とばりが降り、光は消える話。
食堂にて適当な料理を注文し、簡単な朝食を取りつつ、魔法剣士は自身の考えをまとめていた。
「歌姫の言葉には人を操る力があって、それを歌という形で人々に聞かせている。それで操って、敢えて勢力を二つに分けたのだとしたら……」
「ただの歌姫だろ?深く考えすぎだ」
ハニートーストに追加の蜂蜜をかけ、舞手が頬杖をつきながら欠伸をする。朝から起こされたかと思えば、何やら小難しそうな顔をしているのだ。舞手にしてみれば、もう少し詳しく話してほしいものである。
「ねぇ、まいちゃん。舞いってどんなものなの?」
「なんだよ今更」
「いや、そういえばちゃんと聞いたことなかったなぁと思って」
たまごサンドにかぶりつき、魔法剣士は「ね」と朗らかに笑ってみせた。舞手はハニートーストをナイフで一口サイズに切り、それを食べてから、
「舞いなら昨日見ただろ? あれだよ、あれ」
とミルクの入ったコップをあおった。
「あの美人なお姉さんの?」
「あぁ。舞いってのは、ステップと動き、それに魔法力を多少混ぜて魅了するのが基本だ」
舞手が人差し指と中指を立て、それを人の動きに見せながらテーブルの上を滑らせていく。トン、トン、と軽やかに叩かれしなる指は、なぜだか目が離せない。
「ほれ。今見てただろ?」
「ふぇ?」
言われて魔法剣士は我に返った。隣でパンを頬張る少女と、それから紅茶を飲んでいるリーパーは普段通りだ。
「え? え? まいちゃんすごくない?」
「すごくねぇよ。実際お前しか見てねぇだろうが」
魔法剣士が照れたように頬を掻く。リーパーが呆れたように「大したことないな」と鼻で笑うのを、舞手が舌打ちして睨みつけ、更にそれを魔法剣士が宥めている。
「まぁまぁ。実際僕は魅力されてたわけだし、まいちゃんはやっぱり舞えるってこと、だよね?」
「……」
その問いに黙る舞手の表情は、ただただ暗い。奴もよく理解しているのだ、才能だけではどうにもならんことを。
なんとも言えぬ空気を知ってか知らずか。少女は持っていたマフィンを、無邪気な笑みで舞手の口へと押し込んだ。もちろん舞手は「あ?」と怒りにも近い声を上げ、乱暴にマフィンを皿へと戻す。
「んのチビ……!」
しかし少女は意に介さず、テーブルにある紙ナプキンを一枚手に取ると、何かを折り始めた。それは瞬く間にチューリップの形へと変わり、出来上がったそれを、少女は嬉しそうに舞手へと差し出したのだ。
意味がわからず、舞手はその花と少女を交互に見る。すると、舞手がいつまで経っても受け取らないことにショックを受けたのか、少女は悲しそうな表情で花を隅へ置いた。
「……労いの花だよ、これ」
「はぁ? 花って……」
魔法剣士は悲しげに追いやられた花を手にし、舞手へと示してみせる。
「綺麗だったよって。代金だよ」
「代金って……」
花を受け取り、それから舞手は口の端を歪めてみせる。少女が伺うようにして見てみれば。
「ありがとよ」
「……!」
舞手からの言葉に少女は笑い、それから再び料理へと手をつけ始めた。それを見ていた魔法剣士も微笑んでいると。
「あら? ボウヤたち」
それは昨日の女だった。変わらず、キモノを身に纏い、手にはキセルと呼ばれるこれまた古い嗜好品を持っている。魔法剣士が人懐こく笑い、
「あ、昨日の綺麗なお姉さん。こんにちは」
と挨拶をすれば、女は穏やかな笑みを向け、
「こんにちは、素直なボウヤ。今日はなんでまたこんなところにいるんだい? そんな小さなお嬢さんを連れちゃ、おちおち観光も出来ないだろうに」
とパンを小さく千切る少女を見た。言葉は少しきつく感じるが、この街の治安を顧みるに、確かに幼い少女を引き連れ、いつまでも留まるのは賢くはない。
