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いの一番に、死んだ話。



 なんとも面倒くさい役回りである。すやすやと眠る少女を抱きながら、リーパーは心底嫌そうにため息をついた。


「りーたん、いやそうでち」

「嫌そうではないよ。嫌、なんだよ」

「なおさらわるいでち」


 肩に乗るロディアにそう言われるも、リーパーとしては、眠られると両手が塞がってしまう為色々と困るのだ。舞手にも言った通り、リーパーはそれほど力がない。

 魔法剣士や舞手は少女を軽々と片手で持つが、いくら白き妖精王(ヴァイフィーニ)と呼ばれた身であろうと、力までが強いわけではない。重いものは重いのだ。


「もっと軽くなってくれないかな。あぁ、肉を取ってしまえばいいのか? いや、それだと魔法剣士くんが悲しむのか……」

「だーりんがかなしむより、このこがちんじゃうでち」

「あぁ、それは困るな。頼んだと言われたわけだし」


 判断基準に多少傾きがあるようだが、それでも少女をどうこうするつもりは無くなったらしい。リーパーは地面へ転がっている人々を踏みつけながら、ある方角へと足を運ぶ。

 ロディアから「りーたん!」と非難の声が上がるが、そもそも気にするなら踏みつけたりはしないだろう。

 と、前方から何かが爆発するような音が聞こえ、リーパーは足を止めた。


「あれはなんでち」

「くだらない争いだろう。例えばそう、自身の欲を満たしたいだけの、野蛮な奴らの遊び、とかね」

「……だーりん」


 ロディアの不安そうな声に、リーパーはその口元をふっと緩めた。


「今向かっているだろう? まぁ、この子供が起きていれば話は早いんだけど、そうもいかないからね」

「りーたんはやさしいのか、やさしくないのかわからないでち」

「それはボクが決めることじゃないよ」


 口ではそう言いつつも、少し早足になるリーパーに気づき、ロディアはそのもふもふの身体を首元に擦りつけた。それに視線をやり、それでも振り払いはしないのだから、優しいに分類してもいいと思うのだがな。





「なん……で」


 舞手は自身を庇い、腹部を煉獄インフェルノに貫かれた踊り子を見る。手に持つ扇が乾いた音を立てて落ち、それに続くように煉獄が狂った高笑いを響かせる。


「……かはっ」


 踊り子が吐いた血が煉獄の腕にかかる。貫いた腕を抜いた煉獄は、その血を舐め取り「うめぇなぁ」と口から涎を滴らせた。崩れる踊り子を舞手が支えようと手を伸ばすが、体勢も悪かったのか、そのまま二人で地面へと倒れていく。


「あー! 私も踊り子チャンの血欲しかったですの!」


 宙で騒ぐ歌姫ディーヴァに構うことなく、舞手が踊り子の身体をなるべく揺らさないようにして横たわせる。腹部から地面が見え、すぐに血で見えなくなる様は、どう見ても助かりはしない現実を舞手へ突きつける。それでも。


「姉貴! 早く、早く……、治してくれよ!」


 震える弟の背中を静かに見つめ、聖女は小さく小さく拳を握りしめる。


「まいちゃん……、もう、そのかたは……」


 助からない、が喉につっかえ言えなかった。いくら奇跡の魔法といえど、いくら弐の座に就いたといっても、死に征く魂を引き止めることなど出来はしないのだ。

 もちろんそれは舞手も知っている。それでも尚縋るのは、なんでだろうな。


「姉貴……、頼むよ……」


 余りにも弱々しいその声に、助からないとわかっていながらも、聖女が奇跡の魔法をかけようと踊り子の側へ腰を降ろした時。


「やめ、な、さいな……」


 踊り子が聖女を制し、それから力の入らない手をなんとか動かし、舞手の頬をするりと撫でた。


「綺麗な、顔が、台無しだよ……? いいかい、よく、お聞き……」


 頬を撫でる手を掴み、舞手はその端正な顔を酷く歪める。しかし、四天王がそれを待つわけがない。


「あー、シケこんでるとこ悪いんやけど、こっちも暇やないんや。鮮度第一、時間が命って言うやろ? わかったら」

「あぁ、本当に雑魚って群れてばっかりでウザいなぁ。群れなきゃ何も出来ないし、群れてても何も出来ないし、あぁ結局何も出来ないから雑魚なんだよなぁ。てことで死ね」


 眼鏡をかけた青年、確か腐蝕の王(ロードオブクロージィ)とか言ったか。“キング”と書いて“ロード”とは中々に皮肉が効いた名だ。本人に言えば、怒り狂うだろうがな。腐蝕クロージィは懐から拳ほどの球体を取り出し、それを魔法剣士たちへと向かわせる。


「こんな玉っころ如き! 舐められたもんだ!」


 戦士が一喝し斧を振る。それは球体を真っ二つにしたのだが、更に中から細かい粒が飛び出し、それは戦士に、そして近くにいた魔法剣士へと降りかかる。


「な、何!? これ何!?」


 粒を払うと、それはいくつか地面へ落ちたようだが、まだ数え切れないほどの粒が体に残ったままだ。


「さ。ご飯の時間だ」


 腐蝕が指を鳴らした。

 それに呼応するように粒が弾け、その中から瞬く間につたが育ち始め、それは魔法剣士と戦士の自由を奪う。蔦にバチリとあの赤い閃が走ると同時に、言いようのない痛みが全身を駆け巡った。


