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なにがよくて、何もわからない話。

 はしゃぎ出した森妖精エルフの手によって、一行はなぜか採寸をされていた。もちろん男組には男性の、女組には女性の森妖精が測っている。


「やっぱあれなのかなぁ、子供の採寸って基本女の人がするんだねぇ」

「まぁ……、大抵そうじゃねぇか?」


 ちなみにだが、舞手はあの少女の性別を理解した上で発言している。魔法剣士が少女を“少年”だと勘違いしていることは、理解していない。


「僕も女の人がいいなぁ。綺麗なお姉さんに測ってもらって、そのまま会話なんかしたりして、お友達になるんだ」

「妄想も大概にしておけよ」

「妄想じゃありませんー。これから起こる運命を話してるんですぅ」


 身体を測られながら言い合う二人。森妖精が、立派な筋肉を曝け出している戦士の肩幅を測りながら、その賑やかな光景に微笑んだ。


「いつもお二方はああなのです?」

「俺が知る限りではな。賑やかだろう?」

「えぇ。ここは変化の少ない場所ですので、ああいった光景は新鮮に見えて……」


 戦士のサイズを測り終えた森妖精が「失礼しました」と頭を下げた。


「貴公らの王は……、白き妖精王(ヴァイフィーニ)は、いつも本を読んでおるのか?」


 森妖精は微かに頷くと、手元の紙にペンを走らせつつ答える。


「そうですね。もう読む本などここには無いのですが、かといって、あの方はそれ以外特に興味を持つものがないのです」

「興味がない、か。それならば、貴公らとしては嬉しいのではないか?王が“何か”に興味を持ったことが」


 それに対し、森妖精は頬を緩ませた。戦士は「そうか」と笑い、未だ言い合う二人に呆れ顔を見せ、


「静かにしないか。森妖精殿らが困っておるだろう」


とため息を吐いた。まだお互いに言い足りないようだが、森妖精を困らせるのも本意ではない。二人は大人しく採寸され、服が完成するまでの間、風呂でもいかがかと勧められた。




 なんともまぁ、立派な屋敷だ。

 部屋は腐るほどあり、しかしそのどれもが本で埋まっているというのだから驚きだ。それでも空いている部屋はあるからと、一部屋ずつ与えられた。

 少女に関しては、頑なに魔法剣士の服を掴んで離さなかった。だからか、魔法剣士とロディア、それに少女という、所謂両手に花状態で、魔法剣士は屋敷に留まることとなったのだ。

 男女で一旦合流し、勧められるまま風呂へ入るかどうか、作戦会議と洒落込む。


「僕は入りたいなぁ。最近野宿ばっかりだったし、宿のお風呂も、お金に余裕がないと入れないし」

「お姉ちゃんも入りたいわぁ。ねぇ、ロディちゃん」

「はいりたいでち!」


 聖女の手で跳ねるロディアは、泥で汚れた体毛が気になるらしい。早くと言わんばかりに跳ね続けている。


「得体の知れねぇ奴の世話になんかなれるか! オレは入らねぇからな」

「まいちゃん不潔……」

「くちゃいでちよ」

「おい毛玉、泥団子にしてやろうか」


 舞手が捕まえようとするのを、するりするりと華麗にかわすロディア。まだ素早さではロディアのほうが上というわけだ。


「もう、まいちゃん。女の子を苛めないのよ?」


 ムッとした顔で弟を咎め、聖女はロディアに「ね!」と笑った。なんとも愛らしいその笑顔だが、舞手には効かない。いや、効く奴がここにいた。


「あああ姉上殿! なんと愛らしい笑顔! ここは俺にお任せ下され。義弟おとうとよ、風呂へ行こうぞ」

「いや待て。おっさん、今オレを義弟っつったか?」


 戦士は「はて」とわざとらしく首を傾げる。


「気のせいだ」

「ぜってぇ義弟の意味だろ! オレはお前みてぇなおっさんに、姉貴をやるつもりはねぇからな!」

「まずは俺より強くなってから言うといい。さ、裸の付き合いと洒落込もうではないか」

「やめろ! 離せ! この馬鹿力が!」


 豪快に笑い、軽々と舞手を肩へ担いで、戦士は案内された風呂場への扉をくぐった。聖女が「綺麗にしてもらうのよぉ」と見当違いなことを言うが、あれは聞こえてないな。

 魔法剣士もまたそれに続こうとして、やはり未だ服を掴んでいる少女に気づく。聖女はロディアと話しているし、師匠殿は先に行ってしまったようで既にいない。


「ま、こっちでいっか」


 特に考えもせず、魔法剣士も扉をくぐった。

 さて、どうなったと思う?

