表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Close A Wound   作者: 大和彗
6/7

〜確信〜

時刻は正午を過ぎていた。

静かな病室で沢山の機械に繋がれている龍さんをベッドの横に立ち健一郎は見ていた。

翔達には一度家に戻るように言って家に帰した。

恐らく仕事が終わればまた夕方戻ってくるだろう。

健一郎が病院に着いた時に陸の姿はなかった。

優馬の話では電話しても出ないらしい。

本当は陸と直接あって聞きたい事があった。

こうして聞きたい事、話したい事がある時に限ってすれ違ってしまう。

点滴の音や脈に合わせて鳴る機械音が耳に響く。


「龍さん。いったい何が起こったんですか?なんで高松登の事を俺に話したんですか?陸を…守りたかったんですか?俺はどうしたらいいんです?あなたは俺の指導係なのに…。肝心な時に居ないんですから。本当、困りますよ。」

眼から涙が溢れそうになるのをぐっとこらえる。

鳥宮から預かったDNAの鑑定書には山神陸の名前が記載されていた。


「鑑定結果は、島崎も予想できていたんだろう。だから隠したんだ。」

鳥宮が受け渡し時にそう言っていた。

俺もそう思った。

本来ならこんな事ありえないしあっちゃいけない。

龍さんは初めから陸の関与に気づいていたんだ。

でも…どうやって?

いったいどうやったら大人の男を子供が殺せる?

衣服の足跡については死後何回も蹴ったものじゃないかと鳥宮が言っていた。

ただ1人分の足形しかみられないから複数ではなく1人なんじゃないかとも言っていた。そうなると翔達は関わっていない可能性がある。

なんらかの原因で死んだ高松を発見した陸が死後蹴り、その際に毛髪を落としたとは考えられないだろうか?

