初秋の月。
初秋の月、十日。
狭間の場所と呼ばれる地にて、白き妖精王と対峙する。癖のある白髪から覗く白い目は、僕を冷たく見下ろしている。
「助けてよ、白き妖精王!」
懇願するように膝をついてそう言えば、ご立派な椅子に腰かけたままの白き妖精王が、手に持っていた本をバタンと勢いよく閉じた。
窓から吹き込む風が、僕のさして整えてもいない赤髪を弄ぶように揺らしていく。それを気にすることもせず、僕はただただ、懇願するしか出来ない。
「君、妖精王なんだろ? なんとか出来るんだろ!?」
精一杯に言葉を吐いたつもりだが、その言葉が妖精王に届いた様子は全く見られない。むしろ邪魔だと言わんばかりに睨まれては、僕は押し黙るしか出来ない。
「なぜボクが? キミたちがどうなろうと関係ないだろう」
「関係ない……?」
妖精王の言葉に、僕は納得出来なくて、震える体を鼓舞して立ち上がった。
「君にとっては関係ないかもしれないけど、でも僕には関係あるよ!」
「ならキミ自身が片付けるべき問題だ。ボクにとって関係ないなら、尚更」
そう言って、妖精王は話は終わりだとばかりにまた本を開く。何を言っても無駄だと感じた僕は、違う“誰か”に助けを求めようと屋敷を飛び出した。
「誰か……、誰か……!」
切れる息をなんとか口から吐き出しながら走る。誰かが助けてくれることを願っているのに、なぜ僕は自分が走っているんだろう。
あぁそうだ、と思う。
「僕が、僕がやらなくちゃ……!」
いつも誰かに助けを請い、自分は危ないことはしたくない。それのどこが悪いというのか。そうやって大多数の人は生きているじゃないか。だけど。
「もう、誰か、じゃ駄目なんだ!」
足がもつれて転ぶ。
涙と鼻水にまみれた顔に泥がつく。
口に入った土を唾ごと地面へ吐き出した。
「皆……!」
なんとか足を動かし、仲間を思い再び走る。
深い深い森を抜け、視界が開けた先には。
金の長髪をなびかせた男が立っていた。赤い目は血に飢えたようで気味が悪い。
その少し先に、座り込む黒髪の六才ほどの幼い少女。その少女を庇ったのか、青の美しい髪を持つ女性が、金髪の男に羽交い締めにされ、首筋を舐められている。その女性と同じ青の髪を短くした少年は、男にやられたのか、腹を押さえてうずくまっていた。
「はや、く……その子を連れて……、逃げて」
女性が苦しげに言う。
幼き少女は、その光景をただ呆然と見ているだけで、動けそうにもない。
「貴公、なぜ逃げぬ……のだ」
両足を非ぬ方向へ曲げた屈強な男が少年を見る。額からは脂汗がひかり、このままでは危ないことが伺える。
僕は震える左手を右手で押さえ、僕が感じたこと、思ったことを口にする。
「あぁ逃げたさ! でも、皆を助けたいんだ!」
震える足を叱咤し、僕は細剣を構えた。
剣先が震えるのはこの際ご愛嬌だ。
「このバカ弟子、が……」
腹から血を流して倒れている、少し筋肉質な女性に、僕は「師匠、ごめん」と苦笑いを向けた。
「僕は皆が大切で、誰も欠けてほしくない! なのに口ばっかりで何も出来ない。出来ないけど、一緒にここで戦いたい!」
僕は細剣を握りしめる。
そして男に、向かっていった――。
※
重い瞼を開ける。どうやら意識を失っていたようだ。
不思議に思いながらも辺りを見渡せば、そこはどこかのお店のようで、棚には見たことがない文字で書かれた商品が並んでいる。
「なんだ? 客か?」
少し低めの声が聞こえて、驚きで肩が一瞬震えた。
声のほうを見ると、銀髪の長い髪の男性が。ただしその耳は尖っていて、そうだこれは伝承にあるエルフと同じなのだと気づく。
「なんだ、違うのか」
客かと問われても、正直なぜ自分がここにいるのかもわからないのに。そうしていると、エルフ(たぶん)が動こうとしない自分を見て、
「帰れないのか? まぁいい。ならば貴様が帰れるまで、俺の暇潰しの相手でもしてもらおうか」
と丸テーブルを示した。仕方なく備えつけの椅子に座る。
「そうだな……。あぁそうだ、一人の男が魔王に成り果てるまでの話をしてやろう。ハイスヴァルムと呼ばれる世界の、な」
エルフは椅子に座らず、カウンターに身を任せて話し始める。
気弱で、頼りなく、戦いが大嫌いな、優しい少年の、ただひとつの物語を――。