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すき通らない文字列の断章の話。

 さてこの中立街。通称“金とメッキの街”は、表向きはとても綺麗な街だ。だが一歩、裏の世界へ踏み入れてしまえば――。まぁいい。

 外面を気にするこの街の、いやこの国全体の人間を揶揄るのに、これほど似合う名前はあるまい。


 一行は本日の宿を探す為、その中を歩いていく。すれ違う人間たちが、魔法剣士を、いやその腕に抱かれた少女を奇異の目で見ている。

 少女もそれになんとなく気づいたのか、魔法剣士の肩口に顔を埋める。その頭を撫でてやると、魔法剣士は隣を歩く舞手に少し寄った。


「ねぇ、僕って有名人?」

「有名人ねぇ。ま、チビ連れは珍しいんじゃねぇの」

「どうしよう、サイン書く練習してないよ」


 コソコソ話していると、先頭を歩いていたリーパーが立ち止まった。その背中にぶつかってしまい、魔法剣士が「ごごごごめん」と謝るが、その表情は渋い。


「……宿、ここでいいかい?」


 そう示したのは、なんとも形容し難い普通の宿だった。隣の宿は少し豪華なのか、入口に“お一人様一泊五千ルク”とある。その反対側の宿には“一部屋一泊百ルク”とあるが、ボロボロの、今にも崩れそうなそれに流石に入る気はない。


「意外とリーパーって常識人?」


 それにリーパーはあからさまに不機嫌さを出し、面倒くさいとばかりにため息をつく。


「別にボクは困らないのだし、野宿でもいいんだけど?」

「さぁて、宿だ宿! 楽しみだねぇ!」


 わざとらしく少女に微笑んでから、魔法剣士が率先して宿へと入っていく。次にリーパーも入ろうとし、突っ立ったままの舞手を振り返った。


「早くしなよ」

「っせぇよ」


 そうして二人も入る。カウンターでは魔法剣士がペンを持ったまま、主人から渡された紙切れとにらめっこしている。降ろされた少女が、なんとか覗き込もうと、カウンターに手をかけている。

