でもでも、だって、な話。
最初に飛び出した戦士の斧が、男の脳天目掛けて振り下ろされる。迷いのないそれは一直線に向かう、が男はそれをよけようともせず、片手で軽々と受け止めた。
「チィッ」
「ご苦労さぁん。ま、並みよりはつぇぇえええんじゃねぇのぉ」
空いた片方で耳をほじり、フッと指先に息をかける。
「混ざりものが始祖サマに勝てるわきゃねぇだろぉ? 俺っちはテメェのご先祖サマみてぇなもんなんだよ。敬えよ」
「ほう。ならば先祖は先祖らしく墓の下に送って差し上げるとしよう。なぁに、香の一本ぐらい立ててやる」
戦士が斧を片手に持ち替え、空いた片手を男の腹へと打ち込んだ。もちろんそれだけで男が動じるわけがない。見えない何かによって戦士の手を止めると、退屈だと言わんばかりにため息をついた。
「なんだなんだぁ、口だけかぁ? やっぱ混ざりものはこれだから……!?」
戦士の影から飛んできたのは、小さな石だ。それに視線を取られ、男は一瞬隙が出来る。
「っらあ!」
掛け声と共に、石とは反対の方向から舞手が現れ出る。手にした扇を男の顔目掛けて薙ぎ払う、が扇が真ん中から真っ二つに割れてしまう。
「ほぉ、これは元気なねぇちゃんじゃねぇか。前菜くらいにはなりそうだなぁ」
「オレは女じゃねぇ!」
舞手は最初とは比べ物にならないほどの身軽な動きで、地面へ両手をつくと、そのまま男の顔を足蹴りした。舞手をニタニタと見ていた男は不意をつかれ、それをまともに食らってしまう。
「がっ」
「はんっ! 人を女扱いするからだぜ!」
してやったりと舞手が笑う。
「ほぉん」
だが、そんな蹴り如きで男がどうにかなるわけはない。男は斧を握っていた手に力を込め、その部分にヒビを入れ斧を掴むようにして無理矢理戦士の手から引き剥がす。
その斧を地面へ放り捨て、男は舞手を見て舌舐めずりをした。全身からどっと汗が吹き出し、舞手は咄嗟に男から距離を取る。
それと入れ替わるように、魔法剣士が細剣を突き出して横腹を狙う。だが男は後ろへ飛んでそれをかわすと、埃を払うような仕草で服を叩いた。
「なぁんだ、女じゃねぇのかぁ。折角可愛い顔してんだ、その顔に免じて食ってやってもいいぜぇ?」
「気持ちわりぃんだよ!」
威勢はいいが、正直今の舞手がどうにか出来る相手ではない。それをわかっているからこそ、舞手はそれ以上前に出ることが出来ないのだ。
力も敵わず、速さでも負け、技術もない。そんなこいつらに勝てる見込みなど――いや、まだいたな。
「奇跡の光よ、勇敢なる輝きにてこの者たちに勇気を。柔らかな気配り」
それは奇跡の魔法だ。慈しみ、愛し、優しさを与えるその魔法は、魔法剣士たちを淡い光で包み込んで力を与えていく。前に進むための力を。
屋敷の入口に立つ聖女を見、男は「わぁお」と感極まった声を上げる。堪らないとばかりに口から溢れる涎を拭うこともせずに。
「顔よし、魔法力よし、しかも俺っち好みときた。決めた、今日のメインディシュは女ぁ、テメェだぁ」
「私を簡単に墜ちる女だと思っているのなら、その考えを改めたほうがよろしいのでは? 世の中、顔が良ければ女性がついてくるなんて、時代錯誤も甚だしいですよ」
「その気の強さもいいねいいねぇ! 啼かせたくなる!」
男が両手を目の前で交差させ、爪を長く伸ばす。鋭い爪は人間の肌はおろか、鉄さえも簡単に切り裂いてしまうだろう。
「まずはぁ! 足の腱を切ってやらぁ!」
涎を撒き散らしながら男は飛ぶ。それを遮るように、戦士が咆哮を上げながら男を羽交い締めにした。
「なんだこの力はぁ!? 女ぁ! 何をしたぁ!」
聖女はいつものようにふわりと笑い、
「皆さんのお力を、ただほんのちょっと底上げしただけです。私に出来ることなど、そう多くはありませんので」
「何が“ほんの”だぁ? 化け物並みに上がってんじゃねぇか! クソが!」
「あらあら、お口があまりよろしくないですね。そんな悪い子には、おしおきが必要かしら」
