じゃ、やりますかね、な話。
まぁ、粗方の予想はしていた。古代魔法を、この時代の貧相な魔法力しか持たない人間が使った後の末路なぞ、な。
「これ、何が……」
魔法剣士たちが歩き続けた先に、巨大な一本の木が立っていた。その麓に戦士と師匠殿、それから檻から出されたであろうロディアの姿が見え、魔法剣士たちが駆け寄った時だ。
その大木の異常さに気づき、お互いの無事を喜ぶことも忘れ、ただ呆然とその大木を見上げていた。
「アタシらが来た時には既にこの有様さ。もしこれが白き妖精王とやらの仕業なら、なんとも悪趣味なもんだねぇ」
一行が見上げる大木の幹。そこには、無数の人間の顔が浮かび上がっており、その中に見覚えのある衛兵の顔が見え、魔法剣士は「う」と口を押さえた。
「確かにあの愚行は町ぐるみで行われていた。だが、これでは余りにも……」
戦士が幹に手を触れ、酷く肩を落とした。魔法剣士は、なるべく少女に木を見せないように自分の後ろへ隠すと、口に手をやりながらも大木を見つめ、それから何かに気づいた。
「あれ? あのキノコ頭がいない」
言われて舞手も探すが、確かに、あの気に食わない顔はどこにもいない。
ロディアが魔法剣士の頭に飛び乗ると、
「だーりん。あいつ、みんなをおとりにちて、どこかにいったのでち! においがはなれていったのでち!」
「ロディア、どこに行ったかわかるかい?」
フワリンの鼻がどこにあるかは知らないが、ロディアは辺りを嗅ぐような仕草をした後「あっちでち!」と更に奥を示した。
今までの雰囲気とは変わり、その示された方向に広がるのは、腐り落ちた蔦や茨が絡みつく異様な道だ。突如として変わる風景に不気味さを感じるが、そもそもここはこいつらの概念からは外れた場所にある。そういうことも有り得るのだろう。
「強い魔法力を感じるわ。押し潰されそうな、けれど、どこか哀しい、そんな冷たい力……」
「伝説の魔法石があるのかなぁ」
「本当にそんなもんがあるのかよ」
暗い、というより腐った、という表現が似合う道を見つめた後、戦士が意を決したように進む。その後に続くように師匠殿が歩き、聖女が続くのを見送って、舞手と魔法剣士も歩き出した。
足に少し触れただけで崩れる草に顔をしかめながらも、魔法剣士も舞手に負けじと進んでいく。ちらりと横を見れば、あの少女は顔色ひとつ変えずに歩いている。
「君、すごいねぇ。僕手汗すごいと思うんだけど、嫌じゃないかな……? えぇと、大丈夫、かな?」
「……」
やはりなんの反応も示さない。
「あー、あ! そうそう、さっき助けてくれたのって君? なわけないか。さっきの女の子だったし」
そう。ここまで聞いて気づいているとは思うが、この魔法剣士、この少女のことを“少年”だと勘違いをしている。そして悲しいかな、少女にはそれを否定する術も方法もない。
少女はただ、その何も映さぬ深い瞳を、静かに揺らすことしか出来ないのだ。
そうして歩いていると、戦士がふと足を止めた。その視線は鋭く、師匠殿もまた、何かを感じ取ったように立ち止まる。
「師匠、どうかし」
「静かにしな。何か聞こえる」
何か、と言われ、魔法剣士は耳を澄ませる。木々のざわめきのような音が聞こえるだけで、それ以外は魔法剣士には少したりとも聞こえはしなかった。
「あのぉ、僕には全く聞こえないんですが」
手を上げながら主張してみたが、どうやら聞こえていないのは自分だけなのか、舞手でさえも、真剣に木々の間に目を凝らしている。いつもは同じような反応をする舞手に対し、少し淋しさを感じながらも、魔法剣士もよくよく見ようと目を見開いた。
「……いっ」
突如目に痛みが走り、魔法剣士は小さな悲鳴を上げる。
「大丈夫かい、バカ弟子!」
「ぁ、ぁ……。目に砂入った、痛い」
「阿呆! そんなもん後にしろ!」
