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しなる指先、貫く話。

 肉片になった歌姫ディーヴァを眺め、踊り子は息をふっと吐いてから扇をパタンとしまった。リーパーと同じように赤い閃が走ってはいるが、奴ほど再生力がないのか、はたまた魔法力そのものが低いのかはわからんが、再生する速度は格段に遅い。


「さぁ、早くお逃げなさいな。ボウヤの傷も浅くはないようだしねぇ」


 踊り子に言われ魔法剣士を見れば、奴は息を荒くし赤くなった手を押さえていた。もちろん舞手とて、心配していないわけではない。が、それは踊り子に対しても同様だ。


「ま、待てよ! あの女はどうするつもりだ! 再生するんだろ!? お前一人じゃ」

「甘く見るんじゃないよ。あの白髪のボウヤを連れておいで。その間、時間を稼ぐって言ってるんだ」


 そう言われてしまえば、今の舞手には断ることなぞ出来ず。渋々ながらも頷いて、魔法剣士と共に道を引き返そうと背を向け、


「行かせるわきゃないだろぉ」

「ぇ……」


 宙から聞こえた声に顔を上げ、愕然とした。

 全身に炎を纏った赤目の人影が、その両手にたぎるほどの蒼い炎を握り、魔法剣士たちを見下ろしていた。その隣に並ぶのは、眼鏡をかけた細身の青年だ。眼鏡の奥に見える冷たい双眼は、斬り刻まれた歌姫を蔑んでいるように見える。


「ヒッ、ヒヒッ、まだ終わってなかったんだ? これだから弱い奴はさぁ、一人で何も出来ない奴はさぁ」


 まだ何かを言い続ける青年を無視し、カードを何枚か手に持った青年が一枚カードを抜き、


「代償は高いでぇ。ま、妥当ってとこやんなぁ」


と抜いたカードを歌姫のいた場所近くへと投げた。全身を白い服、更には白い帽子を被り、いかにも清楚なイメージが似合いそうではあるが、胡散臭い話し方と笑い方がアンバランスな青年だ。

 投げたカードから赤い閃が走り、それは周囲の肉片にまで及ぶと、先ほどとは比べ物にならない速度で歌姫の身体を再生していく。ただ魔法剣士が焼いた顔までは完全に再生せず、半分は爛れたままだ。


