こいをしたのは、いつ? の話。
翌朝。
天気はあまりよくないようで、カーテンの隙間から入る光は多くない。それでも微かな光で目を覚ませば、静かに部屋へと入ってきたリーパーと目が合った。
「おはよ……。早いね、どこ行ってたの?」
早いも何も、リーパーは睡眠など取っていないのだが、この魔法剣士は余り気にしていない。
「いや。街を見てきただけだよ」
「街を?」
腕の中で未だ眠る少女を起こさないようにしつつ、魔法剣士はゆっくりとベッドから出る。背を向ける舞手の背中は、規則正しく動いており、まだ起きる気配はなさそうだ。
「街になんかあったの?」
「今はないよ。ただ、気になることがあってね……」
「気になること?」
なるべく小声で話していたつもりだが、小さく身じろぎする少女を見て、魔法剣士は廊下へ出ようと示した。
廊下へ出た魔法剣士は、まず窓を少し開け、何度か外の空気を吸い頭をはっきりさせる。それから改めてリーパーへ向き直ると、話を切り出し始めた。
「何が気になるの?」
「なんと言えば伝わるのか……。そうだね、魔法力が乱れている、と言うのが一番近いかな」
「それって、あんまり良くないこと?」
リーパーは「そうだな……」と手の平を上へ向けて出した。そこに小さな炎が現れ、魔法剣士は「すごっ」と息を呑む。次に反対の手を同じように出すと、そこへ淡い光を映し出した。
しかし、淡い光を出した手に赤い閃が走り、途端にリーパーの手が爛れるのを見て、魔法剣士が慌てだした。
「だだだた大丈夫!?」
「問題ないよ。ボクがこの系統と肌が合わないだけだからね」
至って平静なリーパーに、魔法剣士は「そ、そう……?」と伺う視線を投げかけた。それにリーパーは構うことなく、
「この炎がキミたちで言うところの“普通の魔法”、こっちの光が“奇跡の魔法”と呼ばれているものだ」
「リーパーって奇跡の魔法使えたんだ」
「まさか。言っただろう? 肌に合わないって。これはそれに似せたものだよ」
と両手に出したそれらを合わせた。途端に二つは弾け、代わりに現れたのは、蠢く柔らかい物体だ。
黒いそれは、リーパーの手の上でしばらく動いた後、真ん中から割れるようにしてその形を崩した。液体となって床へ落ちるそれを見て、魔法剣士は薄気味悪そうに目を細める。
「何が起こったの?」
「異なる魔法力を融合させただけ。まぁ、詳しく言ってもわからないだろうから省くけど、この街に、いやたぶん、この国全体にこの状態が起きようとしている」
「皆、液体になるってこと……?」
リーパーは「そういうわけではないよ」と床へ落ちた液体を見る。見習って魔法剣士も視線をやる。落ちた液体に赤い線が走ったかと思うと、途端にそれは物体へ戻っていった。
「戻った!?」
「簡易的なものだけど、ボクと……いや“ボクたち”と同じ存在にしたんだ。ただ、これに維持機能はないから、すぐに存在しなくなるけどね」
言った通り、その物体は蒸発を始めたかと思うと、今度はそのまま影も形も残らずに消えてしまった。
「明日か明後日になれば、戦士くんたちが合流するだろう。そうしたらすぐに“青の国”へ行く方法を探して……」
「待って待って。“黄の国”の人はどうなるの?」
「そのうちこうなる」
こう、とリーパーは宙を示した。そこには最早何もないが、何も無い状態へと変わるのならば、この魔法剣士が黙っているはずがない。
「なんとか出来ない?」
魔法剣士の言葉に、リーパーは理解出来ないと首を傾げる。
「なぜ? キミの目的は子供を戻すことだろう? なら早くこの国からは出るべきだ」
「で、でも皆危ないんだよね?」
「ボクがキミにそれを教えたのは、キミたちが危険だからだ。いいかい? 他の人間がどうなろうと興味もなければ、関係もない。キミもそうだろう?」
