こうして、そうして、ああする話。
「あれ」
起きるとそこは、ベッドの上だった。見覚えのあるシーツは、いつぞやの美女と話した時のものだ。ということは、だ。
「はぁい」
いつの間にいたのやら。あの美女がベッドに腰掛け、際どい布一枚しか身に着けていない状態で手を振っていた。
魔法剣士は呆れながらも手を振り返し、ベッド以外にも何かないかと見回してみる。ベッドはあの時と同じだが、部屋は見覚えのある妖精王の屋敷と同じ造りに見えた。
「どうもこんにちは。これもまた夢ですか」
「夢と思うのは勝手だけど、夢じゃなかったら……?」
「夢と信じたまま卒業するのは嫌だなぁ」
頭を掻き、それから魔法剣士は体を少し動かした。気怠さがあるものの、痛みはない。
「なんか身体が怠いなぁ」
「うふふ、なんでか知りたい?」
「え。まさか本当に僕……」
魔法剣士は顔を覆い「あー」だの「うー」だのとほざいていたが、指の隙間から見える美女の妖艶な笑みは、その答えを肯定しているようで聞くに聞けない。
そんな魔法剣士の髪をふわふわと触り、それから頬を撫で、美女は「思い出してみる?」と魔法剣士の額に口付けた。
「あわわわ! 夢なら覚めて!」
「だから夢じゃないってば」
「尚更質悪くない!?」
慌てて押し返そうとするが、細腕に似合わない美女の剛力によって、魔法剣士は簡単に押し倒されてしまう。
「やだ待って怖い!」
美女の手が服の中をまさぐりだし、魔法剣士の口から「いやあああ!」と情けない声が聞こえ――
「全く。元気そうじゃないか」
扉から入ってきた白髪に、魔法剣士が「ふえええ!」と手をバタバタと振った。
「妖精王! これどうなってんの!? やっぱり夢なの!?」
冷めた目で魔法剣士を見つめ、それから妖精王は開いた扉の隙間から誰かを引っ張った。魔法剣士は押し倒されたまま、入ってきた誰かをよく見ようと顔だけ起こす。
黒髪がさらりと揺れるのが見え、嬉しさでつい顔が綻んでしまう。黒髪の少女は魔法剣士が目覚めているのを確認すると、その目をぱっちりと開き、泣きそうな、嬉しそうな顔をして、ベッドへと小走りで近づいた。
「君、感情が戻ったの!?」
「……」
少女が何度も何度も頷く。魔法剣士が頬を綻ばせ、それから上になっている美女に「あの、どいてください」となんとも真剣な顔つきでお願いをする。
「えー。どうしよっかなぁ」
妖艶に笑い、あくまでもどく気がないらしい美女を、少女が精一杯の力でどかそうと押す。
「……!」
「何、このちんちくりん。邪魔するならまた夢を……」
少女の頭に触れ、美女が鼻を鳴らしたところで、
「いい加減にしないか、花妖精」
「でも妖精王……」
「後でボクがキミたちに付き合う。それならいいだろう?」
と花妖精にとっては願ってもない代替案が出され、仕方ないとばかりに美女はベッドから降りた。
「妖精王に感謝しなさいよ、このちんちくりん」
「……」
少女もまた負けじと美女を睨み、部屋から出ていくのを確認してから、飼い主に擦り寄る猫のように魔法剣士の頭に抱きついた。
「もう、そんなに嬉しいのかぁ? 僕も嬉しいぞぉ」
「……!」
魔法剣士にこれでもかというほど抱き締められ、二人揃ってベッドの上で転げ回る。なんとも微笑ましい光景だが、妖精王はこれを見たいが為に少女を連れてきたわけではない。
「喜んでいるところ申し訳ないのだが、その子供について、君に説明をしておこうと思ってね」
「説明? なんの?」
「この子供の状態についてだが。前にも言ったが、この魔法は昔、罪人を拘束するものだと説明したのを覚えてるかい?」
魔法剣士は少女から手を離し起き上がると、馬乗りになったままの少女の頭を撫でてから「覚えてるよ」と頷いた。
「今かけられている魔法は不完全で、いや、だからこそ、ボクがある程度までなら緩和が出来る」
「つまり?」
「ボクの側にいる限りは、その子供の拘束を緩められる。ただ、きちんと解くには、何かしらの鍵が必要になるだろうが……」
「あー、つまり」
手をポンと叩き、魔法剣士が屈託ない笑みを妖精王に向けた。
「君も一緒に来るってことだね!」
「いや、ちが」
「大歓迎に決まってるじゃないかぁ! 改まっちゃってさ、ビックリしたなぁ」
「いや、鍵を君が探して」
「寝てる場合じゃないや! 皆も歓迎してくれるよ!」
魔法剣士は少女に「行こう!」とベッドから降りるよう促し、自身もまたベッドに腰かけた状態で伸びをする。心配そうに自分を見る少女の頭を軽く叩くと、扉から呆れたように見ている妖精王に「行かないの?」と首を傾げた。
「あぁ、いや、はぁ……」
腕を組んでため息をつくも、その理由を目の前で笑う奴がわかるわけがない。ちらりと少女に視線をやれば、妖精王に苦手意識を持っているのか、魔法剣士の影に隠れてしまった。
まぁ、少女の両親を、いや村を壊滅させたのがあの男なのだ。同類である妖精王に苦手意識を持つのも、仕方のないことだろう。
「皆はどこかなぁ。広間かな?」
部屋を出た魔法剣士が、少女を抱き上げ、後ろを歩く妖精王を振り返る。
