡骸を見つめていた。その隣に並び、魔法剣士は膝をついて踊り子を眺める。
「まいちゃん。お墓、作るの?」
「……」
「作るなら僕手伝うよ。えぇと、何すればいいかな」
「……」
一向に何も語ろうとしないが、魔法剣士はそれを責めようとはしなかった。
そうして、風が二人の髪を何回か攫った頃。
「オレは、歌姫を探す」
「うん」
「探して、ぶちのめして、親父とあいつの仇を取る」
「うん」
「だから、ここでお前らとは別れようと思う」
「うん。って、うん!? 流れで頷いちゃったけど、ちょっと待って今の無し!」
目を見開き、舞手に「無しだからね!」と念を押す。
「まいちゃんは僕らといるの楽しくない?」
「楽しい楽しくないじゃねぇだろ」
魔法剣士は「んー」と首を左右に傾け、
「でも僕はまいちゃんとまだ旅したいよ。それにほら、一人じゃ組み手する相手がいないじゃん。まいちゃんも困るでしょ?」
と頬を掻いた。それでも舞手は何も言わず、踊り子の亡骸を見つめるばかりだ。しかし魔法剣士は気にすることなく、話を続ける。
「僕は困るなぁ。戦士は強すぎて話にならないし、リーパーはそもそも相手にしてくれないし。魔法すら教えてくれないんだよ? 酷くない?」
「……お前が困るだけじゃねぇか」
「そうだよ?」
悪気なく答えた魔法剣士の頭を、舞手は反射的に叩いていた。悲鳴が上がった気がしたが、気のせいだと流すことにする。
「なんで叩いたのさ」
気のせいではなかったらしい。
「なんでオレがお前に付き合わなきゃならねぇんだ」
「言ったじゃん、困るからって。だから明日からも一緒に来てよ。僕らと、ううん、僕と」
「……ったく。お前みてぇなヘタレに付き合わされるオレの身にもなれよな」
舞手もまた屈み、冷たくなった踊り子の体に触れた。そしてその懐に手を入れ、何かを探すように手を動かす。
「やだまいちゃん、ハレンチ!」
「ちげぇ! っとこれだ」
その手が握っていたのは、踊り子が使っていた扇だ。縁が金で出来ており、桃の花が描かれている。舞手はその扇をしっかり握りしめ、自身の腰へと下げた。
「さて。おっさんも来てくれたことだ。早いとこ墓建てちまおうぜ」
「え? 戦士?」
言われて振り返ってみれば、腕組みをし、会話が終わるのを待っていたであろう戦士の姿が。
「若いというのはいいものだな。友は大切にしろよ?」
「いやいや、戦士もまだ若いでしょ」
「おっと。そういえばそうだったか」
本気なのか冗談なのか。
どちらともつかない言い方をし、戦士は「早く手を動かさんか」と二人の背をばしりと叩いた。
日が沈む前には墓を作り終え、では宿へ戻ろうとした時だ。
「わりぃ。オレ行くとこあるんだわ」
「まさか別れるの!?」
「変な言い方はやめろ」
口を尖らせる魔法剣士をほっといて、舞手は戦士へ向き直った。戦士は「ふむ」とその視線を受け止める。
「オレは色々経験が足りねぇようだからな。ま、朝には帰るさ」
「承知した。宿は同じ場所と聞いたが、大丈夫か?」
「わかった。出発までには向かうさ」
「朝帰り? 朝帰りなの!?」
未だ騒ぐ魔法剣士の顔面を殴って黙らせると、舞手はひらひらと手を振り街へと戻っていく。魔法剣士が心配そうにそれを見送り、
「まいちゃん、一人で大丈夫かなぁ」
と鼻を擦る。戦士は歯を見せ豪快に笑うと、
「ま。奴は奴なりの考えや行動があるのだろう。帰ると言ったのだ、信じて待つしかあるまいよ」
「そっか。そう、だよね」
そうして二人も宿への帰路へとつく。
既に何部屋か取ってあるうちのひとつに入り、ベッドへ横になった瞬間、とてつもない睡魔が襲いかかり、魔法剣士はその誘惑に勝てず、すぐさま寝てしまった。




