んんん? 聞いてなくない? な話。
翌日。やはり夜は眠るものだと改めて実感しつつ、魔法剣士は眠い目を擦りながら廊下を歩いていた。
気持ちよく寝ていたところ、朝から上機嫌な森妖精に起こされ「お洋服、新調しました!」と真新しい服を渡された。今まで着ていたものは確かにボロボロになっていたし、だからといって買う資金もなかった一行には願ったり叶ったりではあったが……。
「なんか悪いよなぁ」
少女の手を引いて、頭にはまだ眠気眼なロディアを乗せて、ついでに欠伸もして魔法剣士は呟いた。
「みんなぁ、おはよぉ」
昨日食事をした広間の扉を開ける。目に入ってきたのは、戦士に喧嘩を一方的に仕掛けている舞手の姿だった。しかし戦士は相手にすることなく、むしろ舞手を片手で押さえながら笑った。
「おお、魔法剣士殿。どうだ、よく眠れたか?」
「それなりかなぁ。まいちゃんは朝から元気みたいだねぇ」
魔法剣士は少女を自分の隣に座らせ、それから朝食を運んでくれる森妖精に礼を述べる。
「元気? これが元気に見えるか!? オレは姉貴を、お前みてぇな奴には絶対渡せねぇからな!」
本人は必死に訴えているつもりだろうが、どう見ても飼い主に反抗する子犬にしか見えない。魔法剣士は「そっかそっか」と水を飲み干し、おかわりを注いだ。
「全く。昨日からずっとこんなんだよ。だから言ってやったんだ、“口だけの奴は説得すら出来ないよ”ってね」
「まいちゃんも大変だねぇ」
魔法剣士は少女のカップにミルクを入れてやり、それを少女に持たせてやった。
と、全員が揃っているはずだが、広間の扉が開く。全員の視線が扉へ向けられ、入ってきたのは、
「白き妖精王!? あ、あぁ、申し訳ありません! 本日はお食事を取られるのですね、すぐにご用意を……」
そう、妖精王だ。慌てだす森妖精たちを制し、妖精は「失礼するよ」と一番奥の椅子へ腰を降ろした。
「あぁ、ボクのことは気にしなくていい。食事も必要ない。いないものとして扱ってくれて構わない」
そう言いまた分厚い本を読み出す妖精王。森妖精たちは気まずそうに妖精王をちら見し、舞手や戦士が気に食わないとばかりに睨む。その中、聖女は「美味しいわぁ」とサラダをバリバリと豪快に食べている。魔法剣士はといえば。
「え、もしかして僕の食べる姿見に来たの? やっぱり僕の、ファン……?」
「キミは……」
昨日の今日で慣れるわけもなく、妖精王は本から顔を上げることなく渋い顔をする。それに魔法剣士は爽やかに笑ってみせ、
「そう思われたくないなら、一緒に食べようよ。食べられないわけじゃないんでしょ?」
「……」
それに妖精王は何も答えない。魔法剣士は、いやこいつらには知りもしないことだが、この妖精王、人の身を捨てた時に、そういった類のものは、まぁ今回で言うなら味覚を捨てているのだ。この妖精王が元人間だったというのは、こいつらがそれを知った時にでも、また話してやろう。
魔法剣士は少女にサラダを取り分け、パンを食べやすく小さく千切ってやりながら、未だに本から顔を上げない妖精王に続ける。話を聞いていないように見えるが、めくる手は動いていない。
「僕は、世界一美味しいご飯ってよくわからないし、食べたことない。でもご飯を世界一美味しく食べる方法なら知ってる」
「……それは?」
「誰かと一緒に食べることだよ。さ、一緒に食べよう!」
少女の口へ運びつつ、自分の分も忘れずに食べながら、魔法剣士は「美味しいねぇ」と笑う。それに少女が反応しているようには見えないが、昨日の聖女の時とは違い、大人しくそれを受け入れている。
舞手は相変わらず妖精王を睨んだまま、戦士は「魔法剣士殿がそう言うならば」と口に運び始める。師匠殿は森妖精に料理と服への謝辞を述べつつ、聖女とロディアに笑いかけている。
「……森妖精」
「は、はい、妖精王」
「ボクの朝食も用意してくれないか」
それは森妖精たちにとって、思いもよらない言葉だった。だからだろう。森妖精たちは一瞬目を丸くし、しかしすぐに慌ただしく動き始めた。
