話をしてもわからない話。
こうして魔法剣士の一行は、一旦四人と一匹だけの面々になった。魔法剣士の頭にいたロディアは、情けない表情の舞手の肩に乗り、その腑抜けたツラにグリグリと体を押しつける。
「げんきだすでち。ほら、ふわふわでちよ」
「んなもんで元気出るかよ」
舞手はロディアを無造作に掴むと、そのまま少女の頭へと乗せた。魔法剣士が「ふわふわはお嫌い?」と首を傾げるのを無視し、舞手は聖女たちが向かったほうへ歩き出そうとする。
「どこに行くつもりだい?」
リーパーの言葉に舞手は振り向かず、背中を向けたまま、
「お前には関係ねぇだろ」
と一歩、二歩、進んだところで。
「止まれ」
二歩目を出した状態で固まった舞手は、もちろん振り向いて文句を言うことも出来ずに、そのままの格好で「おい」と声を荒げた。その背後から追い打ちをかけるように、リーパーのため息が聞こえてくる。
「キミが途中で死のうがどうでもいいけど、追いついたとしてキミに何が出来るんだい」
「……」
「端的に言うけど、キミがあっちに行っても足手まといなんだよ」
流石に言い過ぎではと魔法剣士が止めに入るが、リーパーは構わずに話を続ける。
「ここ、確か“黄の国”と言ったか。この国の情勢をキミたちは知っているのかい?」
「じょーせー?」
首を傾げた魔法剣士に習い、少女も同じように首を同じ角度で曲げる。
「ここは今、二大勢力によって少しごたついているんだ」
「それはなんで?」
「魔王軍に対抗するかしないかだよ。その為に魔法を戦いの道具として扱おうと言い張る北の“過激派”。それとは逆の、魔法とは自然からの贈り物で、戦いに使うべきではないという南の“穏健派”。ま、どちらも自分の考えこそが正しいと言い張るだけの、面白くもない集まりなわけだが」
そこまで言うと、リーパーが指を鳴らした。途端に舞手の体に自由が戻り、舞手はいきなりのことでバランスを崩してしまう。倒れた舞手が「この……っ」とリーパーを睨むも、当の本人は涼しい顔だ。
「そして港はその“穏健派”の領地にある。見慣れない人間は、怪しまれるのがオチだ。あの三人なら、まぁ上手く抜けられるだろうけど」
舞手がリーパーに殴りかかるが、リーパーはそれをひらりとよけてみせ、そのまま舞手の手を掴み、軽々と舞手を地へと伏せさせた。流れるような動きに、魔法剣士から「おぉ」と歓声が上がる。
「ボクは戦士くんやお姉さんより力はない。たぶん魔法剣士くんよりないだろう。もちろんキミよりもね」
「……」
「なのになぜキミが敵わないのか。もう少し冷静に考えてみなよ。無い頭を絞り取る勢いでさ」
励ましているのか貶しているのか。リーパーはそれだけ言うと、聖女たちが向かったほうとは逆へ歩き出した。
「まいちゃん」
魔法剣士が少女を降ろし、倒れたままの舞手へ手を伸ばす。が、いつまで経っても舞手は握ろうとせず、魔法剣士がもう一度呼ぼうとしたところで。
「どうせ、舞えねぇんだよ……」
「まいちゃん……」
小さく聞こえたそれに、魔法剣士は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに屈むと、舞手を優しく見つめた。
「僕は、見たいな。まいちゃんの舞い。きっと綺麗だよ」
「あ? だから舞えねぇって」
舞手のそれは、半ばやけくそ気味に聞こえた。だから魔法剣士は、微笑んだのだ。
「誰が何を言っても、それこそまいちゃん自身が舞えないって言っても、僕は、僕だけは、まいちゃんの舞いを見たいって何度でも言い続けてみせるよ。お姉さんに見せてあげようよ。まいちゃんの舞い。ね?」
「……」
「ほらほら! 僕だって魔法使えなかったのに使えたでしょ!? それと一緒一緒」
最後に歯を見せ笑い、魔法剣士は立ち上がり少女を再び抱き上げた。
「リーパー! 待ってよー! 置いてかれたら淋しいじゃんかぁ!」
慌ててリーパーを呼び止めると、魔法剣士は「早く行こう」と舞手を一度だけ振り返る。舞手はそれに口の端だけ持ち上げ笑ってみせると、
「見たら金、よこせよな」
「え、有料なの!? 僕たち友達だよね!?」
「だから友達じゃねぇっての」
だがそう言う奴の顔は、とても穏やかだったんだがな。
