バケモノにキレる
悲鳴の場所は思っていたよりも近くだった。草むらを一つ抜けた先で、一人の少女をバケモノが3匹取り囲んでいる。
「ごごがが!」
「ぐがぐぐ!」
声帯にヒビでも入ってるんじゃないかと思うほどの汚い声。小さな体にしては大きな頭。そこについた大きな口はゲスな三日月に歪み、端からダラダラとよだれをこぼしている。
その手には小さな棍棒が握られていて、少女をからかうように手でたたいて音を鳴らしていた。
でっかい頭に詰まってる脳みそは腐ってるらしい。
「やめて、来ないでよ!」
「げはは! げはは!」
必死に腕を振り回して距離を取ろうとする少女を、バケモノたちは舌なめずりをしながら観察する。少女は完全に腰を抜かして立てないようだ。このままでは襲われるのも時間の問題だろう。
ここまで来て走っていた足が一瞬鈍る。そうだ、俺にあの女の子を助ける義理はない。ここで俺が飛び込めば確実に戦うことになる。
多分、勝ち目はない。さっきステータスは確認したからな、あのザマじゃあ時間稼ぎすらできないだろう。
せっかくまた貰った命だ。無駄死にはゴメンだ。
「ぐげげっ!」
バケモノが少女の服をつかんだ。そのままグイっと引っ張る。
「くっ、やめろ!!」
俺は咄嗟に走り出していた。バケモノの手を少女から引きはがし、思いっきり突き飛ばす。
「ぐがあ!?」
「ぎぐがが! ぐげげご!」
「ががががああい!」
一度地面に転がったバケモノだが、素早く立ち上がりこちらを睨みつける。周りの2匹も距離を取り、様子をうかがっている。
今なら少し余裕があるが、こっちに武器がないとわかったらすぐに襲い掛かってくるだろう。バケモノたちの目から敵意をひしひしと感じる。
「アナタ、誰?」
背後から声がする。振り返らずに答えた。
「今はそんなのどうでもいいだろ。立てるか?」
「……ごめんなさい、今はまだ駄目みたい」
震えた声から、恐怖で腰を抜かしているのだとわかった。
心の中で小さく舌打ちする。自力で立てるなら二人で逃げるなりできたかもしれないが、俺だけ逃げても仕方ない。バケモノは変わりなくこちらを睨み続けている。少しでも隙を見せるとまずい。
右手だけを恐る恐る後ろに伸ばす。
「掴め。逃げるぞ」
「でも」
「いいから」
言葉を強くする。少し時間があって、返事の代わりに柔らかい手の感触が来た。
よし、このまま。
「ぐっがああ!!」
「くそっ!」
そう上手くはいかない。俺が少女の手を取ったのを見たバケモノが、すぐさま飛び掛かってくる。
振り下ろされる棍棒。少女の手を放し、右腕で防ぐ。
ミシミシと骨がきしむ。重く鈍い痛み。コイツ、小さいくせに相当の馬鹿力だ。
「近寄るんじゃねぇ!」
体ごと振り回すようにしてバケモノを払いのける。小さな体は簡単に吹き飛ぶが、何事もなかったようにすぐに立ち上がった。ダメージがあるようには見えない。
今のうちに、とステータスを確認する。見る場所は1つしかない。
HP 8/10
2減っていた。今の攻撃で。腕で防いだのに。
ちゃんとガードしてもあと4回しか耐えられない。ましてうっかり頭にでも受けたりしたらどうなる? 痛恨の一撃ってヤツであっさり死ぬのか?
「は、はは」
頬が引きつる。
いつだってそうだ。俺が自分からやろうとしたことは全部裏目に出る。初めから何もしないほうがいいと思って、そうしてもくだらない文句を言われる。
お前が悪いんだと責めてくる。
お前はバカだと笑ってくる。
俺が一体何をした?
「げぐ、げがががが」
俺の動揺を感じ取ったのかバケモノが距離を詰めてくる。汚い笑顔とともに、手の棍棒を楽しそうに鳴らしながら。
そうだその顔だ。俺が一番嫌いな顔だ。
一歩、一歩と、また理不尽がやってくる。
「ふざけるなよ」
つぶやくと、バケモノの一匹がビクッと反応した。
「げがが、ぐがががぎ!」
「がぎっ!? ぎがが!?」
「ぐげげげげ!」
バケモノは3匹、何か相談するように顔を見合わせ、集まり始めた。せわしなく首を動かし、ときおりチラリとこちらを見る。
なんだ、何かあったのか?
ズドン!
疑問に思っていると、轟音とともにバケモノ達のそばにあった木が消し飛んだ。
「げぎゃあああ!!」
棍棒を捨て、バケモノ達は一目散に逃げだした。俺たちのことは目にもくれず、森の奥に消えていく。
何が起きたんだ? さっきから意味不明なことばかりだ。
「まったく、ゴブリンなんかに手こずるなら森に入っちゃダメだヨ」
少し低い独特なイントネーションの声に、俺は森の入り口側へと振り向いた。