魔法剣士は「まぁ、そうなんですが」と頭を掻いてから、通りがかった店員にミルクをひとつ注文した。
「仲間と待ち合わせをしてるんです」
「ふぅん。お仲間とねぇ」
「お姉さんは踊りを生業にしてる人なんですか?」
店員が持ってきたミルクを「よかったらどうぞ」と女へと差し出した。女はそれにふっと口元を緩めると空いている席へと座った。
「あたしは踊り子さ。故郷が失くなっちまって、それからは踊りで食ってるってわけ」
「故郷が、ない……?」
魔法剣士がちらりと舞手を見る。奴は何か耐える様子だったが、小さくその口から「……けんな」と漏れたのを聞き逃さなかった。
「まいちゃん」
そう心配そうに声をかけたのと、舞手がテーブルを叩いて立ち上がったのはほぼ同時だった。
「お前には誇りがねぇのかよ! 男に媚びを売りやがって!」
「媚び……? あぁ、あんたにはそう見えたのかい?」
女――踊り子は、そう言い初めて舞手を正面から見据えた。その見透かすような目に多少気後れしつつも、舞手は我慢が出来ないのか、テーブルに叩きつけた拳を震わせる。
「舞いは媚びるもんじゃねぇ! 舞いってのは……」
そんな舞手を、踊り子はほとんど興味を持たずに鼻で嘲笑うかのように視界の端で捉え、
「あんたにとっての舞いって、余程高尚なもんだねぇ。だからあんたは舞えないのさ」
「お前、知って……!?」
「あぁ知ってるさ。あんた族長んとこの倅だろう?」
と舞手の前にあるコップを指先で弾く。溶けかかった氷がカランと乾いた音を立てて揺れた。
「なんで姉が継がずに、あんたが継いだのかまでは知らないけれど……。あんたはね、格好に拘り過ぎてるのさ」
舞手は踊り子に返す言葉がなく、黙り込んだままで立ち尽くしている。少女の頭から降りたロディアが「みるくほちいでち」と魔法剣士にせがむ。店員へミルクを頼みつつも、魔法剣士は舞手を心配そうにちらりと見やる。
「舞いっていうのはね、そうだね……。あんた風に言えば、カッコよく踊るもんじゃないんだよ。結果的にカッコよく見えてるもんなのさ。格好ばかりに囚われているあんたが、舞えるわけないだろう?」
「……っ」
悔しげに唇を噛んだまま、舞手は何も言えず、むしろそのまま店を出ていってしまった。
「まいちゃん!?」
魔法剣士が後を追おうとするが、ゆったりとした動作で立ち上がった踊り子に制されてしまう。
「朝ご飯でも食べてなさいな」
「で、でも……」
それ以上言わせず、踊り子は代金をいくらか置くと店を出ていった。焦る魔法剣士がリーパーを振り返るが、奴は優雅に本を読み進めており、興味が無いのが一目でわかる。
「どうしよう……」
「どうするも何も、朝食を摂れと言われたじゃないか。それ以外出来ることもないだろう」
「そうかもしれないけど……」
手元の料理、店の出入口、それから踊り子が置いた代金、それぞれに視線をやり、魔法剣士は「やっぱり駄目だ」と立ち上がる。
「リーパー! ロディアたちのこと、お願い!」
「え?」
言うが早く、魔法剣士は懐から金の入った袋を掴みテーブルへ素早く置いた。リーパーが止めようと声をかける間もなく、魔法剣士は「じゃ!」と店を出ていってしまう。
「お願いって……」
リーパーは伸ばした手もそのままに、机に座ったままの少女、それからミルクを舐めるロディアへ視線を移した。
「りーたん、かんねんするでち」
「……」
ロディアはまだしも、この少女の心底嫌そうな顔を見て、リーパーがいい気分をするわけがない。それでも頼まれたことを投げ出せないのは、こいつの性なんだろうな。
金の入った袋を手に取り懐へ入れると、盛大なため息と共に頬杖をついた。近くの店員へ追加の紅茶を頼むと、不機嫌そうな少女に「早くしなよ」と嫌味に近い言葉も与えてな。