殺したよりは現実味がある。

…現実味がある。か…。

まるで自分自身に言い聞かせてるようだ。

陸はそんな事しない。できない。

不可能だって。

死に陸が関わっていたかもしれないとゆう可能性を必死に消しているようだった。

龍さんも絶対に殺したなんて考えられないと現場で感じていれば隠したりしなかっただろう。

あやしかったんだ。その可能性があったから隠す事を決めたんだ。


メモを握りしめ、陸は土手に座り、川が流れているのをただ見ていた。

無意識のうち力が入ってしまい手の中のメモはぐちゃぐちゃになっていた。

「杏…。やるしかないよね…。」

自分の身体をぎゅっと抱き呟いた。

風が強く吹いた。

そうだね。って言っているように感じた。

土手を歩いて散歩してる人間、集まって野球をしてたり、写真を撮っている人間もいる。

鳥が空から飛んで来て、川に降りる。

何気ない日々の光景を陸はしばらく何をするでもなく見ていた。


だんだんと空の色が変わっていく。

学生達や買い物を終え家に戻っていく人々で土手は人が多くなってきた。

陸はそろそろ通るであろうある人物を待っていた。

遠くから人の流れと共にその男が歩いてくる。

男が陸の横を通ろうとした時話しかけた。

「わたしを覚えてるんですよね?」

男はニヤリとして止まった。

「なんだ。俺の事覚えてたんだ。」

男は陸の方に向き直った。

陸は男が向き変えたのをわかっていたが、そのまま前を向いていた。

怖かったのだ。

向き合う事が、顔を見る事が怖かった。

「俺が忘れるわけないでしょ。ずっと考えてたよ。」

「あんたは、あの日わたしの友達に何かしたの?」

声は震えていた。

顔は見えないがあいつが笑っているのはわかる。

「あの日って?何かって?わざと人が多い場所で待ってたんでしょ?」

「そう、あんたが怖いから。答えて。」

「怖い?俺が?何か勘違いしてるだろう。俺は何もしてない。まあ、そうだな。何も知らないわけじゃないがな。」

男がずっとヘラヘラしてるのがわかる。

陸はやっと男の方に向く事ができた。

「じゃあ知ってる事を教えて。」

「まあ、ここじゃ無理だな。日を改めようじゃないか。」

「…わかった。いつ?どこ?」

こいつだ。もっと早くこうしていればよかったんだ。

でもできなかった。怖くて。

向き合うまでに時間がかかりすぎてしまった。ごめんね。杏。


「いらっしゃい。あ。」

店のドアが開き反射的に声をかけた翔だったが入ってきた人物を見て、手を止めた。

「仕事中にごめんなさいね。翔君元気だった?」

「ご覧のとおり、ガラ空きです。今日はどうしたんですか?」

「また杏の捜査が始まったって聞いたの。皆んなが協力してくれてるって聞いたから、会いにきてしまったの。今日は誰も居ないみたいだけど。」

店に入って来たのは杏の母親、一ノ瀬月子(いちのせつきこ)だった。

月子は杏の失踪直後はビラを配り、捜索隊に混じり一緒に探したりとしていたが、一人娘の失踪から時間が経つにつれだんだんと家に引きこもるようになっていた。

それでも、杏と仲の良かった陸達とは交流があり、杏の失踪に陸達4人は関与していないと主張してくれた数少ない人物の1人でもある。

「今日も外は暑いですけど、ラーメン食べていきませんか?」

翔が席に座るように促した。

その時また店に人が入ってきた。

「翔今話せる?あ…」

「健ちゃん?えっと、2人は知り合いだったの?」

入ってきたのは、捜査の件で翔に相談しにきた健一郎だった。

「叔母さん。まあ色々あって知り合いなんだ。こないだ話した捜査の件で、今日は話にきたんだよ。」

健一郎は迷った末、陸の事を相談しようと翔に会いにきたのだ。

叔母に色々詮索されては困る為、カバンを机に無造作に置くと、健一郎は翔を店の奥へと促した。

「叔母さんごめん。翔に少し話があるからちょっと借りるね。捜査の進捗状況はまた後で家に話に行くから。」

そう言うと面倒臭そうにする翔を引っ張りながら健一郎は店の奥へと行った。

1人取り残された月子は奥へ行った2人が気になるものの、席を立ち帰ろうとした。しかし健一郎のカバンの中のものに気がついてしまった。


「お前なー。一生懸命なのはわかるけど、今接客中だったんだけど。」

「居ないじゃん。客!」

「は?お前の目はふし穴か!いるだろう!」

翔はそう言いながら手のひらを月子の方に向けたが、月子はすでに居なくなっていた。

「もー!杏のかーちゃんに失礼な事しちまったじゃないかー!」

「叔母さんには後でちゃんと会いに行って説明するから大丈夫だって。それより相談があるんだよ!陸の事なんだ。」

健一郎の深刻そうな顔を見て、翔は話を聞く気になった。

「陸?あいつがどうかした?」

思えば病院で夜会って、その後寝てしまい、起きた時には陸は居なかった。

そういえば陸が電話に出ないと優馬が騒いでいた。

色々あったし、少し1人になりたいんだろうくらいにしか思っていなかった。


「翔お前、高松登の事件は知ってるか?」

健一郎から出てきたのは思いもよらない名前だった。

「はぁ!?陸となんの関係がある?」

「お前らあの日学校に居たんだろう?」

「ちょっと待て健一郎。再捜査にあたって龍さんに聞いたんだろうけど、それならなんでニュースにならなかったかも聞いたんだろ?お前それ俺らの地雷だぞ。」

「翔。ストップ!わかってる。翔達が嫌な想いをしたのは本当にわかってる。犯人扱いもされたって事も。」

「じゃあなんだ?嫌がらせか?だいたい小学生に大人なんか殺せないだろ。」

「違うんだ。事件を伏せた本当の理由は。多分違う。やっぱり翔も知らないんだね。」

本当の理由?

