謎にキレる
ランの言うとおり、昼前辺りから食堂は大いに賑わった。
あともう少しで片付けが終わる、といった感じだが既に夕方になりかけている。
「随分と繁盛してるんだな」
「うん」
隣で一緒に食器を洗っているクロが嬉しそうに頷く。
最初は少しぎくしゃくしていたが、忙しくなってくるとそうも言ってられずなし崩し的に打ち解ける事ができた。
「皆優しいから、わざわざここに食べに来てくれるんだよ。辺境の村だからあまりお客さんも来なくてさ、大変だろうって言ってね」
「なるほどな」
両親が居ない中、まだ成人もしてないだろう二人が宿屋を経営してる。どんな苦労かは想像できる。
クロが森で何をしていたかは聞いていないが、きっとこの宿屋を少しでも支えるために、危険を承知で森に入ったのだろう。
「あと少し前にここの他に宿屋ができてね。ここなんか比べ物にならないくらい大きな所で、旅人さんはそっちに取られちゃってるのかも」
「ここより大きな宿屋……?」
その言葉に引っかかりを覚える。オウム返しに、クロは慌てて訂正した。
「わざと黙ってた訳じゃないから! あえて! あえてだからね!? 別に言ったらそっちに行っちゃうかもとかそう思った訳じゃないから!」
「それに関してはどうでもいいけどよ……」
もはや自白に近いクロの弁明にじとっと目を向けながらも、やはりどこか違和感がある。
さっきクロは辺境の村だからあまり旅人も来ないと言ってたのに、わざわざ大きな宿屋を建てる必要があるのだろうか? 既にここに宿屋はあるのに。
大人数泊まれるわけではなさそうだが、ここも軽く数えて10部屋以上はある。よほどでない限り困らないはずだ。
「ま、そんなもんか」
村の事情もこの世界の常識も、俺は何も知らない。勝手な憶測で踏み入るようなものでもないだろう。
「なんならこの後、村を案内しようか?」
「あー、いや、それなら一人で歩く。クロも忙しいだろ」
「別にそれは気にしなくてもいいけど。まぁ、一人で行きたいならもう行ってもいいよ。残りはすぐに終わるし」
確かに残った洗い物は少ない。これ以上は二人でやっても邪魔になるだけかもしれない。
「じゃあ、悪いな」
「ん。お姉ちゃんには私から言っとくね。あと、暇だったら教会の神父さんに顔出しといたほうがいいかも」
「あいよ」
水を含ませた布で手を拭いてから、俺は宿屋を出た。結構疲れたので部屋に戻ることも考えたが、午前中に寝たせいで眠気がまったくない。
また暇になるぐらいなら外に出るのも悪くないだろう。
外に出ると、ちょうど日の光が飛び込んできて目を細める。随分と太陽は傾いている。あと一時間か二時間もすれば、空は赤く色づいてくるだろう。
時折ここまで聞こえてくる金属が何かを叩く音は、クロがさっき言っていたよくしてくれてる人たちが働いている音だ。
「とりあえず村の中心に戻るか。そこで話を聞けば教会の場所もわかるだろ」
クロに連れられて通った道を、今度は一人で戻っていく。来た時にそんなに時間はかからなかった。すぐに他の家が見えてくるはずだ。
ビルに塗りつぶされた灰色の景色とは違う、緑いっぱいの光景に目を細めていると、誰かがこちらに向かってくる気配がする。正面に向き直ると、遠くから楽しげな笑みがこちらを見ていた。
褐色の肌と腰に下げたホルスターがまぶしい。
アスカだ。
「結構早かったんだな」
「まあナ。私にしてみれば少し遅かったけどネ」
近づいてから再び見ると、その笑顔には鋭い犬歯が覗いている。
「私のウワサは広めてくれたカ?」
「悪い。忙しくてな。今からそうするつもりだった」
「のんびりなんだナ。村の人間じゃないのに、そういうところだけは似てるカ?」
アスカの言葉に、俺はピクリと反応する。
「俺が村の人間じゃないって?」
「会った時もそうだったが、とぼけるのが好きなんだナ、お前。バレる嘘はいい趣味じゃないゾ」
「……どうしてわかったんだ?」
「タナカモトヒサなんて名前を見れば一発ダ」
「なんで俺の名前を知っている」
「レベル持ちならわかるだロ。お互いの名前ぐらいサ」
レベル持ち? 確かに妙なプレゼントを渡されたが、そもそもレベルについて俺はまるで知らない。このスキルってやつの意味も。
どうやらアスカは俺が一番知りたかった情報を知っているらしい。
「その反応、お前何も知らないのカ?」
「ああ。だから教えてくれ。レベルとか、スキルとか全部」
「……いいゾ。だがお前のことも教えロ。興味がわいタ」
こっちダ、と踵を返してアスカは歩き始める。どこか話しやすい場所でも知っているのだろう。
後ろに続き、俺も歩き始める。