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上座へ昇りゆく話。

 静けさが戻り、残ったのは歌姫ディーヴァの支配を解かれ倒れたままの人々、破壊された家々や道の破片、それから――。


「……」


 腕の中で横たわる踊り子に視線を落とし、舞手はその腹部に空いた穴をただただ呆然と見つめた。血は枯れ果てたのか、もう流れ出てすらいない。土色の顔も、力なく下がった腕も、あれほど美しかった髪も、もう動きはしない。


「んだよ……。聞けって言っといて……、勝手に死んでんじゃねぇ……」

「まいちゃん、ごめんなさい」

「姉貴のせいじゃねぇ……」


 舞手はそう口にはするが、明らかな悔しさがそこには滲んでいる。それは聖女だけでなく、魔法剣士にも痛いほど伝わってくるほどだ。

 その中、リーパーが何かに気づいたのか、煉獄インフェルノが消えた位置へと行き、そこに転がる青い石を拾い上げた。思い詰めたように小さく眉を潜めた後、それを誰にも気づかれないように懐へと仕舞った。


「さて、怪我人もいることだ。早く……」


 そう言いかけたリーパーが気づく。顔を上げた舞手が、何か言いたげに自分を睨むように見ていることに。


「なんだい?」

「……お前が」

「ボクが?」


 リーパーは面倒くさそうに腕組みし、それでも聞く気はあるのか、舞手の次の言葉を待つ。


「……お前がもっと早く来ていたら。そうすれば、こんなことにならなかった……」

「なるほど。キミはボクが遅かったからこうなったと思っているわけか」


 それは明らかな嫌味だ。魔法剣士が助けを求めるように戦士を見るが、戦士は止める気がないのか静観を決め込んでいる。リーパーの目が細められ、赤く染まっていく。怒りと共に。


「勘違いするなよ。ボクは確かにキミたちを任せられたが、勝手な行動をするキミの面倒まで見るわけじゃない」

「お前……!」


 舞手が踊り子の亡骸を静かに置き、立ち上がりざまにリーパーへ右拳を突き出した。それをひらりとかわし、リーパーは小さな舌打ちと共に舞手を地面へと捻じ伏せる。


「ボクを責めてキミの気が済むならどれだけでも責めるといい。だがキミ自身が一番理解しているはずだ。自身の弱さが、今回の事態を招いたことを」

「くそ……、くそ……」


 地面に伏した舞手から力が抜けるのを見、リーパーは組み敷いていた手を離した。


「……」

「あ。ごめん、起きちゃったかな」


 余りの騒がしさに、少女が目を擦りながら辺りを見回した。その目に倒れた踊り子の姿が映り、悲しげに目を伏せる。


「あ、あぁ、あの、あれは、その……」


 なんと言おうか考える魔法剣士。そんな奴の気持ちを知ってか知らずか、少女は何かを決意したように伏せていた目を上げるとリーパーを指差した。


「リーパー? リーパーがどうかした?」

「……、……!」


 何を言っているかはわからないが、奴にどうしても言いたいことが、いややってほしいことがあるのだと気づく。


「ねぇ、リーパー」

「なんだい? キミも言いたいことがあるなら」

「違う違う。この子が、なんか言いたいことがあるみたいだからさ、こっちに来てくれない?」

「はぁ……」


 リーパーは渋々魔法剣士へと歩き、少女の手が触れるか触れないかのところで立ち止まった。仕方がないので、魔法剣士のほうから近寄ってやると、少女はリーパーの頬をぺちりと叩いたのだ。


「……なんだい?」

「構ってほしい、とか」

「それならボクじゃなく、キミが……」


 言いかけ、リーパーは気づいた。


「あぁ、そうか。でもいいのかい? それをすれば、キミは死ぬかもしれないよ」

「……」

「え? 死ぬってどういうこと!?」


 魔法剣士の質問には答えず、リーパーは少女を静かに見据える。その視線を受け止める少女は、リーパーの気迫に多少押されながらも、その決意は揺らがないとばかりに対抗して見つめ返した。