感情の読み取れない白い目が、魔法剣士を真正面から見据える。それに対する答えは、魔法剣士の中ではまだ出すことが出来ない。だが、それでも奴は、夫人のように目の前でただただ失うことはしたくなかったのだ。
「確かに、関係はないし、それどころか、意地悪されたけど。でも、いい人だっているし……」
「その数少ない“いい人”の為に、キミは命をかけるつもりかい?」
「い、命!? 大袈裟な……」
魔法剣士は苦笑いするが、腕を組むリーパーを見るに、どうやら冗談でもなんでもないらしい。
「これだけのことが出来るんだ。それだけ力がある存在ということになるわけだけど……」
「……」
「キミは、キミ自身の目的を忘れていないかい? その為に切り捨てるものを選ぶのもまた、大切だよ」
開けた窓から入る風が、魔法剣士の赤髪を揺らしていく。次第に聞こえてくる通りの声に、魔法剣士は釣られるようにして外を見た。
「……街ってさ、賑やかでいいよね」
その意図が汲み取れず、リーパーも習って外へ視線をやる。忙しく行き交う人々の中には、冒険者の姿も見える。魔法剣士はその人々を目を細めて眺めながら、
「いなくなっちゃったら、淋しいよ。それが悪い人でも、いい人でも。街ってさ、きっとそういうものだから」
と視線をリーパーへと戻した。
リーパーはため息と共に魔法剣士を見るが、その目は呆れというより、諦めにも似た何かを含んだそれに近い。だから魔法剣士は笑い、
「だからリーパー。僕らの面倒、見てくれる?」
「全く。キミは人使いが荒いと言われないかい?」
「人っていうか、リーパー使いかな」
その意地の悪い笑みに、リーパーは負けたように肩を落とすと「とりあえず、仲間を起こしてきなよ」と部屋を示した。
さて一行は、聖女と戦士に合流するまでの間、少しでも情報を集めようと、街中を散策することにした。まぁ、今のままでは滞在証が無い為、結局のところ北へ抜けることなど出来はしないのだが。
相変わらず土っぽい中を歩き、さてどこから散策するかと、通りの端で四人と一匹で固まる。
「リーパーはどこが怪しいと思う?」
そのストレートな質問に、リーパーはやれやれと頭を横へ振り、
「どこ、というのは的確ではないね」
と的を得ない答えを返した。舞手が「はぁ?」と顔をしかめ、リーパーに少し詰め寄る。
「ほんっとお前は嫌味な言い方しかできねぇのな」
「嫌味で悪かったね。でも嘘は言っていない」
「どこ、は的確じゃない……。でも魔法力は乱れている……?」
舞手がまだリーパーに何か言っているが、特にそれを止めず、魔法剣士は考え込む。通り過ぎる人々が次第に増えていき、話し声も多くなってきた頃だ。
「なぁ、聞いたか? 歌姫が来てたんだってよ」
「まじで。俺も会ってみたかったもんだ」
「今は踊り子より歌姫の時代だよなぁ」
下品な笑いをしながら歩いていく男たち。魔法剣士はそれを目で追い、それから何かを思いついたようにリーパーへ向き直った。
「ねぇ!」
「やっと気づいたかい?」
魔法剣士は大きく頷く。
「君のあれって、歌や踊りでも出来るんだよね?」
舞手とリーパーの間に割り込み、リーパーの肩を掴んで強く揺する。それを多少怠そうに払いのけ、リーパーは「もちろんだ」と腕組みをした。
「踊り、つまり舞いは、今の貧相な人間たちが編み出した苦肉の策だろうけど、ボクのあれと根本的には変わりない。けれど、舞いにそこまでの力は無いだろうね」
「それなら歌で魔法力をばら撒いてる……? 魔法力を撒いて、あの物体にしたとして、何をしようとしてるんだろう」
そこまで考えていると、少女の腹の音が盛大に鳴った。少女は真っ赤になると、魔法剣士の腰辺りに顔を埋めてしまう。
それに魔法剣士は苦笑いし、それから頭を撫でてやると、
「朝ご飯食べながらでいっか」
と近くの食堂を指差した。