「妖精王がお食事されます!」
「ううう腕によりをかけてお作りします!」
「何をお召になられますか!? そうだ、今朝取れた卵を使って……」
広間を行ったり来たりを繰り返す森妖精たち。妖精王が「彼らと同じで構わない」と制するも、その声は奴らには届かず、あれよあれよという間に更に食卓に料理が並ぶことになった。
朝食をある程度済ませ、森妖精が食後のデザートを運んできた時。
「ところで」
魔法剣士が紅茶を注ぐ森妖精に視線をやる。
「君たちは魔法に詳しかったりする?」
「え? あ、あぁ、はい。妖精王や長老様ほどではありませんが、多少なら」
「じゃあさ、この子の魔法について教えてくれない?」
忘れていたのかと思っていたが、ちゃんと覚えていたらしい。魔法剣士は少女の頭を優しく撫でる。それに微かに瞳が揺れたが、この鈍感な魔法剣士が気づくわけがない。
森妖精の女性は「では」と一礼し、少女の瞳に被せるように手を当てる。そのまましばらく思案するように目を閉じ「わかりました」と手を離した。
「これはかつて栄えた国の、遺失魔法だと思います。感情と能力を抑え、本来の力が発揮出来なくなるものですね。妖精王なら詳しくご存知かと思いますが……」
そう言い、食事を終え本を開く妖精王を見る。昨日の様子だと、関わる気はないように見えたのだが、妖精王は一瞬だけ本から視線を上げ、それからバタンと本を閉じると頬杖をついた。
「本来の“それ”は、罪人や囚人に使うものだ。能力を抑え赤子のように何も出来なくなる。感情の喪失はただの副作用だ」
「妖精王様にはなんともできねぇのか?」
舞手の嫌味を含んだ言い方に、妖精王の眉が動く。
「あれは高位の者にしか伝えられていないし、大体ボクの趣味じゃない」
「なぁんだ、妖精王っていう割には出来ないこともあるんだね」
悪意のない笑顔で言われては、流石の妖精王も何も言えず。ため息をひとつつき、少女を視界に捉え、
「まぁ、安心するといい。今の人間の魔法力だと、それほど強い効果は見込めはしない。その子供が成長すると共に、その効果は薄れていくだろう」
と、もう話すことはないというように立ち上がった。魔法剣士の後ろを通る際に聞こえた、
「なぜこの術式が……。奇跡の一族、か」
そう零れた言葉に、魔法剣士は妖精王の背中を見送るしか無かった。
「成長すれば解ける、かぁ。じゃ、それまで僕らと一緒にいようか」
「それはそれとして、出る方法探すんだろ?」
舞手に魔法剣士は頷いてみせ、昨日借りた本のことを一同に伝える。
「本を借りたんだけどさ、文字が難しくて読めないんだよねぇ」
「お前、学校で読み書きも習ってこなかったのかよ」
「違いますぅ、なんか昔の言葉っぽくて読めないだけですぅ」
頬を膨らませ拗ねたように言い、魔法剣士は「ごちそうさまでした」と手を合わせた。先に終えた聖女が、両手で持っていたカップをしばし見つめ、何か思いついたようにふわりと笑った。
「その本、よかったらお姉ちゃんに貸してもらえないかしら?」
「え?」
「修道院で習った文字と一緒かもしれないし、もしそうならお姉ちゃんが読んであげれるかも」
流石は弐の座の聖女様、といったところか。魔法剣士は「まじ?」と聖女を見つめる。それに頷き返す聖女。
「すぐに、とはいかないけれど、お姉ちゃん頑張るわね」
「じゃ、じゃあすぐに部屋から取ってくるよ!」
慌てた様子で出ていく魔法剣士に手を振った聖女が「あ」と口に手を当てる。
「待ってる間、お師匠さんに稽古つけてもらったらどうかしら」
「それはいいねぇ。時間も余ってることだろうし」
賛成する師匠殿に、戦士も「ならば」と身を乗り出す。
「俺もご一緒させては頂けないだろうか」
「あぁ、もちろんさ。むしろこっちからお願いしたいくらいさ」
舞手一人が反対したところでどうにかなりそうにもない。だからこそ、舞手は下手なことを言わずに、ただただ大人しくリンゴをかじるしかなかった。