「……そうか。なら、仕方がない」


 リーパーが少女の額に触れ、次にその手を目へ移動させる。最後に口に軽く指先を滑らせ、そして離した。

 何をしたのかわからず、魔法剣士が一連の流れを見ていると、


「ぁ……ぁ、ぁ」

「え? まさか? まさかまさかまさか」

「おね、がい……!」


と掠れた声が出、少女の周囲に淡い光が漂いだした。ともすれば幻想的な光景だが、その光景に似合わず、少女が辛そうな表情をしていることに魔法剣士は気づいていた。


「この光は?」

「奇跡の魔法だわ。でも、私たちが使うものとは別の……」


 漂う光がゆっくりと天へ昇る中、ひとつの光が舞手の周囲を回りだす。それは次第に人の形へ成り、緑の髪を高く結った踊り子へと変わったのだ。しかしその身体は透けており、うっすらと向こう側が見えている。


「お前……!」


 舞手が駆けより手を伸ばす。当たり前のようにそれはすり抜け、舞手は悔しそうに顔を歪めた。


『なんだい、綺麗な顔が台無しじゃないか』


 直接語りかけてくるようなその声は、紛れもない踊り子のものだ。しかし倒れたままの体、透けている姿、そして話しているのに動かない口元。

 舞手は、目の前にいる踊り子を、静かに見据えた。


『そこのお嬢さんに感謝だねぇ。あぁでも、長くは話せそうにない。だから、よくお聞きなさいな』

「聞いてやるから早く話せ」


 踊り子が、笑った気がした。


『舞いというのは、四季だ。四季は巡りて、いずれそれは始期となり死期となる。だけれどそれは終わりじゃない。また新たな四季の始まりなのさ』

「言ってることわかんねぇよ……」

『大丈夫、あんたはもうわかっている。それから、そこのお嬢さんを助けたいなら“青の国”にある隠蔽された里を目指しなさいな』

「それってどこに……!?」


 魔法剣士が聞こうとするが、踊り子の身体が更に薄くなるのを見、言葉の先を喉の奥へと仕舞った。


『あの子、いい友達じゃあないか。大事にしておやりよ。あぁ、そろそろ時間のようだね』

「時間って……。待てよ、まだオレは聞きたいことが」


 するりと、触れることのない手が、舞手の頬に触れた気がした。


『あんた、いい男におなりよ。族長の阿呆よりも、きっとあんたはいい男になる。あぁでも残念だねぇ』


 踊り子の体が、完全に消えていく。光は淡い輝きを放ちながら、ゆっくりと天へと昇る。


『いい男になったあんたを……、見たかった、よ……』


 最期にそう、残して。




 「けほけほっ」


 腕の中から聞こえたそれに、魔法剣士は少しでもラクになるようにと少女の背中を擦ってやろうとし、


「いたっ」


と忘れていた左手の痛みを思い出した。ちらりと視線をやれば、左手は真っ赤に腫れ上がり、右手の倍ほどの大きさになっている。

 少女の顔色はやはり良くない。どうやら先ほどの光が関係しているのは理解したが、それ以上のことは魔法剣士にはわからなかった。考えてもわからず、魔法剣士は痛む左手をなんとか動かし、少女の背中を撫でてやる。


「大丈夫? おーい、リーパー。これどういうことー?」


 隣に立ったままのリーパーは腕組みし、少女に冷たい視線を送る。


「抑えていた魔法力を解放しただけだよ。まぁ、キミと同じで制御しきれていないから、このままだと死んでしまうんだけど」

「うん、じゃ、早く抑えてもろて」

「本当にキミたちは人使いが荒くないかい……?」


 その言葉を聞いた魔法剣士は、いたずらっ子のように笑ってみせた。ため息をつきながらも、リーパーは少女の口元、それから目、最後に額に触れていく。リーパーが手を離すと、少女は糸が切れたように気を失ってしまった。


「ありがとう」


 ふわりと笑う魔法剣士。そんな魔法剣士の手を看るために聖女が駆け寄る中、舞手は踊り子の亡骸を抱え、静かに街の外へと歩き出した。


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