村にキレる
実は結構歩くんじゃないか、と思っていたがそんなことはなく、森から出て割とすぐのところに村はあった。
背の低い草に覆われた広大な大地。ところどころに木で作られた小さな家が建てられていて、村人や動物が自由に歩き回っている。爽やかな風が気持ちいい。
意外とすぐ近くに背の高い山が見える。あらゆる雄大な大自然が詰め込まれているような景色に、思わず息をのんだ。
都会暮らしで心が荒んだ人間が、癒しを求めて来る場所。真っ先に抱いた感想はそんな感じだ。
「こっちだよ、私の家に案内してあげる」
「ああ」
クロに引かれて村の奥に入っていく。特別うるさいわけではない、楽しげな話し声が絶えず聞こえてくる。穏やかだが活気のある雰囲気に思わず口元が緩んだ。
車みたいな無機質で暴力的な騒音とは違う。とても耳に心地がいい感じだ。
すれ違う人はみな笑顔で挨拶をしてくる。そのままクロに話しかける者も居て、いまはちょっと、と断るやり取りが何度かあった。
「私はここ以外知らないけど、そんなに珍しい?」
俺の様子が気になったのか、クロが振り向いて問いかける。そんなに挙動不審だっただろうか。
「まぁな。俺が居た所はこんなじゃなかった。なんか、楽しいよ」
「そう、気に入ってくれたならよかった」
弾むような声。きっとうれしいのだろう。自分の育ってきた場所が、外から見ても美しいものだとわかって。
ああ確かに、事実俺にはすごく心地いいよ。人の声なんか、普通の声より怒鳴り声のほうが多く聞いてきたんじゃないかってぐらいだからな。
自分の本来居るべき場所に帰っても、安心なんてどこにもなかった。
「良いとこだと思うよ。本当に」
いかんいかん、と首を振ってネガティブな考えを落とす。気づけば地面に生えていた草はまばらになって、でこぼこの肌を晒していた。
建物の数も減ってきているように感じる。周りを見回して、村の入り口で見た山にどんどん近づいて行ってるのだと察した。
そして、クロは1つの建物の前で立ち止まる。
「ここが私の家。どう? 立派でしょ」
言葉通り、ここまで来る道中で見たどの建物よりも立派だった。
太い木でガッチリと組まれた力強い2階建ての造り。横幅、奥行きともに広く、ただ住むだけの家にしては大きい。部屋が多いのか、2階には窓がいくつも見える。
見るからに立派な家だが、よく見れば所々ボロボロになっていて、なんとなく全体的に古びた印象を与えてくる。
「さっき姉さんがどうとか言ってたけど、ここに4人暮らしにしてはデカくないか?」
「ううん、私と姉さんの2人暮らしだよ」
何気なく聞いた言葉に何気なく返される、その内容にぎょっとした。地雷を踏みぬいてしまったかもしれない。
「なんというか、その」
「別にいいよ。気にしてないから。この建物が大きいのはね、ここが宿屋だからなの」
「ああ、道理で」
極力疑問に思わないようにしていたが、正直やけに簡単に家に誘うなと思っていた。
この世界ではこれぐらいフランクなのが普通かもしれないけど、俺にとって女の子に家に呼ばれるっていうのはいくつか段階を踏んだ後の話だ。
俺はその段階を超えたことはないし、なんならその一歩目すら踏み出したことはない。悲しい。
「ほら、折角だから早く入っちゃってよ。話は中でもできるからさ」
入り口のドアを開けて、中からクロがちょいちょいと手招く。
気にしていたくだらない段階とやらをすべて踏み潰して、俺は誘われるまま中に入った。
キレてないのにこのタイトルを続けるのかシンプルに悩んでます。ストレスでキレそう