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目をもって生を制す話。

 足を組み、本を乗せ、優雅にカップを仰ぐ姿は確かに気品溢れるものであり、先ほどの男のことがなければ、魔法剣士は簡単に妖精王フィーニを信用していただろう。

 それほどまでに、今こうして見ている分には、妖精王とは思えないほど至って普通の人間だ。


「あのぉ、話していいんでしょうか」


 魔法剣士が気まずそうに小さく手を挙げ、少し離れた位置に座る妖精王を伺い見た。妖精王は本から視線を上げず、ともすれば、魔法剣士たちがいることすら忘れているかのようだ。


「話していいんだよね、これ」

「オレが知るか。お前が案内しろって言ったんだろ」

「魔法剣士殿、何か策があったのではないか?」

「このバカ弟子に、そんな頭があるもんかい」


 小声で仲間同士話し、たまに妖精王の様子を伺ってみるも、やはり何も変わらない。


「あー、じゃ、じゃあ、白き妖精王(ヴァイフィーニ)、さん? えぇと、君は……」

「……はぁ」


 妖精王は深くため息をつき、本をバタンと少し乱暴に閉じた。その音に肩を震わせ、魔法剣士が小さく息を呑む。


「キミはさっき、ボクの質問に“案内しろ”と答えた。だからボクはここへ招いた。だったらキミが答える番じゃないのかい?」


 そう睨まれ、魔法剣士は「ソ、ソウデスネ」と苦笑いをし、隣に座る少女に視線をやる。フルーツにもカップにも手を出さず、しかし何も反応がないかと言えばそうではない。

 ぼんやりとテーブルを見つめてはいるが、その指先は、しっかりと魔法剣士の服を握りしめているのだ。シワが出来るほどに、な。魔法剣士は頭を優しく撫でてやり、


「ぼ、僕は……」


と声が震えるのを自覚しながら言葉を発した。それに気づいた師匠殿が「待ちな」と腕を組む。


「この子のことならアタシが話す。それでもいいかい?」

「し、師匠……」

「なぁに。元はアタシがこの子を託されたんだしね。アタシが話したほうが早いだろうよ。アンタらにも詳しく話してなかったしねぇ」


 師匠殿が懐かしそうに、そして悲しそうに目を細める。その光景を、思い出すかのように。


「アタシがこの子と会ったのは“白の国”の外れにある森だ。ボロボロの両親が、この子を抱えていてね。息も絶え絶えに教えてくれたのさ。“この子は奇跡の一族最後の生き残りだ”ってね」

「“奇跡の一族”?」


 聞き慣れない言葉に、魔法剣士だけでなく、舞手と戦士も揃って首を傾げた。その中で、ブドウの粒をひとつひとつ取っていた聖女だけが、穏やかな笑みを携えつつ、


「まぁ! 本当の話だったのねぇ! お姉ちゃん感激しちゃうわぁ!」


と少女の口にブドウを半ば無理矢理押し込んだ。微妙に口を開けようとしないところに少女の強い意思を感じるが、力の差も相まって隙間からねじ込まれてしまう。

 もちろん、この聖女に悪意など微塵たりとてない。少し不機嫌そうに見えなくもない少女の口を拭いてやりながら、魔法剣士が「それで」と続ける。


「お姉さん、その“奇跡の一族”っていうのは?」

「生まれながらにして、奇跡の魔法を扱える人たちのことよ。普通の人とは比べ物にならないくらい、強い魔法力を秘めているの」

「そうは見えないけどなぁ」


 この幼き少女のどこにそんな強い力があるというのか。魔法力がないと自負している魔法剣士には羨ましい限りだ。

 と、それまで黙っていた妖精王が立ち上がり、少女に近づいていく。その艷やかな黒髪に触れようとした瞬間に、魔法剣士は咄嗟に掴んで止めた。


「つめたっ」


 妖精王の肌は人間のそれと比べるとたいぶ低く、その冷たさに思わず手を離しかける。


「え、冷たくない? 君、低体温とかそういう問題じゃないよね!?」

「……まず、離してくれないか」

「それは……、嫌だ」

「なぜ?」


 ピリッと全身の毛が逆立った。魔法剣士はそれでも妖精王の目を見て――そして気づく。その白い目は、一見すれば白なのだが、微かに灰色のかかる薄いグラデーションになっていることに。


「君、もしかして、この子と知り合い、とか?」

「……もう一度だけ言うよ、()()()()()()()()

