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れきせんの猛者たちの話。

 狭間の世界。

 通常は辿り着けない場所に存在する、いわば白き妖精王ヴァイフィーニが自分の為に創り出した世界。空間をいじり、通る道さえも封じたそこへ行くには、その道を開くしかない。

 誰にでも開くことが出来、誰にでも通ることが出来、誰にでも来ることが可能だが、そこから出るのは、誰にでも出来るわけではない。なんといってもそこは、繋がりなどない世界なのだから。




 魔法剣士は見知らぬベッドで眠っていた。ふと感じた重さに目を開くと、なんともまぁ、魔法剣士の好きそうな体つきの金髪女性が、馬乗りになっていたのだから驚きだ。


「え。え? 何? 美人な貴方は誰ですか!?」


 慌てふためきながらも女性を押しのける。更には女性の体が目に入り、魔法剣士は「いやん!」と顔を覆った。女性は魔法剣士の髪をふわりと撫で、指先に髪を絡ませる。


「あらん。ウブなのね。大丈夫、お姉さんが優しく教えてアゲルわ」

「いいです! 遠慮します! 僕まだ成人前だし! まずは、おおおお付き合いしないと駄目ですよね!?」


 予想を上回る展開に、魔法剣士は慌てながらも女性の手を髪から引き剥がした。その際に女性の身体に手が触れてしまい、魔法剣士は真っ赤になりながら「すみませんわざとじゃないんですごめんなさい!」と矢継ぎ早にまくしたてた。

 女性は妖艶に笑い、魔法剣士の頬を優しく撫で、その唇に指を這わせた。こいつには、なんとも刺激的過ぎる仕草に、魔法剣士の思考はパンク寸前だ。


「んもう、素直じゃないんだから。さ、全部忘れて、お姉さんとイイコトしましょ」

「全部……忘れる?」


 魔法剣士の中で何かが引っかかった。全部、と女性は言ったが、何を忘れたのかすら忘れたような気がするのだ。

 

「僕、忘れちゃいけないこと、忘れた気がする……」

「忘れたものは、忘れたままでいいじゃない。覚えてるのが辛いから忘れちゃったんでしょう? それを覚えていたら、僕ちゃん、ずっとずっと辛いままよ?」


 魔法剣士の目が虚ろになっていく。


「忘れて、いいのかな……。貴方に身を任せれば、ラクになれるのかな」

「えぇ、もちろん。ラクに、最高に、気持ちよくしてアゲル」


 女性が魔法剣士の顎に手をやり、視線を絡ませた。そのまま唇が触れ合う寸前、魔法剣士が女性の身体をぐいと押した。


「僕ちゃん、どうしたの?」

「ごめんなさい」


 いきなりの謝罪に困惑し、女性はどういうことかと首を傾げる。


「それはそれとして、初対面の女性ひととこういったことは出来ないや」


 そう言い困ったように笑う魔法剣士。相変わらず変な貞操観念があるが、今回ばかりは、これのお陰で助かったと言っても過言ではない。

 女性の顔がみるみるうちに歪んでいき、頭から口が生えていく。美しかった金髪はくすんでいき、全身を覆う体毛へと変わるのを見て、魔法剣士は悲鳴を上げた。


「待って待って待って! 聞いてない! 聞いてないよ、こんなの! 僕の初めてはロマンチックに捧げるって決めてるの! 三年は何もしちゃいけないし、まずは交換日記からなの!」


 慌ててベッドから降りようとするが、真っ白いシーツのかかった清潔感漂うベッドはどこへやら。白い繭へと変貌したそれは、魔法剣士を逃がすまいと粘着性のある糸で動きを封じている。