 ものの数分もしない内に、魔法剣士が慌てた様子で廊下へと飛び出してきた。たまたま通りがかった妖精王フィーニが、魔法剣士を上から下まで視線をやった後、呆れたようにため息をついた。


「キミは人様の家で」

「取れちゃったんだ!」

「……設備が取れたのなら構う必要は」


 妖精王の言葉を遮り、魔法剣士がその肩を掴んでガクガクと揺する。端正な顔立ちが引きつるが、今の魔法剣士にとってはどうでもいい。


「違うよ! 大事な、大事なアレがだよ!」

「はぁ……。とにかく、その目障りな格好をなんとかしたまえ。それともあれかい? キミは一人で入れない子供だったのかい?」

「もう! そんな屁理屈どうでもいいからさ! ちょっと見てあげてよ!」


 言われるままに引っ張られ、妖精王が示されたのは、服ひとつ身に纏わず立たされた少女の姿だ。


「ね? ね?」

「キミは……」


 妖精王は魔法剣士を、それこそゴミを見るような目でひと睨みすると、自身が羽織っていたローブを少女にふわりとかけてやった。少女の睫毛が微かに揺れ、床を映してばかりの瞳が、ゆっくりとその白髪を捉えた。


「……」


 何かを訴えるような視線から逃れるように、妖精王は少女に背を向けて立ち上がる。それから、魔法剣士を再びゴミを見るように眺め、


「キミは、雌雄の区別すらつかないのかい?」

「し、しゆう?」

「キミたちで言う、性別だ。キミは男で、この子供は女だろう?」


 魔法剣士はしばし考え――


「なぁんだ、君、女の子だったのかぁ! お兄ちゃんビックリしちゃったよ! 道理で、あるものがなくて、ないものがあるんだね!」


 少女を抱き上げ、魔法剣士は「よかったぁ」と能天気な笑顔を見せた。妖精王はといえば、深いため息と共に頭を押さえ、


「キミ、空気読めないって言われたことないかい……?」

「え! なんで知ってるの!? もしかして、僕のファン?」

「キミと話していると、頭が痛くなるよ」

「大丈夫? お姉さん呼んでこようか?」

「遠慮させてもらうよ……」


と只でさえ良くない顔色を更に悪くして、部屋から出ていくのだった。




 夕飯は森妖精たちが作ったという料理を頂いた。山菜やキノコといったものがメインだが、こういったマトモな料理が久しぶりだった為、喜んで全て平らげてしまった。

 しかしその場に妖精王はおらず、聞けば、奴が食事を口にすることはそもそもとして少ないのだという。だからこそ森妖精たちは、客人に対するもてなしが楽しいだとも笑っていた。

 採寸し作られた服は寝間着のようで、こうやって安心して寝れるのはいつぶりだろうかと、魔法剣士はベッドの上でうずくまっていた。


「……枕って、大事だったんだな」


 枕が変わっただけで眠れない奴はごまんといるが、こいつもその類だったとは。寝返りを打つにも、左にはロディアが、右には少女が寝ており、こうしてうずくまることでしか場所の確保が出来ない。


