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捨が四つか五つほどだったろうか。最初の子を失ってから菊は再び身ごもった。
戌の日を選び菊は本家の大婆を尋ねた。
この大婆、十五で嫁に行ったが子どもが生まれないので返されてしまった。
それでも、この大婆に腹帯を巻いてもらうのがこの辺りでは風習のようになっている。
自分は一度も身ごもったことすらないのだが、この大婆は生まれてくるのが男か女かわかったと言う。しかし、捨が生まれるだいぶ前から年のせいか、それもわからなくなったと言っている。
それまでは本当に男か女かを見事当てていたと言い、この大婆に腹帯を締めてもらうと無事に出産が出来たとも言う。実際昔は竹屋敷もこの本家も沢山の子宝に恵まれた。
この大婆の祖母に当たる女が、やはり同じように生まれる前から男か女かわかったと言う。
しかし、この家に嫁いできた頃にはそれもさっぱりわからなくなったとか。
それでも三男五女を一人として欠けることなく育て上げたため、身ごもった女たちはそれにあやかりたいと、同じように腹帯を締めることを頼んでいたと言う。
無事に腹帯を締めた菊の傍らで、捨はお腹の子に話しかけるような格好で菊にまとわりついている。
菊にとって捨は義弟というよりも息子に近い想いを抱いており、お互いに寄り添うように片時も傍を離れようとしない。
「これこれ、そんなにまとわりついては菊も迷惑じゃろが。義姉さまはもうすぐ子が生まれるよって、そろそろ乳離れをせにゃならんぞ」
「大婆さま、捨さんは私の子供も同然ですから。これ、庭の柿です。甘くて美味しいですから、どうぞ召し上がってください」
「甘渋の柿だね」
竹屋敷は名主を勤める本家と違い、ただの百姓屋なので当然門構えなどないのだが、門に当たるところに、柿の木が一本植わっている。
ただ、その柿の木は、甘柿と渋柿が混ざっており、どちらかと言えば上の方や枝の先に甘い柿が多く、下のほうに渋柿が多いのだが、かといって下にも甘い柿があるし、上にも口が曲がるほどの渋柿がある。
大婆は竹屋敷の柿が甘柿と渋柿が混ざっているのを良く知っており、そんなことを言ったのだろう。
「いえ、これは全部甘柿ですよ」
「ほおお」
大婆は皺だらけの目を細めて柿を眺めた。
「捨さんは、甘柿を見分けるのがお上手なの」
「おい、これは全部甘柿かい」
大婆の問いに、捨は菊に隠れるように後ろに回りこんだ。
かっかっかと、大婆は笑い、その声に驚いて捨はぎゅっと菊の着物の端を強く握った。
「甘柿と渋柿の違いがわかるとは驚いた。もしかしたら、お腹の子も男か女かわかるんじゃないかい」
大婆は楽しそうに問い、皺だらけの顔をもっとしわくちゃにして笑いながら捨に顔を寄せた。
「女の子」
菊の後ろから少しだけ顔を覗かせ、消え入りそうに捨は答えた。
「あら、捨さんは女の子がいいの?」
何を言っても捨の言葉に喜ぶ菊は、いつまでも隠れている捨を抱き上げた。
「身重なんだからそんな重たい子を抱えたりしたら障りがあるよ。出来るだけ動き回った方がいいが、重たいものを持ったりするのは他の人にやらせなきゃ駄目だよ。あ、それから菊さん。あたしゃこの子が気に入った。この子をちょくちょくこの大婆の所に寄越しておくれ。いいかい」
「ええ、喜んで」
可愛い捨が気に入られて菊はことのほかうれしげに大婆に約束した。
「あんたは、身ごもったんだから柿なんぞ食べちゃいけないよ。わかったかい」
「ええ、今年は残念ですが柿はあきらめます。その代わり渋柿を熟し柿にするだけじゃなく、干し柿を作ろうかと思っているんです。捨さんもきっと喜ぶでしょうから。ね、甘くて美味しいわよ」
親馬鹿ならぬ義姉馬鹿の菊は、大婆の所から帰ると早速干し柿を作り始めた。それでも渋柿を全てもいでしまわずに熟し柿も楽しんだ。菊が丹精込めて作った干し柿も美味しく出来上がり、熟し柿も全て食べ終わったが、木の天辺に一つだけ残した木守の柿を鴉が狙っている頃、菊は再び捨を大婆の所に連れて行った。
年が明けて田植えが始まる頃には、可愛らしい女の子が新しい家族に加わった。
まだ身体を起こすことが出来ない菊は、大婆から捨を寄越すように使いがきたとき、自分もついていきたかったが仕方なく、使いの下男に捨を一人預け大婆の元にやった。
その日、大婆は捨に不思議な話を聞かせてくれた。
「どんな血の悪戯かわからないが、時たまお前みたいな子が生まれるんだよ。本人が望もうが望むまいが授かったものは仕方がない。しかし珍しいね。お前は男の子だと言うのに。ただ、この力は不思議なものでね、子供を繁栄させる力はある。男か女かもわかる。しかし、その力があるうちは、どんなにあがいたところで自分の子供をもつことが出来ないんだよ。あたしがそうだったからね。私のおばあさん、あんたの曾おばあさんは子供のうちだけで直ぐに力がなくなったから良かったけど、あたしゃ苦労したよ。男のお前がこんな苦労を背負うことになるとはね」
幼い捨にはほとんど言っている意味がわからなかったが、その後何年かのちに大婆が死んだときには、大婆の言葉が刺青のように捨の心に刻まれていた。
今頃になってどうしてあんな昔のことを思い出したのかと言えば、お梅に会ったからとしか考えられない。
捨にはわかっていた。
お梅は男の子を身ごもっている。
本人が気付いているのかいないのかはわからないが、確かなことだ。
いまだに力は衰えていない。だからもし捨にこのまま子が出来ないなら、あのままお梅を家に連れ帰って、子供も一緒に竹屋敷で暮らせば良いと考えていた。
身ごもったまま女中奉公などできる話ではない。
まだまだ生まれるには時間があるが、いつまでも隠し通せるものでもない。
「ちぇっ、おれっちの嫁になりゃいいのに」
またぞろ、一人捨はつぶやいた。