〜再会〜
夢の中で鈴の音が聞こえた。
杏がいつも持っていた変わった形の変わった音がする鈴。
あれなんて名前だっけ。
杏の夢を見た気がした。
真っ暗な部屋の中、ふと目を覚ましぼーっとしながら優馬は考えた。
また変な時間に起きちゃったな。
時計は深夜2時をさしていた。
今日みんなで話した事を思い返す。良かったと思う。自分達にとって、大きな一歩になったと思う。自分も皆んなにちゃんと気持ちを言える事ができた。なんとなく気分もよかった。
開けてある窓から、風が入って心地良い。また眠くなってきた。
そうだ、明日もあるし寝ないとな。
ああ、また聞こえた。鈴の音。
「え…、鈴の音?」
完全に目が覚めた。聞こえる。
そしてまた聞こえた。確かに外からあの鈴が聞こえる。
急いで家の階段を降りる。家の中は静まり帰っている。
そっと玄関を開け外を確認する。
ちょうど家の前を誰かが通った。見覚えがある。
玄関を出て表に出た。家の前を通った人物はうちの角を右に曲がって行った。
角を曲がった突き当たりは杏の家だ!
急いで、靴を履いて後を追った。
「陸?」
そこに居たのは杏の家を見つめている陸だった。
なにも持たず、部屋着っぽい。
なんでこんな夜中に?先週も飲んだ帰りタクシーで帰ってきた時、陸を見かけた気がした。本人は否定してたけど、あれは多分陸だ。だって今もココに居る。
「陸!ねー陸何しにてるの?」
話しかけながら陸に近づこうとした時、陸がこちらを振り返り少し驚いた表情をうかべた。そして優しい笑顔で俺の名前を呼んだ。
「優ちゃん。」
「あんず…。」
反射的に杏だと思ってしまった。
目の前に居るのは陸なのに、陸の顔はいつもと違う。うまく言えない。表情が違う?あんな顔、杏みたいだ。
「わたし帰るね」
そう言って、陸は何食わぬ顔で横を通って帰って行こうとする。
「え?陸だよね。陸こんな時間に何してるの?」
そう聞いたが、聞こえないかのように歩いて行く。
ちょっと状況がよくわからない。
どれくらいその場で立ち止まって、思考停止状態になっていたかわからない。
ハッとなり後を追った時にはもう陸の姿は見えなくなっていた。
「陸!!ワイングラスまだ?」
カウンター越しに店長からそう言われハッとした。
ここ数日の急展開にまだ自分自身ついていけず、脳の思考が時々止まる。
杏の夢もまた頻繁に見るようになり眠れず、ぼーっと店のドアを眺めていて怒られた。
「あ!すいません!いますぐ出します」
今日は金曜の夜だが、人の入りが悪い。
テーブル席には常連さん達が来ているので、店長はホールでお客さんの相手をしている。
店の扉が開いた。
「え!?おっちゃん?来てくれたの?」
そう言われ、島崎警部が陸の前のカウンターに腰を下ろした。
「翔の店に行ったら、たまには陸の居る店に顔出したらって言われてな」
少し気恥ずかしい様子でそう言った。
「確かに、まあ、おっちゃんこうゆう店ってあんまこないでしょ?うちワインメインだから」
「まあ、ビールにラーメンが一番だな」
そう苦笑いしながら言った。
ラーメン屋とゆう事もあり、翔の店には暇を見つけては何度か足を運んでいた。
今回の事で陸の様子が気になり、勇気を出して来てみたはいいが、やはりバーとゆう所はなかなかそわそわして落ち着かない。
あれだけ小さかった陸も今じゃお酒を出してるなんて思うと、そりゃ自分も歳をとったなと実感せざる終えない。
「陸、お前は大丈夫だったか?」
そう聞かれ陸は、少し考えた表情をした。
「なにが?…それって、私が大丈夫じゃないって言うと思って聞いてるの?それとも大丈夫って言わせたいの?」
はー相変わらず、屁理屈ばかり言うが聞き方が悪かったと反省した。