「ぇ、あれ? 手が、勝手に……」


 魔法剣士の意思とは反対に、妖精王の手を離してしまう。妖精王はそのまま少女の髪に触れると、その頭を鷲掴みにした。


「な、何してんだ!? やっぱりこいつ、信用ならねぇ!」


 椅子を倒す勢いで立ち上がった舞手が、少女と妖精王を引き離す為に近寄ろうとするが、


()()()

「っ」


 またあの不思議な力だ。いや、これもまた魔法と同じ理屈ではあるのだが、そもそも今の、妖精王に習って言うならば“魔法力の貧相な人間”には、これと同じことは出来はしないし、跳ね除けることすら出来ない。

 妖精王は少女の髪が乱れるのも構わず、しばらく「ふむ」と考えながら乱暴に触れ続け、それから納得したのか、やっとその手を離した。


「古代魔法か。久しぶりに見たよ」

「あらあら、もしかしてわかるのかしら?」


 聖女の問いに、妖精王が「ボクを誰だと思ってるんだい?」と再び自分の椅子へと戻った。


「その子供、“奇跡の一族”の割に魔法力がほとんど感じられない。逆を言えば、それを封じ込める為の魔法、いや呪いだな」

「僕たち、それを解いてほしくて森妖精エルフを探してたんだ! その途中で、魔法石商人から君のことも聞いて……」


 あの女性を思い出したのだろう。魔法剣士の顔が酷く歪んだ。そんな魔法剣士に構わず、妖精王は紅茶に口をつけ、


「ボクを知ってる商人?」

「あ! もしかして、前に来た男の子じゃないですか? ほら、食中花ラフレシアに襲われてた……」

「あぁ。そういえばいたね。確か、なんだったか、母親の為に薬草を探していたんだったか」


 森妖精の女性は「懐かしいです!」とはしゃぐと、魔法剣士に笑いかけた。


「その子、元気にしてます? こ〜んなに小さいんですよ!」


 そう森妖精は自分の腰辺りを示してみせるが、魔法剣士は辻褄が合わないことに首を傾げる。確か女性は、曾祖父だと言っていたはずだと。


「いや、子供というか、おじいさん通り越して死んじゃったんじゃない、かなぁ……」

「……?」


 理解していない様子の森妖精たち。困惑する彼女たちを見兼ねたのか、妖精王が本から視線を上げずに、


「あの子供は死んだ。彼らが会ったというのは、その子孫だろう。それで? その子孫はどうしたんだい」

「……僕たちを逃がすために、死んだよ。見たことない魔法を使って」


 妖精王が皮肉めいた笑みを口元に見せる。


「そうか。生命いのちを創り出そうとした結果が、自らの命を差し出すことなら、またとない愚か者だな」

「愚か、者?」


 それは魔法剣士にとって、聞き逃せないものだった。眉をひくつかせる魔法剣士には全く気づかず、妖精王は鼻で笑う。


「それ以外に何かあるかい? 人間が手を出してはいけない領域に手を伸ばすからだ。賢者? 笑わせてくれる。本物の賢者ならば、そんなものに手出しはしない。他人の為? まさしく愚か者だろう」

「お前……!」


 声を荒らげかけた舞手が、静かに本を捲る妖精王へと大股で歩み寄った。


「自分は愚かではないみたいな言い方だな。高貴な白き妖精王様よ」


 そしてその本を取り上げた。妖精王はそれにすら反応を示すことなく、左手の指先で宙に円を描く。そこに黒い空間が出来、妖精王が手を差し入れ違う本を取り出したのだ。


「それはなんだ……?」

「愚か者にしか使えない魔法だよ。一発芸程度にしか見えないだろう?」


 その次元さえも超える力に、この時の舞手は圧倒され、ただ何も言えず立ち尽くすしかなかった。しかし魔法剣士は、妖精王のその言い方に、どこか違和感を感じたのだ。

 だから知りたいと思ったのかもしれない。この、どこか冷めた、それでも柔らかい雰囲気を纏う、この青年のことを。


「君、妖精王なんだろ? 呪い解けない?」

「なんでボクが解いてやる必要が?」

「じゃあさ、帰る方法教えてくれない?」

「それもボクには関係ないだろう」


 どうやっても関わる気はないらしい。ならばと、魔法剣士はにやりと笑う。


「なるほどなるほど。じゃあさ、帰れる方法見つけるまで、ここでお世話になろうかな!」

「え……?」


 それに反応したのは、他でもない森妖精たちだ。喜びあい、おもてなしの準備だと口々に言いながら、騒がしく温室を出ていった。


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