異世界にキレる
濃い自然の香りが風に運ばれてくる。周りには背の高い木が立ち並び、見上げた空は清々しいほどに青い。目を細めて遠くを見ればなだらかな草原が見える。
どうやらここは、大きな森の入り口らしい。
さっきの白い世界が夢の中の痛々しい妄想だとしても、こんなところで寝ていた記憶はない。
「じゃあなんだ、本当に異世界に来たっていうのか?」
帰ってくる声はない。異世界だからといってそこら辺の木がしゃべったりはしないらしい。はぁ、と重いため息が出る。
いきなりこんなところに放り出されてどうしろっていうんだ。あの野郎、少しは説明ぐらい……。
「そういえばプレゼントがあるって言ってたな」
忘れかけていたがアイツはそんなことを言っていた。貰えるものは貰っておくのが俺のポリシーだ。
独り言を続けると、どこか気の抜けた音とともに視界の隅に何かが現れた。
【ステータス】
Lv.1
HP 10/10
MP 1/1
≪習得スキル≫
ステータスチェック
言語翻訳
『ブチギレベル』
空間そのものに浮かび上がっている文字を読むが、いまいち理解が追い付かない。とりあえずこのめちゃくちゃ具合から、あの神様ってヤツのプレゼントがこれであることは何となく察しが付く。
ため息が止まらない。目をつぶって頭を振る。
落ち着け。一度、全部を素直に受け止めよう。
俺は異世界に来た。俺の知る常識ってやつは、ここでは通用しない。
よし。覚悟を決めて目を開く。相変わらず浮いている文字列に変化はない。
Lv、HP、MPという言葉は知っている。その意味もわかる。だからこそ、表示されている数字に絶望する。
「いや、低すぎないか?」
この際レベルとMPはいいとして、問題はHPだ。申し訳程度に2桁に乗っているだけ。
俺の知識ではHPが0になったヤツは悲しいことに死んでしまう。情けない。教会や呪文で復活させることもできたはずだが、残念ながらここにそんなものはない。
ま、まぁステータスはいいだろう。そもそも、即死するような大ダメージを受けなければいいんだ。無理なことはせず、普通にしとけばそれでいい。
この状況がまず普通じゃないよな、とうるさい内心を黙らせて、習得スキルのほうに目を移す。
ステータスチェック。これはそのまま、ステータスを確認することに使うのだろう。なんなら今こうして空間に表示されているこれが、このスキルの効果なのかもしれない。
自分以外の誰かに使えるかどうかは、後で試す必要があるだろう。その誰かに出会えればの話だが。
続いて言語翻訳。多分だが、俺の言葉や相手の言葉を勝手に翻訳してくれるものだろう。この世界に日本語を話せる人間がいるとは流石に思えない。
自己中心的な神様にしては、ずいぶんと便利なスキルをくれたものだ。
ここまでの2つは。
「さて、ブチギレベルか」
これだけが唯一、これでもかという強調表記とあわせて異質な雰囲気を出している。字面から内容を予測することすらできない。
単純に読み取れば「ブチギレ」と「レベル」を掛け合わせたダジャレにも見えるが、その読みが正解だったとしても意味不明だ。
本当になんだこれは。行けばわかるとかなんとか言ってたが、結局行ってもまるでわからん。第一、こんなところに放り出されるのも理不尽もいいところだ。
さっき意外と親切だな、と思ったのは取り消さなければならない。
「まったく……」
「キャーーーーーーー!!!!」
悪態の1つでもついてやろうかと思っていたところに、甲高い悲鳴が耳に飛び込んできた。肩が跳ねる。
姿は見えないが、あまり離れた距離からは聞こえなかった。何かあったのかもしれない。
あの声は確実に人のものだ。
「まったく、次から次へと!」
言い損ねた悪態をこぼしながら、俺はとりあえず声のした方向へと走り出した。