さて。こいつらが森を抜ける間に、少し“黄の国”について話してやろう。
リーパーも言ったことで概ね説明されたが、一行が今向かうのは、二つの勢力の丁度真ん中。所謂、緩衝地帯というやつだ。
その緩衝地帯にある街では、争いはご法度とされている。通常、冒険者や旅行者は、北か南で滞在証を発行される。それを持っていれば、大体は安全に街道を通ることが出来るというわけだ。
この街、中立街でも同じ。その滞在証を見せ、南から北へ抜けるのだが――。
「滞在、証……?」
門兵に聞かれ、魔法剣士はなんのことやらとリーパーをちらりと見た。
「へぇ。そんなものがいるのか。面倒だな」
「知らなかったの!?」
「人間の作った決まりなんて知るわけないだろう」
まるで自分は人間ではない、と暗に言っている言い方に、門兵の眉がピクリと動く。
「兄さんがた、南から来たようだが、この国のもんでもない。滞在証も発行されてないときた。北の回しもんか?」
「え? いや、まさか! だって僕たち怪しくないじゃないですか! 怪しいとこあれば言ってくださいよ!」
魔法剣士が苦笑いし門兵に詰め寄った。
「怪しいとこ、ねぇ。全部かな」
「存在を全否定ですかそうですか!」
「いや、だって、ねぇ?」
尚も怪しがる門兵。魔法剣士は埒があかないと判断し、
「ちょっと待ってて! 怪しくない証拠話し合ってくるから!」
「話し合うってなんだよ! 怪しさ満点じゃねぇか! この怪しい奴、め……」
と鬼気迫る門兵を後にしようとした時だ。リーパーが魔法剣士を引き止め、前へ進み出た。そして礼儀正しく頭を下げる。
「連れが失礼致しました。滞在証、でしたか? こちらで合っておりますでしょうか」
そうリーパーは言い、少女の頭に乗っていたロディアを手にし、門兵へと示してみせる。もちろんロディアはロディアであって、滞在証でもなんでもない。
「ふざけんのも大概にしろよ! 第一それはフワリンじゃ、ねぇ、か……」
門兵の目が次第に虚ろになったかと思うと、門兵は「あるじゃねぇかぁ」と口の端を歪めた。
「なんだ兄さんがた……、行商かい……?」
「えぇ、いつもお世話になっております」
「いつも……。あぁ、なんだ、学者先生のとこの……」
虚ろながらも、その口ぶりはまるでリーパーを知っているように。いや、奴が知り合いに見えているかのように話している。
滞在証だと示されたロディアが「わたちふわりんじゃないでち?」とリーパーを見上げる。それに静かにという仕草を返すと、リーパーはいつもの無愛想はどこへやら。どう見ても胡散臭い微笑みを浮かべ、
「今回は先生がお手空きにならず、不甲斐ないながらも、こうして弟子である私共が足を運んだ次第です。入れて頂けますでしょうか」
「あぁ、なんだ……。学者先生、忙しい、もんなぁ……」
「えぇ全く。さ、早く入りましょうか」
とロディアを少女の頭へと戻した。
堂々と入っていくリーパーに続いた魔法剣士が、門兵をちらちら見るが、その目はまだ虚ろなままだ。
「ね、ねぇ、あれ大丈夫?」
「あれ? あぁ、しばらくすれば忘れているさ」
門を通り、街へ続く橋を渡る。向こう側から聞こえる賑やかさに、ついはしゃぎたくなったが、それはグッと堪える。
「一体何をしたの?」
「彼の目には、ボクらは彼が知っている誰かに見えていたはずだよ。それに話を合わせただけさ」
舞手が「幻覚かよ……」と頬を引きつらせるが、それにリーパーは背中越しに舞手に視線をやり、
「一番穏便に済む方法だと思うけど? 別に消しても構わないのだから」
「お前、それはやめろよ……」
「ならあれで良かっただろう?」
とにやりと笑った。舞手が、うんざりするという顔をするのに対し、少女は目をキラキラさせながらリーパーを見ている。
それにリーパーが気づき、ため息と共に「なんだい?」と目を細める。少女はふるふると首を振ると、魔法剣士にしがみつくように強く抱きついた。
「あー、きっと“すごい”って言いたかったんだよ」
「すごい? 何を当たり前のことを」
「君、自信過剰って言われない……?」
橋を渡り終え、門をくぐれば――。
少し土っぽい茶色に近い街並みが、一行の前に姿を現した。