「そんなん言ったって……、痛いもんは痛いよ」
舞手に文句だけは一人前に返し、魔法剣士は目を擦るために少女の手を離した。言っておくが、こういう時に目を擦るのはオススメしない。
目を何回か擦り、次第に涙が出てきた頃。やっと痛みが収まり視界がはっきりしてくると、少女が耳を押さえてうずくまっているのが見えた。
「ど、どうしたの? 皆!?」
少女だけではない。魔法剣士以外、全員が同じように耳を押さえ、目をきつく閉じうずくまっているのだ。かろうじて、舞手だけが片耳だけを押さえてある一点を見つめている。
「まいちゃん!」
「お前、聞こえねぇのかよ……!」
「だから何が!?」
舞手の肩を掴んで揺するが、やめろと言わんばかりに振り解かれ、魔法剣士は大人しく従った。
「クスクス、クスクス」
「フフフ」
「アハハハハ」
それは木々に紛れて聞こえてきた。
「だ、誰だ!」
魔法剣士にもやっと聞こえたらしいその声は、しばらく笑い合うと、今度は魔法剣士の周りをぐるぐると回るように聞こえだしてきた。
「ねぇ、この人間、効かないのかな」
「そっちの人間は舞手らしいからわかるけど、こっちの人間はなんで効かないのかな」
「あ。きっと鈍感なんだよ」
声しか聞こえないが、流石の魔法剣士にもわかる。
「僕のこと馬鹿にするのやめてくんないかな!? 結構傷つくからね!?」
「あ、流石に聞こえたみたいだよ」
「なぁんだ。つまんないの」
また耳障りな笑い声が響く。その声に反応するように、仲間たちは辛そうにうめき声を上げ始めた。舞手すらも両耳を塞ぎ、必死に歯を食いしばっている。
「皆に何をしたんだ!」
魔法剣士は一番幼い少女の体を抱き締め、姿の見えない何かに向かって声を張り上げた。震える少女を見るに、これは恐怖を与える類のものだということはわかる。
「何をしたんだ、だって」
「私たちは夢を見せてるだけ」
「うんうん。一番怖いもの、望まない夢を与えてるだけ。例えば貴方」
「僕……?」
なぜ自分が指名されたのかわからないが、魔法剣士は気を抜くことなく首を傾げた。
「貴方は、ドーテーにすごく恐怖を持ってる」
「自分だけこのままだったらどうしよう」
「でも失うのは怖い」
「置いていかれるのも嫌だ」
「それを夢にしてあげたのよ」
魔法剣士は真っ赤になりながら声にならない悲鳴を上げた。一連の会話を仲間が聞いていたとは限らないが、もし聞かれていたなら恥ずかしいことこの上ない。
「もうやめて言わないでお願いします!」
「アハハ、ドーテー」
「ドーテー。でも」
笑い声がピタリとやんだ。
辺りの空気が冷えるのを嫌でも感じ、魔法剣士の額から汗が吹き出した。
「その子が邪魔をした」
「人の夢に入るなんて最悪」
「だからその子には、思い出したくない思い出を思い出させてあげてるの」
腕の中で震える少女を見る。歯を食いしばり何かを耐える姿に、魔法剣士の中の、何かが切れた。
「……おい」
「え? きゃあ!」
それは一瞬だ。
姿の見えないそれを、魔法剣士はその手で掴んだのだ。手の中のそれは相変わらず見えないが、何かが存在しているように空洞が出来ている。
「今すぐ皆を元に戻せ。じゃないと」
ギリギリと力を込めていく。それが苦しそうに息を吐く音がするが、今の魔法剣士には届いていない。と、カツン、カツン、と乾いた靴音が響き、その音は魔法剣士の気を逸らさせた。
腐った木々が意思を持つかのように左右に分かれていき、目の前に現れた屋敷に釘付けになる。いや、正しくはその屋敷の階段、そこに立つ白髪白目の青年に、だ。
「君、は……」
魔法剣士の言葉に答えるでもなく、その幻想的な青年は、魔法剣士が握るそれを指差すと、
「彼女を握り潰すのは構わないが、彼女たちはボクを護りたかっただけなんだ。離してやってくれないか」
と、矛盾した言葉を吐き捨てたのだった。




