不審者にキレる
大きな胸と尻を最低限隠すだけの刺激的な服装。茶色の肌の奥にはしっかりと筋肉がついていることがわかる。顔は鋭い感じの美人で、髪は黒くさっぱりと短く切ってあった。
その女性は、めんどくさそうに頭を掻きながら近づいてくる。俺より一回り背が高い。
手には銃みたいなものが握られていた。
「君達、お金は持ってるカ?」
女性はニッと笑ってから指で丸を作る。俺は持っていない。ついさっきここに来たんだ、持ってるはずあるか。
後ろを向くと、少女は首を横に振った。
「悪いけど、今は持ち合わせがない。助けてくれたことには、とても感謝している」
「うーん、言葉だけじゃあネェ……って」
女性は俺のことをまじまじと見て、目を見開いた。
「ああ、これは余計なお世話だったかナ」
「余計なお世話って、どういう」
「とぼけるなよ、君がその気になればゴブリン数匹ぐらいすぐに倒せるだロ」
いや、そんなことはない。俺はあともうちょっとで死ぬところだったんだから。
とっさに否定しようとしたが、何かが引っかかって俺はもう一度自分のステータスを確認する。
【ステータス】
Lv.3
HP 43/43
MP 3/3
レベルが上がっていた。受けたダメージも回復している。
どういうことだ? 何か特別なことはやってないぞ。
「まぁ、感謝してくれてるなら悪い気はしないけどサ。そういう事なら金は取れないネ」
軽い調子で続ける女性のほうを見ると、レベルと名前だけ確認することができた。名前は「アスカ」レベルは56もある。これなら木を消し飛ばすぐらいの技が撃てるのもうなずける。
「そうだ、君たちはこの近くの村の人間カ?」
何かを思いついたようで、アスカは手をたたいてこちらをのぞき込む。だから俺に聞くなよ。この流れなら仕方ないけどさ。
バレないようにチラッと後ろを見る。少女がこくりとうなずいた。
「ああ、そうだ」
「丁度よかった。このあとその村に行く予定だったんダ」
「案内してほしいのか?」
「いや、それは間に合ってル。君たちは、村の人達にアスカって人がゴブリンから助けてくれたって広めといてくレ」
「はぁ」
「それじゃあね。森は危ないから気を付けなヨ」
他に用事でもあるのか、アスカは手をひらひらと振って歩き去った。よくわからないやつだ。
まぁいい、とりあえず今するべきことをしよう。
「大丈夫か?」
「うん、おかげさまで」
今度はしっかりと俺の手を取って少女は立ち上がった。
背は俺より少し低いくらいだ。ほつれやつぎはぎの目立つ服から、どんな生まれや育ちであるかがわかる。だが立ち姿はしゃんとしていて、大きな瞳にも強い意志が宿っていた。
赤い髪は絹のようにつやつやとしていて、大事に扱われていることがうかがえた。顔立ちは整っているが、まだ少し幼さが残っている。十代の後半に差し掛かった辺りだろうか。
少女はこちらに向き直り、ぺこりと頭を下げる。
「助けてくれてありがとう。あなたが来てくれなければ、どうなっていたか」
「気にしないでくれ。助けたのは俺じゃないしな」
颯爽と現れた俺がゴブリンとかいうバケモノどもをなぎ倒した、とかなら俺も素直に褒めてもらいたいものだが、今回はそうじゃない。
少なくとも倒したのはアスカだ。
「あー、そうだ、名前を教えてくれないか」
「私はクロッカス。姉さんからはクロって略されて呼ばれてるわ」
よしクロッカスだな、覚えた。まぁ長いから俺もクロと呼ばせてもらおう。
ここでキレイな名前だな、とかかっこつけたことが言えるならまた違うのかもしれないが、残念ながら俺にそんなスキルはない。あるのはブチギレベルとかいうよくわからん奴だけだ。
いや、もしかしたら勝手にレベルが上がっていたのを考えると、このスキルは「キレたらレベルが上がる」という効果なのかもしれない。
マジのダジャレかよ。くだらねー。
「アナタの名前は?」
一人でげんなりと脱力していると、質問が聞き返される。
ここでタナカモトヒサと素直に答えるのはなんか違う気がする。
「タモヒサだ。そう呼んでくれ」
ずいぶんと昔、名前を略してつけられたあだ名を思い出して、それを答えた。
普通に下の名前を言ってもいいのだが、知らない奴にそう呼ばれ続けるのはイヤだ。
「タモヒサ? 変な名前。まさか私にウソついてる?」
あはは、と笑ってから、クロは俺の顔をのぞき込んでくる。その表情はどこか寂しげで、まるで嘘はつかないでほしいとお願いしてくるようだ。
「いや、ウソじゃない。俺の生まれた所じゃ普通の名前だ」
「そうなの? ごめんね、疑ったりして。私、ウソが嫌いだから」
もう一度小さく頭を下げられる。だがその顔はすぐに上がって、イジワルな笑みに変わっていた。
「今ので完全にわかったわ。タモヒサは村の人じゃないでしょ」
「あのウソは仕方ないだろ」
責められてるのかと思って咄嗟に否定すると、クロは俺の左腕をつかんだ。
「じゃあ村まで連れてってあげる。とりあえず右腕、冷やさなきゃでしょ?」
「あ、ああ、そうだな」
もうまったく痛みが無くなっているから忘れていた。
多分彼女なりに恩返しをしようとしてくれているのだろう。俺も人の居る場所に行きたいし、ちょうどいい。俺にしてはなかなか話がうまい方向に転がっている。
クロに腕を引かれながら、俺は村の場所を目指した。