「キミが眠っている三日間、彼らは彼らで過ごしていたようだね。今の時間なら、昼食を摂っているんじゃないかな」
「三日!? 家にいた時でもそんなに寝たことないよ!」
「驚くとこはそこなのかい……?」
そうこう話しているうちに、昼食を摂っているという広間へと着いた。魔法剣士が扉へ手をかけた時、中から舞手の怒鳴り声が聞こえてきた。
「オレはピーマンが苦手だっつってんだろ!」
「あれ、まいちゃん。どうしたんだろ」
不思議がりながらも、扉を開ければ。
机を叩いて立ち上がったであろう舞手と、それに構わず食事をする師匠殿、森妖精に注いでもらったミルクを舐めているロディア。困り顔の聖女が、料理を運ぶ森妖精に「ごめんなさいね」と謝っている。
「まいちゃんにピーマン食べさせるの、お姉ちゃんも苦労してるのよぉ。いつもは細かく刻んで、ピラフやハンバーグに入れてるんだけど」
「待て姉貴! あれ入ってたのか!?」
「あらあら、気づいてなかったなんて……。お姉ちゃん、お料理の天才ね!」
ほんわか笑う聖女が、入口で立ったままの魔法剣士に気づいて手招きをする。魔法剣士も手を振り返すと、空いている席へと座った。
「よかったわぁ、目が覚めたのねぇ」
「お姉さんも元気になったんですね。師匠も、腕は大丈夫でしたか?」
師匠殿が食器を置き、それから右手を何回か握る仕草をしてみせる。異常はないように見え、魔法剣士はホッとしたように胸を撫で下ろした。が、続く言葉に顔をしかめる。
「それなんだが……」
「もしかして、あんま良くない、とか」
聖女の表情が沈む。
「ごめんなさい。私の力が至らないばかりに」
「なぁに言ってんだい。アンタが治療をしてくれたから、アタシは生きていられるんだよ。胸を張りな」
歯を見せて笑う師匠殿に、聖女も頭を小さく下げ、手元の料理に手をつけ始めた。奥に座った妖精王が、近くの森妖精に料理の手配を伝え、それから俯き気味の聖女に目をやる。
「キミが気に病む必要はない。むしろ、キミだったからその程度で済んだんだ。アレに対してもそう。まぁ、痛くしたことは、その、反省している」
「あら。わざとだったんですか?」
「まさか。久しぶりで加減が掴めなかっただけだよ」
森妖精が運んでくれた水を口にしてから、妖精王は苦笑し、サラダへと手を伸ばした。
「ま、そういうわけだからさ。アタシは治療院へ行って、しばらくリハビリに励もうかと思ってね。だからアンタらとはここでお別れだ」
「え! 師匠、何言ってんの!? 僕全然強くなってないよ!?」
今度は魔法剣士が声を荒げる番だ。師匠殿は「そんなことないさ」と首を振る。
「確かに力も速さも、今は技もないが、それでもアンタは、仲間の為に立ち向かったじゃないか。それがアンタを強くしていくのさ」
「僕を強くするもの……」
魔法剣士は両手を見つめ、それから水を一気に飲むと「わかったよ、師匠」と笑顔を見せた。
「てか、まいちゃん。ピーマン食べれなかったんだね。こんなに美味しいのに」
そう言いピーマンを丸ごとかじってみせる。隣の少女もまた、それを真似し丸ごとかじる。まるで親の真似でもしているかのようなそれに、舞手の頬が引きつった。
「丸ごと食うもんじゃねぇだろ普通! てかお前、好き嫌いあるんじゃなかったのかよ!」
「ないよ?」
「肉食ってなかったろ!」
「いやだって、あれは、ねぇ……。ちょっと事情が違うというか」
バリバリと二つ目に手を伸ばした魔法剣士が、少女に「美味しいねぇ」と微笑みかける。少女が笑うのを見て、魔法剣士は一層嬉しそうに頬を緩めた。
戦士が食事を終え、用意された紅茶で喉を潤すと、パンを千切りロディアに与えている魔法剣士を不思議そうに見つめる。
「それはそれとして、これからどうするつもりなのだ?」
「あ! それなんだけどね、この子の魔法? を解くのに鍵が必要らしいから、それを探しに行こうと思って。妖精王も来てくれるって」
「ちょっとキミ、勝手に……」
頭を押さえ、すぐに否定しようとしたのは妖精王だ。当たり前だが、奴は同意していない。
しかし話を聞いていた森妖精の一人が、言いにくそうに、だが決意した瞳で妖精王を真っ直ぐに見据え、
「あの、妖精王!」
「ん?」
「私たちは貴方様に救われて以来、こうして仕えてきました。だからこそわかるのです。ここ数日、貴方様が満たされているのが。止めていた時間を動かしても、私たちは反対などしません。いえ、誰がするのでしょう。だから」
森妖精たちがずらりと並び、そして頭を下げた。
「いってらっしゃいませ、白き妖精王。ここは我らが御守り致します。貴方様がお戻りになる、その時が来るまで」
「キミたち……」
持ったままの食器をそのままに、それでも渋る妖精王に、魔法剣士が何か思い出したように「あ」と視線を上にやる。
「本の約束」
「……」
「僕のお願い、聞いてくれるんだよね?」
「……わかったよ」
頬杖をついてそう答えた妖精王が、微かに微笑んでいたのだが、魔法剣士含め、それに気づく者はいなかった。いや、あの少女が気づいていたようだが、誰にもそれを言えはしなかった、が正しいのだろうな。