 見かねた舞手が肩車してやると、少女は一瞬目を開いて驚いた後、嬉しそうにその頭にしがみついた。少女に乗ったままのロディアが、


「まいたんのあたまは、さらさらでち! だーりんより、きれいでち!」


と騒ぐのを、魔法剣士が「酷い……」と恨めしそうに横目で見る。主人が早くしろと言わんばかりに机を人差し指で叩いた。


「兄さん、早く書きな。大人三名に子供一人、それから……まぁフワリンなら問題ないか」

「え? あ、あぁ、すみません。名前書くの久しぶりで緊張して……」


 そう苦笑いするが、主人から睨まれ、魔法剣士は「ごめんなさい」と慌ててペンを走らせ始めた。リーパーは「サイン出来てよかったじゃないか」と鼻で笑う。

 書けた紙切れを主人に渡し、魔法剣士は代わりに鍵と一枚の紙を受け取る。鍵に書いてある番号は、二階の一番奥だった。


「ええと……、ご飯は出ないのと、あとお風呂は一階だってさ」


 渡された紙を読みつつ、魔法剣士が奥へと歩く。部屋はベッドが二つの、それ以外何もない、いや何も置けない小さな部屋だった。


「僕はその子と寝るとして、まいちゃんとリーパー?」

「誰がこんな奴と!」

「そもそもボクは睡眠を必要としない。だからキミたちで好きなように使うといい」


 まぁ、確かに絵面的にも、魔法剣士と少女が寝るのは構わないとして、あとの二人はキツいものがあるしな。舞手一人で寝てくれるなら、そのほうがいいに決まっているだろう。


「寝なくていいのはわかったけど、お風呂は?」


 ベッドに腰かけ、舞手から降ろされた少女を膝に乗せながら、魔法剣士が首を傾げる。リーパーは壁に背を預けたまま、


「必要はないが、入らないわけではないよ」

「じゃあ、皆でお風呂行けるね!」

「みん、な……?」


 リーパーが考えるように口元に手をやる。魔法剣士が少女の頭を撫で「綺麗にしようね」と笑う。少女もまた嬉しそうに微笑む。


「ご飯の前にお風呂かなぁ。埃っぽいしね」


 少女が膝から降りるのを待ってから、魔法剣士も立ち上がる。早く早くと急かすように手を引っ張る少女に、魔法剣士が「はいはい」と頭を撫でた。


「行くなら早く行こうぜ。入ってそのまま外に飯を食いに行けばいいしな」

「……ちょっと待ちたまえ」


 リーパーはゴミを見るように舞手を見、


「魔法剣士くんはわかる。その子供も懐いているしね。でもキミが一緒に行く必要はないだろう? もしかして、そういう嗜好の持ち主かい?」

「お前は何を考えてんだ! こんなチビに、んなもんなるわきゃねぇだろ!」

「さてどうだか」


とため息をついた。少女の頭に乗ったままのロディアが、魔法剣士と舞手を交互に見つめ、それから何か納得したように「あぁ!」と跳ねた。


「ちってるでち! こういうの、ろりこんっていうんでち!」

「ちげぇ! てかどっから覚えてきたんだ!」


 舞手がすかさずロディアを掴み、むにむにとその身体を潰す。ロディアは楽しそうに「いやぁ、へんたいでちー!」と笑ってはいるが、リーパーからの視線は更に冷たくなるばかりだ。

 魔法剣士は呑気に笑いながら、


「ロディア物知りだねぇ」

「ふふんでち!」

「ふふんじゃねぇ!」


と騒ぎ続ける。もちろん、時間は既に夕刻だ。そんなに騒がしければ、どうなるかわかるな?

 激しく扉を叩かれ「お客さん! 煩いよ!」と言われ、魔法剣士は「すみません!」と扉へ半ば叫ぶようにして謝罪を飛ばした。主人がぶつぶつと何か言いながら離れていき、それを確認した魔法剣士が頭を掻きながら、


「とりあえず、お風呂、行かない?」


と扉を指差した。




 この世界の風呂は、宿によって様々だ。こうして宿に浴場があるもの、そもそもとしてないもの、各部屋についているもの。ま、金があればどうとでもなるということだ。

 他の客もいる中、リーパーを除く三人と一匹で湯船へと浸かる。あれほど散々悪態をついていたリーパーは「見知らぬ人間と入るわけないだろう」と部屋で本を開いている。


「肩まで浸かろうねぇ」


 少女を魔法剣士と舞手の間に座らせ、その頭に少し濡れたロディアを乗せてやり、魔法剣士は少女に笑いかけた。封印の件は大丈夫なのかと思ったが、微笑む少女を見るに、どうやら少しくらいなら離れても問題はないらしい。


「ご飯何食べたい?」

「……!」

「うぅん、やっぱ話は出来ないかぁ」

「……」


 目を伏せた少女に、慌てて魔法剣士は手を振ってみせ、


「あぁ、ごめんね! じゃあ、色々選べるとこがいいかなぁ。ハニートーストとか好きかな?」


と舞手を見た。舞手が睨むのに「冗談冗談」と笑ってみせ、魔法剣士は湯船を上がる。

 部屋で待たせてるのが悪いと思ったのもあるが、それ以上に他の客の目が気になる。リーパーの言葉を借りるわけではないが、そういった嗜好の輩がいないわけではない。今は聖女がいない為にこちらへ連れてきたが、やはり今度からはあちらへ任せようと心に決めた。


「リーパー、お待たせ」


 部屋の扉を開けば、相変わらず本の山に埋もれた姿が目に入り、魔法剣士は呆れたように笑みを零した。まぁ、出すのも仕舞うのも、奴にかかれば一瞬で終わることだ。片付けろと言うつもりはないが、もう少し節度を守ってほしいとも思う。

 その中の一冊を手にし、魔法剣士が渡そうとしたところで気づく。それらの本が、全て童話であることに。


「もしかしてこの子のため?」


 リーパーは当たり前だと言わんばかりに首を傾げる。


「子供というのは、子守歌や童話を聞いて眠るものなんだろう? 正直、ボクにはどれがいいのかわからないからね。キミが選んでやるといい」

「選ぶって言っても……」


 ゆうに百冊ほどはあるだろうか。

 一冊一冊吟味していれば、それだけで朝日とご対面しそうなものだ。


「そうだなぁ……。とりあえずご飯にしない? 君も少しは食べようよ」

「食事は必要としない。が、キミがそう言うなら悪くないね」


 なんとも面倒くさい奴だが、魔法剣士にはわかっているのだ。これが奴の、奴なりのコミュニケーションだということに。

 だから山のような本は一旦そのままにして、一行は食事を取りに外へと繰り出した。


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