と目を細める。その後ろから飛び出したのは師匠殿だ。細剣を前に突き出したまま、男の前まで一瞬で辿り着き、その頭に迷わずにひと突きしたのだ。
「がは!」
その勢いは頭を貫通しても衰えず、首を引き千切り頭と胴体を切り離した。
「流石師匠!」
「うむ、力強いひと突きであった」
安堵する二人を横目に、師匠殿が刺さった細剣を頭から引き抜く。口から血を滴らせながら、頭が地面に転がった。
「全く……、この男は一体なんなんだい」
細剣についた血を拭き取り、師匠殿が入口を振り返る。慌てた様子の妖精王が「離れるんだ!」と叫び、師匠殿が反射的に男の頭から離れようとした時だ。
にやり、と口が歪み、地面へ飛び散った血が師匠殿へ襲いかかった。
「な……!」
「師匠!」
その血は師匠殿の腕に纏わりついた。みるみるうちに師匠殿の顔色が悪くなっていく。妖精王が入口から一瞬のうちにそこへ移動し、力任せに血から師匠殿を引き剥がした。
「師匠、師匠!」
妖精王はそのまま抱きかかえ聖女の元まで戻ると、師匠殿の身体を確認する。血がついた腕は火傷を負ったように爛れており、その顔には生気がない。
「治療します!」
横になった師匠殿に手をかざし、聖女は息を静かにひとつ吐く。
「奇跡の光よ、優しき息吹にてこの者の傷を癒せ。明るい希望」
聖女の手から溢れる光は、師匠殿の爛れをゆっくりと治していくが、次第に浅くなる呼吸に、聖女も焦りが隠せなくなっていく。
「師匠! 師匠に何があったんだ!」
それに答えず、妖精王は男の頭を、その血を鋭く見据える。
「ヒッ、ヒヒヒッ」
不気味な笑い声と共に、血が身体へと戻る。その流れに乗るように頭もまた身体へと戻り、そして何事もなかったかのように接合したのだ。
「あぁ、いてぇ。今のは痛かったぜぇ。でもま、お陰様で腹の足しにゃあなったかもなぁ」
首を左右に振り軽く鳴らしてから、男は「んんん?」と妖精王を見、それから目をギラつかせた。
「なんだぁ、同胞たぁ珍しい奴がいるじゃねぇの。あ、もしかしてあれか? ここはテメェの養食場か何かだったのかぁ?」
「珍しい、人語を介する獣か。害獣駆除は専門ではないんだが……」
妖精王が左手をひらりと振る。すると銀に光る鎌がその手に握られた。白い薔薇がつけられているのは、こいつの趣味なのか……。
「ほぉん、害獣ねぇ。テメェからも俺っちと同じ匂いがするぜぇ。やべぇ数の、血の匂いが、なぁ!」
男が甲高い笑い声を上げながら距離を詰める。それを妖精王は鎌で受け止め、そのままいなし、更に身体を細かく切り刻む。が、すぐさま再生し身体を戻した男が、妖精王の腹を抉った。
「……っ」
端正な顔が痛みで歪み、距離を取る。それを見た男が愉しげに笑い、それから「はぁん、なるほど」と鼻を鳴らす。
「テメェ、まともな飯、食ってねぇなぁ? 傷が治りもしねぇ」
「生憎、ボクはなんでも口にするような獣じゃないんでね。一緒にされるのは不愉快だ」
「こぉんなご立派な養食場を作っといて、なぁに言ってんだか」
男の言葉に、妖精王は更に不快感を露わにしていく。そんな二人の会話を聞いていた魔法剣士が、妖精王と男を交互に見、
「妖精王……、一体、どういうことだい?」
それを聞いた男が「あれぇ」と愉しげに首を傾げた。
「なぁんだ、知らねぇのか。そいつの、いや俺っちたちの飯は、魔法力だ。こんだけ囲ってんのも、自分の飯のために決まってんだろぉ」
「違う! ボクは……」
「そこのガキ、いい飯だよなぁ。可愛く可愛く、大事に旨く、育てるつもりかぁ?」
そう男が示したのはあの少女だ。頭にロディアを乗せたまま、恐怖に染まる瞳が妖精王を見つめた。妖精王が「違う」と言うが、その声は酷く弱々しい。
魔法剣士は思い出す。あの赤い目を、その目を見られないようにと伏せ、逃げるように小さくなったあの背中を。
「……彼とお前を一緒にするなよ」
だから再び立ち上がり、その細剣を構えたのだ。男に向かって。