「あああああ!」

「ヘタレ! おっさん!」


 舞手が叫ぶが、踊り子でさえどうにも出来なかったのだ。未熟な今のこいつにはどうにも出来ん。では聖女はといえば、舞手と踊り子を守る為に、煉獄インフェルノの相手をしている。

 繰り出す拳を身軽によけ、時にはその辺りで拾ったであろう剣でいなすも、元の力の差があり過ぎる。剣を折られ、そのまま後ろ手にされてしまう。


「姉貴!」


 さて。この絶望的な状況なわけだが……。

 ん? やっと来たようだな。


「全く……。キミたちは何をしているんだ」

「リーパー!」


 そう、少女を抱き、ロディアを肩に乗せた、なんとも威圧も気迫も無い格好のリーパーだ。奴は面倒くさそうな足取りで魔法剣士に近づいていくと、


「キミ……、そういう趣味でもあったのかい? いや、他人ひとの趣味をどうこう言いたくはないが、もう少し場所は選んだほうがいい」

「これがそういう風に見えちゃう!? 悪いけど痛くされて喜ぶ趣味はないし、縛られる趣味もないんだけど!」

「なら、なぜ解かないんだい?」

「解けてたらやってますぅ! 解けないんですぅ!」


と魔法剣士は出来る限りの力で体をくねらせるが、痛くないわけではない。蔦はミシミシと骨を軋ませているし、あの閃が走る度に激痛が走る。

 出れるならとっとと出たいのだ。


「ふむ、キミたちは本当に脆弱なんだな」


 リーパーが地面を左足で軽く鳴らし「灼火しゃっか」と火の低級魔法を口にする。途端、蔦だけを的確に炎が焼いていく。

 焦げてすすになった蔦を手で払い、戦士が「助かったぞ」とリーパーに一瞬視線をやった。これで起死回生になるかと、魔法剣士は胸を撫で下ろす、が。


「キミはなんでもかんでも首を突っ込み過ぎだ。キミの目的はこの子供を助けることなんだろう?」


 途端に始まる説教。更に、少女を半ば押しつけられるように持たされてしまう。右手があれば少女くらい持てんでもないが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「あのね、リーパー。今はそれどころじゃなくてね」

「戦士くんとお姉さんもいるじゃないか。なら早いとこ出発しよう。ここは臭くて気分が悪い」

「お姉さんが今どういう状況か見えてない? ほら、捕まってるよ、ほら」


 そう魔法剣士が聖女を示す。もちろん煉獄によって拘束されたままだ。聖女が「リッちゃん」と少し困ったように首を傾げてみせる。

 リーパーは煉獄なぞさも見えていないかのように近づいていくと、その拘束している手に触れる。途端に煉獄の手が溶け、聖女はその隙に拘束を解いた。煉獄が悲鳴を上げている気もするが、リーパーの耳には届いてすらいない。


「ほら。これで問題はないだろう」

「いやぁ、まだあるというか。ちょっと助けてほしいなぁなんて……」


 ちらちらと魔法剣士が見るのは、もちろん四天王だ。煉獄に至っては明らかに怒りで体を震わせている。


「この……、貴様ぁ! まずは俺に謝れぇぇえええ!」

「ですよね! やっぱ怒りますよね!」


 煉獄は再生しきった拳を振り上げリーパーへ襲いかかる。勝負師ギャンブラーから「アイちゃん、あかん!」と聞こえるが、その勢いは止められはしない。


「死ねぇ!」


 両の拳を合わせ、それを脳天目掛けて振り下ろす。しかし、リーパーはそれに視線をやることもなく、ただ、左手で払う仕草をしただけだ。

 それだけ。たったそれだけで、煉獄は灰も残さず消えてしまった。何? どこへ行ったのかだと? 文字通り、消えたのだ。


「イ、煉獄インフェルノ……?」


 歌姫ディーヴァが信じられないと、煉獄の姿を探すように辺りを見回す。けれどもその姿は当たり前だがどこにもない。あるわけがない。


「よくも、よくも煉獄を……!」


 棒を握りしめ、歌姫がリーパーを憎しみの籠もった目で見るが、当のリーパーは気にも留めていない。それが更に苛立ちを加速させ、歌姫が息を大きく吸った時だ。


「待ちい」


 歌姫の口を後ろから塞ぐようにして、勝負師が佇んでいる。歌姫が「んー!」と離せと言わんばかりに腕を解こうとするが、それで解けるほど勝負師も貧弱ではない。


「白き妖精王や。歌姫はんかて聞いたことあるやろ?」

「……!」


 落ち着きを取り戻した歌姫を離し、勝負師は胡散臭い笑みを一行へ向けた。


「今日のところは引かせてもらうわ。ほなまたな」

「仕方ないから見逃してあげるですの。でも、次は必ず、あなたを私のものにするですの。それまでにちゃんと童貞守っておくですの」

「煩いよ! てかなんで知ってるの!?」


 それに答えるでもなく、勝負師と歌姫の姿が薄くなっていき、そして消えていった。消える間際に「腐蝕はどうしたですの」「逃げ足は早い奴やのぅ」と聞こえた気がしたが、まぁそこはいいだろう。



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