「お前なー、素直に答えられんのか?」
そう言われ、陸は笑った。
「じょーだん!おっちゃん困るかなと思って」
店に客がポツポツと入ってきた。
「いらっしゃいませー」
そんな声を聞いてい少し安心した。
おそらく大丈夫ではないだろう。
ただ、滅入っている様子ではないし、翔に聞いていた通り少し気持ちが前に向いているのかなという印象は感じる事ができた。
正直、あの当時一番の気がかりは陸だった。
なにか塞ぎこんでいるようだったし、いつも一緒にいた3人にも何か言えないでいる様子だった。
「おっちゃん。ごめん。うちの店長ドリンクできたの気付かないからちょっとテーブルに運んでくる!まだ帰んないでよ!」
そう言うと、陸は意気揚々カウンターを離れ客の元にドリンクを渡しにいった。
「お待たせ致しました。チーズの盛り合わせと、今日のグラスワインの赤です。こちらは…」
一瞬グラスを持った手が止まってしまった。
「うん?なにか?」
そう男に聞かれ、平然を装い続けた。
下を向いてなるべく顔を見られないよう心がけた。
「いえ。こちらわ渋みはありますが、色んな料理に合わせやすく飲みやすいスペイン産の赤ワインです」
早くここから離れたい。
会釈をして向きを変えた。
「ちょっと。お姉さん、名前」
心臓の音が外にも聞こえるんじゃないかと思うくらいの音を立てている。
気付かれたかもしれない。
「はい?なにかございましたか」
声が裏返ってしまった。明らかに不自然な自分の言動に自分自身焦る。
目は合わせられない。男からの視線を感じる。
「…ワイン。これなんていう名前?後、これって使える?」
そう言って以前配布していたナッツの無料券を差し出せれた。
「あ、失礼致しました。名前はテオレマといいます。後この券は使えますので、3種のナッツもお持ち致します。では。」
カウンターに戻ってきたが、未だ鼓動は高鳴り心臓が肋骨を突き破り出てくる勢いだ。
なんであいつが?
しかもこの店に来るなんて。
またナッツを持って行かなきゃいけないなんて。このまま帰りたい。
気づかれた?多分大丈夫。あれから何年も経った。わたしの事なんて覚えてない。絶対、絶対、大丈夫。
「おい。陸、なにかあったのか?お前顔が真っ青だぞ?」
そう陸に声をかけたが聞こえない様子だ。
明らかに出て行った時と様子が違う。
まさか見てない所で客と何かあったのか?陸が運んで行った方の客に目を向けた。
そこには50前後のワインバーには似つかわしくないくたびれた様子の男が居た。
うん?
あの男…どこかで見た事がある。
歳のせいか直ぐに出てこないのがもどかしい。
「おっちゃん!!あんま見ないでよ!!」
陸に言われて我に帰る。
「あーすまんすまん!職業柄ついな。なんかどこかで見た事あると思ってな」
陸は相変わらず、蒼白している。
「用務員さん」
そう小さく答えた。
「え??あ!」
そうだ思い出した。一ノ瀬杏の事件の際に一度事情聴取をしているじゃないか。
どおりで見た事があるはずだった。
なにせまさに今追っている事件だからだ。
しかし陸の態度の変化にただならぬものを感じてしまった。
ただの小学校の用務員さんってわけではなさそうだった。
その後も陸の様子はおかしく何かに怯えているようオドオドとしていた。
いつもの陸からは想像もできない事だ。
しばらくしてから、長居する事もなく元用務員の男は出て行った。
後をつけなくてはと思った。
何故か、あいつは危険だと感じた。
刑事の勘?いや、防衛反応だったのかもしれない。
後を追えではなく、近づくなだったのかもしれない。
「陸ちゃんか。このタイミングで懐かしい。」
元用務員の男は階段を降り、口元に笑みを浮かべて呟いた。