いの一番に、死んだ話。
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なんとも面倒くさい役回りである。すやすやと眠る少女を抱きながら、リーパーは心底嫌そうにため息をついた。
「りーたん、いやそうでち」
「嫌そうではないよ。嫌、なんだよ」
「なおさらわるいでち」
肩に乗るロディアにそう言われるも、リーパーとしては、眠られると両手が塞がってしまう為色々と困るのだ。舞手にも言った通り、リーパーはそれほど力がない。
魔法剣士や舞手は少女を軽々と片手で持つが、いくら白き妖精王と呼ばれた身であろうと、力までが強いわけではない。重いものは重いのだ。
「もっと軽くなってくれないかな。あぁ、肉を取ってしまえばいいのか? いや、それだと魔法剣士くんが悲しむのか……」
「だーりんがかなしむより、このこがちんじゃうでち」
「あぁ、それは困るな。頼んだと言われたわけだし」
判断基準に多少傾きがあるようだが、それでも少女をどうこうするつもりは無くなったらしい。リーパーは地面へ転がっている人々を踏みつけながら、ある方角へと足を運ぶ。
ロディアから「りーたん!」と非難の声が上がるが、そもそも気にするなら踏みつけたりはしないだろう。
と、前方から何かが爆発するような音が聞こえ、リーパーは足を止めた。
「あれはなんでち」
「くだらない争いだろう。例えばそう、自身の欲を満たしたいだけの、野蛮な奴らの遊び、とかね」
「……だーりん」
ロディアの不安そうな声に、リーパーはその口元をふっと緩めた。
「今向かっているだろう? まぁ、この子供が起きていれば話は早いんだけど、そうもいかないからね」
「りーたんはやさしいのか、やさしくないのかわからないでち」
「それはボクが決めることじゃないよ」
口ではそう言いつつも、少し早足になるリーパーに気づき、ロディアはそのもふもふの身体を首元に擦りつけた。それに視線をやり、それでも振り払いはしないのだから、優しいに分類してもいいと思うのだがな。
※
「なん……で」
舞手は自身を庇い、腹部を煉獄に貫かれた踊り子を見る。手に持つ扇が乾いた音を立てて落ち、それに続くように煉獄が狂った高笑いを響かせる。
「……かはっ」
踊り子が吐いた血が煉獄の腕にかかる。貫いた腕を抜いた煉獄は、その血を舐め取り「うめぇなぁ」と口から涎を滴らせた。崩れる踊り子を舞手が支えようと手を伸ばすが、体勢も悪かったのか、そのまま二人で地面へと倒れていく。
「あー! 私も踊り子チャンの血欲しかったですの!」
宙で騒ぐ歌姫に構うことなく、舞手が踊り子の身体をなるべく揺らさないようにして横たわせる。腹部から地面が見え、すぐに血で見えなくなる様は、どう見ても助かりはしない現実を舞手へ突きつける。それでも。
「姉貴! 早く、早く……、治してくれよ!」
震える弟の背中を静かに見つめ、聖女は小さく小さく拳を握りしめる。
「まいちゃん……、もう、そのかたは……」
助からない、が喉につっかえ言えなかった。いくら奇跡の魔法といえど、いくら弐の座に就いたといっても、死に征く魂を引き止めることなど出来はしないのだ。
もちろんそれは舞手も知っている。それでも尚縋るのは、なんでだろうな。
「姉貴……、頼むよ……」
余りにも弱々しいその声に、助からないとわかっていながらも、聖女が奇跡の魔法をかけようと踊り子の側へ腰を降ろした時。
「やめ、な、さいな……」
踊り子が聖女を制し、それから力の入らない手をなんとか動かし、舞手の頬をするりと撫でた。
「綺麗な、顔が、台無しだよ……? いいかい、よく、お聞き……」
頬を撫でる手を掴み、舞手はその端正な顔を酷く歪める。しかし、四天王がそれを待つわけがない。
「あー、シケこんでるとこ悪いんやけど、こっちも暇やないんや。鮮度第一、時間が命って言うやろ? わかったら」
「あぁ、本当に雑魚って群れてばっかりでウザいなぁ。群れなきゃ何も出来ないし、群れてても何も出来ないし、あぁ結局何も出来ないから雑魚なんだよなぁ。てことで死ね」
眼鏡をかけた青年、確か腐蝕の王とか言ったか。“王”と書いて“主”とは中々に皮肉が効いた名だ。本人に言えば、怒り狂うだろうがな。腐蝕は懐から拳ほどの球体を取り出し、それを魔法剣士たちへと向かわせる。
「こんな玉っころ如き! 舐められたもんだ!」
戦士が一喝し斧を振る。それは球体を真っ二つにしたのだが、更に中から細かい粒が飛び出し、それは戦士に、そして近くにいた魔法剣士へと降りかかる。
「な、何!? これ何!?」
粒を払うと、それはいくつか地面へ落ちたようだが、まだ数え切れないほどの粒が体に残ったままだ。
「さ。ご飯の時間だ」
腐蝕が指を鳴らした。