「誰か助けて! 誰か、誰か……誰かって、誰だろう」


 名前が出てこない。あれほど一緒に旅してきた奴らの顔が、名前が、塗り潰されたように出てこないのだ。


「あ、れ……。誰と、いたんだっけ……」


 思い出そうとすればするほど霞んでいき、それは泡が弾けるように消えていく。

 魔法剣士は頭を抱え項垂れる。その隙を逃すまいと、女性が口を大きく開いた時だ。


『お兄ちゃん、しっかりして!』


 二人の間に、虹色に輝く光が現れたのだ。


「だ、誰……」

『お兄ちゃん負けないで。思い出して。お兄ちゃんを待ってる人のために、帰ってきて!』


 その光は暖かく、魔法剣士は触れようと手を伸ばす。女性は邪魔だと言わんばかりに光を跳ね除けようとするが、その煌めく光に目がくらみ、動けなくなってしまう。


「僕を、待っててくれる、人……」


 指先が光に触れた瞬間、辺りに光が溢れ出し、その光は女性の身体を焼き焦がすと、魔法剣士の視界を奪っていった――。





「うわぁ!」


 情けない声を上げながら飛び起きる。激しく鳴る心臓を、何回か深呼吸をして落ち着かせると、魔法剣士は辺りを見渡した。

 自分に被さるように倒れている少女に気づき、魔法剣士はその体を優しく揺さぶり起こしてやる。ゆっくりと開かれた瞳に安心してから、魔法剣士は立ち上がった。


「ここは、一体……」


 なんとも不思議な場所だ。

 空には満天の星が輝いているというのに、地上は日光でも当たっているかのように明るく、青々とした草木が育っている。森には見たことのない果実の成る木々が溢れ、それらは魔法剣士の腹を空かせるには十分だった。


「とりあえず、君、立てる? どこも怪我してない?」


 手を取り立たせてやれば、少女は何も写していない瞳を、微かに揺らした。よく見ると、霞みのかかった灰色の瞳をしており、吸い込まれそうな深いグラデーションがかかっている。


「綺麗だなぁ……って、ごめんね! 綺麗とか失礼だよね、忘れて!」


 頭を掻いて苦笑いをし、それから魔法剣士は少女の手を優しく握った。自分よりも遥かに小さく、そして暖かな手は庇護欲を掻き立てられた。


「とりあえず、この辺を探険してみよっか」


 少女からの反応はないが、大人しくついてくるところを見るに、嫌がっているわけでもないらしい。それに胸を撫で下ろし、魔法剣士は草木が茂る道無き道を歩き始めた。

 

 それほど歩かずして、まず最初に魔法剣士が見つけたのは青髪の姉弟だ。相変わらず姉のほうはふわりふわりと笑っており、弟は側の小川で顔を洗っているところだった。


「まいちゃん、お姉さん!」


 魔法剣士が呼ぶと、聖女がにっこりと優しく微笑み、未だ顔を洗っている舞手の肩を揺する。その反動で手がずれたのか、舞手から「ぶっ」といつもは聞かない叫び声が上がった。


「ほら、まいちゃん。お友達よ」

「うるせぇ! 顔ぐらい落ち着いて洗わせろ!」

「あらあら、まいちゃんたら嬉しくて仕方ないのねぇ」


 先ほどの雰囲気はどこへやら。おっとりと笑う聖女にため息を零した舞手が、顔を振って水気を飛ばすと魔法剣士を見た。


「お前、無事だったんだな」

「その言い方だと何かあったほうが良かったみたいに聞こえるよ?」

「逆に何も無かったのかって聞いてんだよ」

「何もってわけは、ない、けど……」


 美女に襲われ、あまつさえ喰われそうになった夢を見たなどと口が裂けても言えるわけがない。もし知られでもしたら、これから何かあるたびに弄られるに違いないのだから。

 魔法剣士は「やっぱり何もなかったよ」と誤魔化すと、わざとらしく咳払いをし辺りを見回す。


「皆は来てないのかな?」

「おっさんが飛び込んだのは見えたぜ。ま、あの様子ならババアと毛玉も来たんじゃねぇか」

「町の人は?」

「あのなぁ」


 舞手が呆れた目つきで魔法剣士を睨む。


「オレらはハメられたんだぜ? あんな奴らどうだっていいだろ」

「そ、それはそうだけど……」


 そう言うのもわかる。だが、魔法剣士的に気に食わないのはあの男だけであり、それこそ他の町民が憎いかと問われれば、ノーと奴は答えるだろう。

 納得していない魔法剣士を鼻で笑い、舞手は腕組みをして少女に視線をやる。


「ま、チビを放さなかったことは褒めてやる」

「うん……」


 肩を落とし気味の魔法剣士に舌打ちし、舞手は川の上流へ向かっていく。宛があるわけではないが、あの二人は自分たちより旅慣れしている。ならば、水音を聞きつけ水辺に向かうだろうと踏んでのことだ。

 落ち込み気味の魔法剣士を気遣ってか、聖女がその脇腹をいきなりつついた。


「えい」

「ひゃあっ」


 飛び上がる勢いで跳ね、それから涙目のまま聖女を見る。聖女は両手を合わせると「よかったわぁ」とにっこり笑う。


「良かったって何が!? 全然ちっとも良くないけど!」

「いいことよ。だって、喧嘩するのは仲良しの証拠でしょう?」

「仲良し、仲良しなのかなぁ。あぁでも」


 今なら思い出せる。あの時、誰が頭に浮かんだのか。名前も、顔も。もしこれが聖女の言う“仲良し”だと言うのなら。


「僕はまいちゃんと、こういう仲良しの仕方しか出来ないかもなぁ」


 困ったように笑いながら、先をずんずん歩く舞手を追いかけた。



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