陸の事で相談したいと言って来て、あの嫌なライターの死亡事件の話。

意味深な言い回しに翔はイライラしていた。

「なんだよ本当の理由って!」

「陸だと思う。陸が理由だ。」

「あーどうゆう意味か全然わかんねーよ!陸が理由ってなんだよ!」

「だから!多分…。多分だけど、龍さんは陸が関わってるって思ってたと思う。だから隠したんだよ。」

「多分?多分なのか?それ。それに思う?話になんねーよ。どう考えたらそうなるんだよ。」

「会って来たんだよ。現場を調べた鑑識官に、現場からは陸のDNAも出てるんだよ。それに翔と貴之は一緒に居て、陸とは一緒に居なかったんだろう?」

健一郎には本当呆れる。

陸がもし関わってると本気で思ってるなら本当にバカとしか言いようがない。

あの高松っていうライターは、俺らを散々追い回した。

写真も何枚も撮られ、待伏せも当たり前。

陸のDNAが遺体にくっついていたとしても、全然不思議じゃない。

第一に殺せるわけがない。

俺らは小学生だったんだから。

陸はあの一件以降さらに、周りに心を開かなくなった。

「お前の憶測だけじゃ話になんないよ。龍さんが本当にそう思っていたと本人から聞ければ別だけどな。」

健一郎は落胆した。

やはりダメだった。

まあ、小学生には起こしようのない事件と言われればそれまでだ。

実際、島崎本人から真意を聞いたわけでもない。

ただ直感的に、陸が関わってるんじゃないかたって思ったのだ。

やはり本人に聞くしかない。

「翔、変な事聞いてごめん。でも俺も陸が心配なんだ。龍さんもそう。それだけは確実に間違ってないよ。」

「わかってるよ。俺も連絡してみるよ。」


家に戻った月子はずっと考えていた。

健一郎のカバンに入っていたものに関して…。

頭から離れない。

何かのDNA鑑定書。

それを見ずにはいられなかった。

甥の健一郎は刑事で、今まさに娘の失踪事件の再捜査をしてる。

関係がないわけがない。

そこに書いてあった名前。

自分がよく知っている名前だった。

娘の友達。

とても仲が良かった友達。

今でも家によく来ては色々手伝いをしてくれる人物。

もちろんとても可愛がっていた。

そう。可愛がっていた…。

ピンポーン

家のベルが鳴る。

扉を開ける。

「おばさん電話ありがとう。電気つかなくなった所どこ?一応一通り道具持ってきたよ!」

よく知っている。

顔も声も。笑顔も

どこか娘を思い出す面影。

「おばさん?大丈夫??なんか元気ない?」

「あ、陸ちゃんごめんね。こっち。あそこなんだけど。」

そう言って家に招き入れる。

何も考えられない。

ただ頭に浮かぶのは娘の事だけ。

玄関の花瓶を手に持ちそのまま振り下ろした。

自分で自分が何をしているのかわからない。

ただ知りたい。

本当の事を。

気を失っている陸を仰向けにして馬乗りなった。

自然と月子は陸の首に手を伸ばしていた。


意識を取り戻した陸は混乱した。

「お、ばさん、なんで?」

「陸ちゃんなの?陸ちゃんがやったの?杏に何かしたの?」

陸の頬に月子の涙が落ちて行く。

返事を待つ事なく、絞める手に力が入っていく。

「うっ…やめて…違う…わたしじゃない…」

ダメ…何言っても通じない。

本当にやばい。

このまま死ぬかも…意識が…

遠ざかる意識の中、蝉の鳴き声が聞こえた気がした。


ミーンミンミンミーン

苦しくもない。目を開ける。

懐かしい光景、そしてはっきりと聞こえる蝉の鳴き声。

「え?ここって学校…?」

私は校舎の階段の前に立っている。

私死んだの?

さっきまでの状況と今の状況、頭がおいつかない。

混乱している時だった。

「もー!なんで鬼なんか…ついてないなー」

後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。

慌てて振り返ると、頬を膨らませて、独り言を言っている女の子が真っ直ぐ近づいてくる。

「杏…?杏!!」

声に反応はない。

ぶつかると思った私をすり抜けていった…

「えっ?杏!」

思わず振り返り、また名を呼んだ。

少女は相変わらず文句を言いながら進み、階段を登っていく。

「これは…あの日なの?」

戸惑いながらも少女の後追う。

横につき一緒に階段を登って行く。

「りくの考えなんかわかるもんねー♪ぜったい図書室!」

少し楽しそうに呟いてる。

その顔を見て、その言葉を聞いて、涙が頬を伝う。

そう…わたしは図書室が大好きだった。

なにかあれば図書室にいつも居て、ただあの日は…

杏は図書室に行こうとしてる。

頭の中で大きな警告音が鳴っている

「だめ…そっちに行っちゃだめ!!」

大声で引き止めるが聞こえてない。3階。

廊下に出る。この突き当たりを曲がって真っ直ぐ行くと図書室。

「杏だめ!お願い!なんで届かないの!?」

焦りと苛立ちが目から涙となり溢れ出る。

きっとわたしはあの時、杏も図書室に行ったんじゃないかってわかってた。だけど怖かった。

そうでないで欲しいとどんなんに願ったかわからない。

「お願い!行かないで!!止まって!」

泣きながら、ほぼ叫び声のような声が廊下に響く。

そしてニコニコと図書室に向う対照的な少女。

「杏!だめ!やめてー!!」

届かない。苦しい。


「陸!陸大丈夫!?」

真っ白な天井。

後頭部がズキズキと痛む。

心配そうに覗きこんでる優ちゃんの顔。隣には翔と貴。

「お前、杏の母ちゃんに首絞められて意識なくなって病院運ばれてきたんだよ。」

「なにがあった??」

翔と貴之も心配そうに陸の顔を覗き込む。

ここは病院か…

圧迫されていたせいか、喉の辺りが少し痛む…

少しづつ状況が把握できてきた。

でも…あれはただの夢じゃない。

「おばさんはあの日、私が杏と何かあったんじゃないかって…」

「え?なんで?」

「わからない…ただ、意識が飛んで…夢を見て…私のせいで…」


そう…、分かっていた。

あの日、杏が図書室に行ったのだと。

でもあの時の私は、自分の事で頭がいっぱいになっていた。

あの時に行動していたら、私達は今とは違っていたのだろうか。

杏はまだ私の隣に居て微笑みかけてくれていただろうか。

最近の出来事が過去を見せたのだろうか、それともあれはわたしの想像なの?

そうだったんじゃないかってずっと思わないようにしながらもきっと、確信してたから。

自然と流れる涙をこらえる事が出来なかった。


普段涙など流さない陸をみて貴之は陸の背中にそっと手を置いた。

「陸、いいいんだ。今は無理して話すな。ゆっくり休め」

貴之の優しさに、心の痛みが増した気がした。


陸の事が心配ではあったが、3人は今は1人にして欲しいと陸に頼まれ、病室の外で待つ事にした。

病室の窓からは、夜の空が見えた。

星が綺麗で、雲もない。

杏が居なくなってもう15年も経った。

誰の心も癒える事なく、傷はだんだんと化膿しているようだった。

皆んなが苦しんでいる。

早く終わらせないと。

星しか見えない綺麗な夜空は、心の迷いを消してくれるようだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