それに呼応するように粒が弾け、その中から瞬く間に蔦が育ち始め、それは魔法剣士と戦士の自由を奪う。蔦にバチリとあの赤い閃が走ると同時に、言いようのない痛みが全身を駆け巡った。
「あああああ!」
「ヘタレ! おっさん!」
舞手が叫ぶが、踊り子でさえどうにも出来なかったのだ。未熟な今のこいつにはどうにも出来ん。では聖女はといえば、舞手と踊り子を守る為に、煉獄の相手をしている。
繰り出す拳を身軽によけ、時にはその辺りで拾ったであろう剣でいなすも、元の力の差があり過ぎる。剣を折られ、そのまま後ろ手にされてしまう。
「姉貴!」
さて。この絶望的な状況なわけだが……。
ん? やっと来たようだな。
「全く……。キミたちは何をしているんだ」
「リーパー!」
そう、少女を抱き、ロディアを肩に乗せた、なんとも威圧も気迫も無い格好のリーパーだ。奴は面倒くさそうな足取りで魔法剣士に近づいていくと、
「キミ……、そういう趣味でもあったのかい? いや、他人の趣味をどうこう言いたくはないが、もう少し場所は選んだほうがいい」
「これがそういう風に見えちゃう!? 悪いけど痛くされて喜ぶ趣味はないし、縛られる趣味もないんだけど!」
「なら、なぜ解かないんだい?」
「解けてたらやってますぅ! 解けないんですぅ!」
と魔法剣士は出来る限りの力で体をくねらせるが、痛くないわけではない。蔦はミシミシと骨を軋ませているし、あの閃が走る度に激痛が走る。
出れるならとっとと出たいのだ。
「ふむ、キミたちは本当に脆弱なんだな」
リーパーが地面を左足で軽く鳴らし「灼火」と火の低級魔法を口にする。途端、蔦だけを的確に炎が焼いていく。
焦げて煤になった蔦を手で払い、戦士が「助かったぞ」とリーパーに一瞬視線をやった。これで起死回生になるかと、魔法剣士は胸を撫で下ろす、が。
「キミはなんでもかんでも首を突っ込み過ぎだ。キミの目的はこの子供を助けることなんだろう?」
途端に始まる説教。更に、少女を半ば押しつけられるように持たされてしまう。右手があれば少女くらい持てんでもないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「あのね、リーパー。今はそれどころじゃなくてね」
「戦士くんとお姉さんもいるじゃないか。なら早いとこ出発しよう。ここは臭くて気分が悪い」
「お姉さんが今どういう状況か見えてない? ほら、捕まってるよ、ほら」
そう魔法剣士が聖女を示す。もちろん煉獄によって拘束されたままだ。聖女が「リッちゃん」と少し困ったように首を傾げてみせる。
リーパーは煉獄なぞさも見えていないかのように近づいていくと、その拘束している手に触れる。途端に煉獄の手が溶け、聖女はその隙に拘束を解いた。煉獄が悲鳴を上げている気もするが、リーパーの耳には届いてすらいない。
「ほら。これで問題はないだろう」
「いやぁ、まだあるというか。ちょっと助けてほしいなぁなんて……」
ちらちらと魔法剣士が見るのは、もちろん四天王だ。煉獄に至っては明らかに怒りで体を震わせている。
「この……、貴様ぁ! まずは俺に謝れぇぇえええ!」
「ですよね! やっぱ怒りますよね!」
煉獄は再生しきった拳を振り上げリーパーへ襲いかかる。勝負師から「アイちゃん、あかん!」と聞こえるが、その勢いは止められはしない。
「死ねぇ!」
両の拳を合わせ、それを脳天目掛けて振り下ろす。しかし、リーパーはそれに視線をやることもなく、ただ、左手で払う仕草をしただけだ。
それだけ。たったそれだけで、煉獄は灰も残さず消えてしまった。何? どこへ行ったのかだと? 文字通り、消えたのだ。
「イ、煉獄……?」
歌姫が信じられないと、煉獄の姿を探すように辺りを見回す。けれどもその姿は当たり前だがどこにもない。あるわけがない。
「よくも、よくも煉獄を……!」
棒を握りしめ、歌姫がリーパーを憎しみの籠もった目で見るが、当のリーパーは気にも留めていない。それが更に苛立ちを加速させ、歌姫が息を大きく吸った時だ。
「待ちい」
歌姫の口を後ろから塞ぐようにして、勝負師が佇んでいる。歌姫が「んー!」と離せと言わんばかりに腕を解こうとするが、それで解けるほど勝負師も貧弱ではない。
「白き妖精王や。歌姫はんかて聞いたことあるやろ?」
「……!」
落ち着きを取り戻した歌姫を離し、勝負師は胡散臭い笑みを一行へ向けた。
「今日のところは引かせてもらうわ。ほなまたな」
「仕方ないから見逃してあげるですの。でも、次は必ず、あなたを私のものにするですの。それまでにちゃんと童貞守っておくですの」
「煩いよ! てかなんで知ってるの!?」
それに答えるでもなく、勝負師と歌姫の姿が薄くなっていき、そして消えていった。消える間際に「腐蝕はどうしたですの」「逃げ足は早い奴やのぅ」と聞こえた気がしたが、まぁそこはいいだろう。