「や。鮮血の歌姫(ブラッディディーヴァ)とも呼ばれたオヒメサマが、なんだか手こずっておるようやなぁ」


 胡散臭い白の青年が嫌味ったらしく笑う。歌姫は苛立ちを隠せないのか、鼻息荒く地団駄を踏み、


「煩いですの! あなたたちの手助けなんていらないですの!」

「手助け? ざっこ。その考えが雑魚なんだよねぇ。これだから弱い雑魚は……。俺は雑魚を始末しに来ただけで」

「そないなこと言うもんやないで、腐蝕の王(ロードオブクロージィ)はん。歌姫はんは頑張ってこの程度なんやから。ほらほら、もっと頑張りや」


 白の青年の冷たい赤目が、細く細く歌姫を睨みつける。歌姫は悔しげに唇を噛み、それから魔法剣士を怒りで染まった赤目で睨みつけた。


「あなたが! 私を! 好きにならないからですの!」

「当たり前でしょうが! まずは交換日記からって決まってるんですぅ!」

「お前、こんな時に……」


 舞手が呆れるが、魔法剣士は至って真剣だ。

 そんな魔法剣士が可笑しいのか、白の青年が大袈裟過ぎるほどに腹を抱えて笑いだした。それは逆に不気味で、踊り子が閉じた扇を再び広げたほどだ。


「いやはや、これはこれは、なかなかに、おもろいことを言うあんちゃんやね。せや。おもろいから自己紹介といこか」


 青年は帽子を取り、うやうやしく頭を下げた。


「わいは四天王が一人、狂った勝負師(マッドギャンブラー)。おもろいことが大好きや。おもろければなんでもええ。はい、次はあんさんの番やで」


 白の青年、いや狂った勝負師が眼鏡の青年を示すが、一向に話す気配はない。


「あー。今日はやけに機嫌がようないみたいやなぁ。ほなら次は……」

「俺の名はぁ! 終わりなき(インフィニティ)煉獄(インフェルノ)。アイアイと呼んでくれ」

「……」


 炎を纏った男、終わりなき煉獄と言ったか。そいつの自己紹介に舞手が固まる横で、魔法剣士が「アイ、アイ……?」と目を見張り、


「かっこいい!」

「あ? いや、お前あれはカッコよくねぇだろ……」


と相も変わらず空気を読まない発言をした。舞手は呆れ、尚も魔法剣士に何かしら言おうとするが、それは宙から聞こえてきた笑い声によって遮られてしまう。


「アハハハハ! さいっこうやで、アイちゃん! やっぱおもろいわ!」

「じゃ、もっと面白いもん見せてやるよ!」


 そう言い、煉獄インフィニティが我先にと飛び出した。勝負師ギャンブラーが「せっかちやなぁ」と笑うが、止める気などさらさらないのは明らかだ。

 踊り子が「風雅」と扇を振るが、男は風を物ともせずに向かっていく。その速さに追いつけず、踊り子の体が炎に呑まれ――は、しなかった。


「無事かァ!」


 男と踊り子の間に入り、拳を斧で受け止めたのは戦士だ。同じく赤目だが、戦士が奴らと違うことくらい魔法剣士にはわかっている。


「戦士! 無事だったんだね!」


 戦士は拳を力任せに押し返し、燃える身体に構わず男の髪を掴み地面に叩きつけた。破片が宙に舞い、男が一瞬意識を飛ばす。その勢いのまま戦士は男を勝負師に向かって投げつけた。

 投げられた男を受け止めるでもなく、むしろ勝負師はそれを横に移動しよける。意識を取り戻した男の目が血走るのを見て、戦士は斧を持つ手に力を入れた。


「大丈夫!? すぐに見るわ、手を見せて!」


 遅れて駆け寄った聖女が、魔法剣士の手に触れ奇跡の魔法をかけようとするが、それを「今はいいよ」と制した。


「戦士、お姉さん……。よかった、来てくれたんだね」

「船を見送り急いで合流するつもりだったのだが、あちらでも、ちと熱い歓迎を受けてしまってな。一人一人と握手をしていては時間もかかるというものだ」

「握手って……、上手いこと言うね」


 魔法剣士は心配そうな視線を向ける聖女に「ありがとう」と微笑み、それからゆっくりと勝負師へと視線を移した。


「して。余り好ましくない状況のようだが、俺が助太刀に入るのは良かっただろうか?」

「歓迎も歓迎、大歓迎だよ! だってあいつら、普通じゃないからさ」


 歌姫が爛れた顔を押さえ、それから地面へ落ちていた深緑の瞳を拾い、自身の目へと押し入れた。その目を見た聖女が、信じられないとばかりに目を見開いた。


「あれは、あの目は……、お父様、の……」

「姉貴、どういうことだ? 親父の目って、まさか……」


 困惑する舞手と聖女に、勝負師が「言うておらんかったん?」とわざとらしく歌姫を、いや再び赤くなった目をにやりと見た。


「あんさん、族長はんの倅はんやろ? 感動の親子のご対面っちゅうやつやな。まぁ、もう目以外どこにもあらへんけど」


 いつもは冷静な、芯の強い聖女の目から涙が零れる。気づいた魔法剣士が、聖女を自身の背中へ隠すと、


「どういう、ことだ……?」


とその目に怒りを含ませた。宙へと移動した歌姫が激情を露わにしつつ、


「私以上に可愛い奴も美人な奴もいらないから消しただけですの。でもあの族長の男! あのあのあのあのあの族長が! 何度村を攻めても! 私を虐めるから! 私は消えてほしいだけなのに!」


と自身の腕を何度も何度も引っ掻き回す。傷がついては再生するその様は、なんとも言えない気味悪さを残していく。


「でも」


 そこで静かになり、歌姫は穏やかに笑った。


「所詮は人間ですの。老いには勝てないですの。だから、幻覚が効かない一族の“目”だけもらって、私を虐めた罰として消えてもらったですの」

「なっ……」


 舞手が膝から崩れ落ちた。理解したくないのか、感情の制御が出来ていないのか。奴は半笑いのまま、ただただ無意識に、涙を流した。


「じゃ、あの、野盗共は……」

「あぁ、あれですの?」


 歌姫はその記憶を思い出すように視線を彷徨わせ、それから残酷な、まるで舞手を憐れむような笑みを向けた。


「“目”が欲しいって言ったら、凄く凄く嫌がったですの。でもでも、私どうしてもその綺麗な目が欲しかったから、貰ったんですの!」


 なぜ破られるはずのない幻覚が見破られたのか。そう、簡単だ。視ることの出来る目を、奴が、歌姫が手に入れたからに他ならない。


「そしたらね、最期に言ってたですの。“子供たちの姿を見たかった”って。だから私、それを叶えてあげようと思って、村を見に行ったんですの。そしたら解けちゃって、私のファンが押し寄せちゃったみたいですの! 虐めた男のお願いを聞いてあげる私、いい子ですの!」

「うああああああああ!」


 喉が張り裂けんばかりの、悲鳴、いや雄叫びを上げ、舞手が地面を蹴った。散らばる破片を掴むと、それを歌姫に投げようと振り被るが、


「ノロマなんだよぉ!」


と目の前に現れた煉獄によって、腹を抉られた――。


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