空のお散歩
私の大好きなもの:空。
そんな性格は、名前にも反映している。
ううん。そんな名前だからそういう性格になったのかもしれない。
そう。私の名前は「空」。
名前の読み方を変えて「くーちゃん」と呼ばれる事もある。
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私が大嫌いなもの:お勉強。
今は夏休み。
せっかくのお休みなのに、お勉強なんてしたくない。
子供は風の子、元気の子。
昔からそう言われているのに。
"いっぱいお勉強しなさい"
ママはそう言う。
"お勉強して何になるの?"
"いい学校に入って、いい会社に入るのよ"
・・・・・・・・・。
私はそんな「当たり前の」将来に興味がなかった。
私にはひとつの夢があった。
"空を、飛んでみたい"
これが私の小さい頃からの夢。
ピーターパンのお話が大好きで、空を飛べるようになった子供達が羨ましかった。
黒服の魔女の女の子が主人公のお話しも大好きで、実際におばあちゃんの家に置いてあったホウキにまたがって「飛べ!飛べ!」って念じたこともある。
鳥になりたい人が集う番組も、毎回欠かさず観ている。
どうやったら、空を飛べるんだろう・・・?
窓の外を見た。
庭に植えてある木々が、ざわざわと葉擦れの音を立てて枝を揺らす。
さんさんと輝く太陽の光が、葉っぱの間から風に合わせて、ゆらゆらと水面のように揺れる。
外は雲ひとつない、いい天気。
青い空には鳥さん達が気持ちよさそうに空を飛んでいる。
鳥さん達、いいなぁ・・・。
鳥になりたい人が集う番組に出演しようかなぁ・・・。
でも、お勉強しないとできなさそうだしあぁ・・・。
シャーペンを転がしながら、取りとめのないことを、ずっと考えていた。
そらを、とべたらなぁ・・・。
・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
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気が付いたら、私は空中にいた。
"え・・・?"
ちょっとだけスカートの裾を気にしながら、周りを見回す。
眼下には、赤い色の私のお家の屋根。
回りは見慣れた住宅街。
ママが近所の奥さん達と"いどばたかいぎ"をしてる。
ふわふわと浮かんでいるだけかなぁ?「もっと速く飛んでみたい」と思ったら・・・
"きゃああああっ!?"
ぐんっと急加速して、ツバメさんみたいに飛べた。
"止まってぇぇぇぇっ!"
急停止する。危うく電柱にぶつかるところだった。
"ああ、びっくりした"
私は胸を押さえる。
空を見上げ、「雲に触ってみたいなぁ。もっと高い所に行きたいなぁ」って思ったら・・・。
風船のようにふわりと浮かび上がることができた。
ああ、自分が思った通りに飛べるんだ。
よぉし!
くるりと空中バク転一回、私は飛び初めた。
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気持ちいい・・・。
私、空を飛んでる!鳥になってる!
高層ビルの間を飛び回り、パパがいる会社を探してみたり。
雲の間を縫って飛び回り、学校のお友達の家を探してみたり。
鳥さん達と競争したり、雲の上に乗ってみたら、落っこちそうになったり・・・。
(後で知ったんだけど、雲って水滴の集まりだったのね)
風を切り、雲を抜けながら、私は「空のお散歩」を満喫する。
ひときわ厚い雲を抜けた先には・・・。
(うわぁ・・・)
青い空をそのまま映したような、青い海が目の前に広がった。
潮騒の音に混じって、かもめさんの鳴き声が聞こえる。
私も仲間に入れてもらって、一緒に風に身を任せた。
風に乗って空を滑り、「低くなってきたかな?」と思ったらまた浮かび上がって・・・。
一羽のかもめさんが、急に海に向かって急降下した。
(何だろう?)
私はその様子を見守る。
急降下したと思ったら、またこっちに戻ってきた。
口には魚をくわえている。
鮮やかなかもめさんの技に、私は思わず拍手をした。
楽しい時間って、あっという間に過ぎちゃうんだよね。
気が付いたら、もう夕方。
最後に、夕日に向かって、行けるところまで飛んでいってみた。
夕日色に染まった雲と海に名残惜しさを感じつつ、私はお家に帰ろうとした。
早く帰らないと、ママに怒られちゃう。
私の部屋に帰ってみると・・・。
あれ・・・?
何で私がいるんだろう??
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私は机の上でうとうとと眠りこけていた。
何だぁ、夢だったのかぁ・・・。
・・・・・・
・・・・・・・・・。
でも。
風を切る感覚、浮かんでいる感じ、そして景色を観た感動は、夢とは思えないほどリアルだった。
はらり
私の肩から、木の葉が落ちた。
お庭の木の葉っぱだ。
何で着いているんだろう・・・?
ふと、机においてある鏡を見る。
わぁ!髪の毛がぐしゃぐしゃ!?
寝てただけなのに、何で?
私はひたすら混乱するばかりだった。
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外を見ると、すっかり夜になっていた。
満天の星が散りばめられている。
そして、目の前の机には、絵日記が開かれている。
お勉強ばかりしていて何も書くことがない、一番頭の痛い課題。
「くーちゃん!」
友達の声が聞こえた。
あ、今日天体観測の日だったっけ・・・。
"空ちゃん、お友達が来たわよ"
ママの催促に、私は出かける準備を済ませて・・・ちょっと思いとどまった。
・・・・・
・・・・・・・よし!
今度こそ本当に、部屋を出たのだった・・・。
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空のいなくなった勉強机には、さっきとは違うノートが置かれていた。
ノートの表紙には「ゆめ日記」と書かれていた。
開けっ放しの窓から、ごう、と風が吹き込む。
風に吹かれるまま、バラバラと音を立ててノートの紙が踊る。
風がおさまり、開かれたそのページには・・・。
そこには、青い空を飛ぶ少女の姿が描かれていた。
タイトルは「空のお散歩」
fin...
「空のお散歩」
最後までお読み頂き、誠にありがとうございます。
少々解説をしたいと思います。
*黒服の魔女の女の子が主人公のお話
ジブリ作品「魔女の宅急便」のことです。
*鳥になりたい人が集う番組
言わずと知れた「鳥人間コンテスト」の事です。
「鳥人間コンテスト」を見ている小学生、ってどうなんだろうと一瞬思いました。
(友人に言わせると、「あり得ん」との事です)
*本当のことを言うと・・・。
私も空ちゃんと同じく、小さい頃は空を飛んでみたいと思っていた子供でした。
可愛い時代があったものです(苦笑)
ただ、今でもパラグライダーをやっている人を見ると、「あ、いいなぁ」って思います。
空中飛行は永遠の憧れです。