「ちょっとくらい、大丈夫かな」


 なるべく揺らさないようにして、魔法剣士はそっとベッドを抜け出した。

 帰る方法を探すとは言ったものの、正直どうすればいいかなぞ、皆目見当もつかない。ならばと、あの腐るほどある本でも漁ってみようと考えた。

 あれだけ本があるのだ。何冊かくらい、そういう本があるかもしれんしな。


「あれ。妖精王……?」


 本棚に背を預けた格好で座りながら、奴は小さな蝋燭の灯りだけで本を開いていた。周囲にはそれこそ何十冊もの本の山が積まれており、出すのも片付けるのも苦労しそうだ。


「こんな真夜中になんの用だい? もしかして、ボクの首でも取りに来たのかい?」

「違いますぅ。出る方法探しに来ただけですぅ」


 そう返したものの、正直、どこに何があるか把握していない魔法剣士には、本棚を眺めながら探すフリをすることしか出来ない。


「……キミから見て、三つ横の上から2段目だ。そこが古代魔法についての本になる」

「う、うん? ありがとう……って、これ届かないけど!?」


 言われた場所へ行ってみれば、それこそ高い位置にそれはあり、例え梯子を使ったとしても届きはしないだろう。

 それでも取ろうと、魔法剣士は跳ねる。もちろん届くはずもない。


「ね、ねぇ、梯子とか、こう、登るやつない?」

「登る必要はないだろう?」


 何を当たり前のことをと言わんばかりに、妖精王はまた左手の指先で円を描いた。あの時と同じように出てきた本を魔法剣士に差し出し、妖精王は早くしろと顎で示した。


「うぅ……、これが出来る奴か……」

「受け取らないなら戻すよ」

「欲しいです、読みます、戻さないでください」


 魔法剣士はすぐに本を受け取り、迷いはしたが、妖精王の隣に腰を降ろした。適当な箇所を開くが、文字が難しすぎて全く読めやしない。


「あの、読めません」

「知らないよ」

「あ、じゃあさ、これ読んでくれない?」

「子供の読み聞かせじゃあるまいし」


 頑なに読む気はないらしい。魔法剣士は口を尖らせるが、それすらも子供だと言われそうだったのですぐにやめる。


「君はここの本、全部読んだの?」

「あぁ、世界の本は読み漁った。知らない本がないくらいにね」

「ふーん。でも僕は、君が知らない本を知ってるよ」


 そう言い、魔法剣士が挑発するように妖精王を鼻で笑った。対する妖精王もまた、本のことなら知らぬものなしと自負しているほどだ。この挑発に乗らぬわけがない。


「へぇ? ボクより遥かに生きていないキミが知る本? あるわけがない」

「あったら、僕のお願い聞いてよ」

「構わないよ。あれば、だけどね」


 あくまでも、妖精王は無いと言いきるつもりらしい。だが覚えてるだろうか。この魔法剣士が、唯一持ち歩いている“本”の存在を。


「はい」


 そう言って懐から取り出したのは、小さな手帳だ。そう、あの時の日記だ。


「なんだい、それは……」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「まさかその薄い手帳を、本だと言うのかい……?」

「本だよ。ほら、ちゃんとめくれる」


 最初の数ページしか書かれていないが、それをめくり、魔法剣士は「ね?」と笑った。


「これはいわば、僕の歴史だ。つまり歴史書だ。そして僕は今も尚、これを書いている」

「未完の歴史書、か……。それで? ボクはそれをいつ読めるんだい?」

「え」

「未完なんだろう? キミが死ぬのを待ってもいいけど、それではキミが困るんじゃないか?」


 魔法剣士は「あー」だの「それは」だの呟き、それから手をポンと叩いた。


「一緒に行こうよ。そしたらいつでも読める」

「それは……」


 妖精王はそこで初めて口籠り、それから気づいたように暗い廊下の先へ視線をやった。魔法剣士も習って見ると、あの少女が立っていたのだ。


「あ。起こしちゃったのかな」


 本を小脇に抱えて立ち上がると、魔法剣士は「ごめんね」と少女の頭を優しく撫でる。


「こんな時間まで子供が起きているものじゃない。早く部屋へ戻るといい」

「君は寝ないの?」

「ボクに睡眠は必要ない。寝る行為が最早出来ないからね」


 そう言われては、魔法剣士も立ち去るしかない。蝋燭に揺らめく中から、微かに「良い夢を」と聞こえた気もしたが、腕の中で眠る少女の寝息によって、それは掻き消されてしまった。

 

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