妹に婚約者をねとられた私が、婚約破棄され、なぜか妹をいじめたと無実の罪を着せられ悪役令嬢断罪追放ルートになり、なぜか某組織の暗殺者に拾われ、人殺しになったお話。
『最初からこの婚約は間違っていたんだよ、和歌、僕の真実の相手はひなりちゃんだったんだ!』
……世界が暗転したのは、バカだと思っていた婚約者が本当のバカと知った日でした。
バカと思っていたお坊ちゃまがなぜか、そう妹の寝台にいたのです。
寝台で裸で抱き合い、そして驚く私を見てバカがこう言い放ちました。
私は亡き母から貰った髪飾りが見当たらないので、また勝手に妹、異母妹ですが、持ち出したのではと思い、彼女の部屋の扉を開けただけだったのです。
『お姉ちゃん、ごめんなさい、ひなりが悪いのぉ』
神様なんてこの世界にいないということは母が死んだとき悟りました。
でも唯一の母の形見ですら、何度も持ち出し返さない異母妹、そして冷たい継母、私の人生は神様に見放されていたのです。
甘ったるい声で言う妹の声はとても遠く聞こえました。
『ひなり、聡さんのことを好きになっちゃったのぉ』
『僕の愛はひなりちゃんにあるんだ! ごめんね、悪いけど、婚約は破棄させてくれ!』
というか裸でそれは言うセリフでしょうかね。
まあいいのです。バカとは思ってましたし、どうせいつかこんなことになるとは思っておりました。
妹はいつも私のものを欲しがりますし。
どうして私はこのバカの婚約者になったのかしら、そうそう、おじい様の遺言だったからですわ。
バカはバカなりに、使いようがあるとあの冷たいおじい様は考えたのでしょう。
そして血筋は妹より私のほうがよかった。だからこそ私を婚約者に据えたのです。
バカ成金を取り込むなら、血筋を餌にしたほうがいいと思ったのでしょう。
私はバカ婚約者を見て、あきれ果て、甘ったるい声で私にごめんねえといつものように言う妹に絶望し、そして扉をゆっくりと閉めました。
ここからは坂道を転げ落ちていた人生が、加速度を増して転げ落ちる結果になったのです。
私は藤堂の家を出されることになりました。
姉の婚約が破棄されて、妹のほうが婚約者になったなどは外聞がわるいはずですが、それをなかったことにして、姉を黙らせることにしたようです。
私は小金を握らされ、十九でこの家をでることになりました。
私は母が死んでからはこの家の使用人でした。
そして人生をあきらめ、生きてきたのです。
父は妹をかわいがり、継母は私をいじめ、二歳下の異母妹は私のものを盗り、そして私をいじめることを趣味にしました。
お姉ちゃんごめんねといっていつもいつも私をいじめ、でもそれを隠し、私にいじめられていると吹聴し、私は父に怒られ、継母には折檻される日々でした。
藤堂和歌という人間は、この家族の中では厄介ものでした。
婚約が決まった一年前からは少し生活が改善はされました。
亡き祖父の遺言で決まった婚約ではありましたが、まあ平穏な日々がなんとかめぐってきたのです。
でも……所詮、長続きはしないとは思っていました。
そしてこんなことになったのです。なぜか私は妹をいじめる性悪姉で、そして悪役令嬢といわれておりました。それで父が見限ったことになっておりました。いつかこんなことにはなるとは思ってはいましたが……お父様は私をお嫌いなのですね。やはり……そして私は誰もいない裏路地で……。
『……どうしてこんなことになったのか』
雨が降っていた、とめどもなく。
ビルの裏路地でぺたりと座り込み、私はそして泣き続ける。
『……おい、どうした?』
声をかけてきたのは黒い服を着た男だった。神父様? 神は誰も救わないのにどうして神父様がここにいるのですか?
『死なせてください』
生きていてもしょうがないというと、死ぬのはいつでもできると思うと、長い黒髪の青年は言いました。
そして手を差し出し、私に死にたいのなら、一緒にくるようにと声をかけてくれたのです。
生きていてもしょうがない、死にたいとおもいつづけてきました。
でも……彼に出会って、私には光が見えたのです。
しかしその光も……偽りのものでした。ああ、でも、僕たちは家族だよとあの人は笑うのです。
いつもいつも名前さえ呼ばれず、あれと呼ばれた私のことを和歌と皆は呼んでくれました。
幸せだったのですとても……。偽りとも思わず、私はあの人と暮らしました。
私が作った味噌汁をとてもおいしいと飲み干すあの人、ああ、私はどうして……どうして?
優しくされたのは生まれて初めてで、そしてにこりと笑うその優しい優しいあなたに私は……。
神様はやはりこの世界にはいないのです。あんなことになるなんて思わなかった。
あの人がお出かけしようかと私に笑い掛けたとき、あんなことになるなんて本当に欠片も思わなかった愚かな私がおりました。
「誰が殺したコマドリ……私と烏が言った……」
とても節がはずれた歌が聞こえてくる。ほら殺せよ、最後だぞとあの人が優しく笑う。
「……どうして!」
「お前を殺せとの依頼はきてないから、お前は殺さない」
大きい烏は言うのです。二度と世界に光は戻らないとあの人はまた歌いました。
後ろで私に手に己の手を添えて、銃の引き金を引けというのです……。いつもの優しい声で。
「ほら、最後だぞ、殺せ」
引き金をひけよ、とあの人が耳元で囁く、でも殺したいとまでは思ったことはなかったのです。
家族と婚約者のことは……ただ愛してほしくて、愛がもらえなくて悲しかっただけなのです。
ただそれだけ……。
「ほら!」
私は引き金をひきました。後ろであの人の節がはずれた歌が聞こえてきます。
そして怯えて私を見ていた妹が、ごめんなさい、許してといいながら深紅にまみれていきました。
ただのモノだなとあの人は笑います。
赤が私の眼前を覆います。継母、父、元婚約者が赤い赤い光につつまれて、消えていきました。
ああ、私がほしいのは愛で、殺したいなどは一度も思ったことは……。
「お前もこれで人殺し、立派な組織の一員だ」
ああ、どうしてこんなことになったのか、烏がいうのです。
もう二度と、もう二度と、戻ることはないと……。
「さあ、帰ろう。スイートホームへ」
ああ、あの人はロザリオを手に持ち祈ります。
依頼さえあれば誰でも殺すというのです。
そして私のことは依頼になかったから殺さないと。
この家に入るために私を拾ったというのです。
ああ、しかし、神様、神様、私はこの人が……好きなのです。
ああ神様は私を許さない。
悪魔に恋した愚かな私を。
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